最近、ミャンマー発でこんなニュースが報じられた。

 『石油元売り大手のエネオスホールディングス(HD)は2日、ミャンマーで手掛けている天然ガス事業から撤退すると発表した。昨年2月の国軍によるクーデターで、事業の収益が国軍側の資金源になっているとの批判が強まっていた』(読売新聞 5月2日付)

 ミャンマーといえば、2021年にクーデターが勃発して、国軍が国家を掌握。恐怖政治で国民を弾圧してきた軍事政権時代に逆戻りしたとして、欧米諸国などから非難を浴びていた。そこで「キャンセルカルチャー」が盛り上がり、ミャンマー軍政とビジネスを展開する企業に対し、欧米政府や活動団体などが批判することで、「ボイコット運動」が始まるパターンも起きた。

 最近では、紛争などで人権問題が浮上すると、企業がその地域から撤退すべきというプレッシャーを受けるキャンセルカルチャーが当たり前のようになってきた。インターネットやSNSの時代になって、ボイコットなどがやりやすくなっているためで、企業側も直接的な打撃を受けやすくなった。

 そして現在、ウクライナに侵攻し、各地で民間人を殺害しているとされるロシアに対しても、西側の民間企業が同国内のビジネスについてこれまでにないレベルで再考させられている。

●"ロシア離れ”した日本企業は?

 侵攻以降、ロシアとのビジネス関係を縮小すると発表した企業は、実に750社以上にも上る。もちろん、ロシアとのビジネスを続けることを決めた企業もある。

 いま、大手外国企業1000社以上のロシア国内での動きをウォッチしている、ある研究所が注目されている。米名門イェール大学経営大学院の研究所「最高経営者リーダーシップ研究所」だ。同研究所の公式サイトでは、ロシアをめぐるキャンセルカルチャーによって企業がどんな判断をしているのかについて調査結果を報告している。

 そこには、日本をはじめ世界各国の企業が網羅されている。研究では、調査員がさまざまなオープンソースのデータや税務関連資料、さらに独自の人脈などで調査した情報をもとに、企業をデータベース化している。

 評価では、完全に撤退した企業は「A」、つまり「優秀」と評価されている。完全にロシアとのビジネスを終了したか撤収した企業は、現在のところ世界で318社ある。日本企業も1社名前がある。冒頭のミャンマーのニュースでも登場した「エネオス」だ。

 次のランクは「B」で、ほぼ全ての事業を停止した企業。世界で411社ある。日本企業だと、トヨタ、ホンダ、日産、パナソニック、ソニー、ブリヂストン、キヤノン、富士通など30社が記載されている。

 「C」は事業を縮小した企業で、世界で121社ある。日本では、出光興産、丸紅、三菱UFJフィナンシャルグループなどがリスト化されている。次に評価の低い「D」は「新規事業は禁止」にした企業。つまり時間稼ぎをしている、と指摘されている企業で、143企業ある。日本企業は三井住友フィナンシャルグループ、KDDI、東芝、日本タバコなどが挙げられている。

 そして最低ランクは「F」。いうなれば落第で、撤退すべきであるという活動や風潮に抵抗している企業がリストされている。その数は216社あり、日本なら伊藤忠商事が入っている。同社はロシアで石油関係のビジネスを行っているので、すぐに撤退というわけにはいかないのだろう。またNTT、NTTデータ、みずほフィナンシャルグループ、東京電力も「F」に含まれる。

●的確な決断を迫られる民間企業

 筆者のような中立の立場から見ると、ロシアに残るのも撤退するのも、その判断には企業のビジネス利害が大きくかかわり、さまざまな難しい現実があるのは理解できる。もちろん、対ロシアの経済制裁によって、ロシアでの操業が難しくなる側面もあるだろう。

 とはいえ、侵攻を受けたウクライナでは、ロシア軍による戦争犯罪も指摘されるような人権蹂躙(じゅうりん)のケースが数多く報告されていて、武力による現状変更はあってはならない。そうした事態にどう反応していくかで、今の時代、民間企業の社会的責任への認識が試される。ビジネスはビジネスという割り切り方では、許されなくなっているのも確かである。国際化がますます進む中で、社会規範や道徳なども企業には求められるようになっているのは間違いない。

 つまり、ロシアで起きている戦争を、日本のビジネスパーソンも決して無視はできない。リテラシーを持って現地からの情報を見て、国際社会の状況も追いかけて、的確な決断が求められている。

 もちろん、それはロシアに限ったことではい。各地で起きる紛争なども、決して対岸の火事では済まされない。

 先に触れたミャンマーも然り、だ。同国で国軍がクーデターした後も、キャンセルカルチャーを促す英国を拠点にするWebサイトが注目されている。そのサイトは、英ゴードン・ブラウン元首相も後援する活動家系サイト「ビルマ・キャンペーン」で、国軍とビジネスを行ってきた企業を糾弾している。

 同サイトは国軍との関係が疑われる企業を「ダーティリスト」としてリストアップして、関係を切るよう促している。日本企業もいくつか記載されている。

●ミャンマーでビジネスを続ける理由

 こうしたリストも、無視するわけにもいかない。例えば、リストにある日本の大手商社、住友商事は公式サイトにて、ミャンマーでビジネスを続けている理由をこう説明している。

 「当社は、2014年の事業参入以来、一貫してミャンマーの発展と国民生活の向上のために尽力してまいりました。ミャンマーにおけるあらゆるビジネスが難しい状況に置かれており、様々な意見があると承知しておりますが、我々の活動には、その力が及ばない前提や状況はありながら、ミャンマーの人々の生活や経済活動に欠かせない通信サービスを技術・営業面から支援する観点のみならず、人権尊重を図るという観点でも、プラスの影響があると信じています」

 このように、きちんとした説明が求められるのである。

 ただこうした問題に政府が絡んでくると、事態は複雑になる。対ロシア攻勢で先導的な役割を担っている英国は、リシ・スナク財務相が企業はロシアに居続けるべきではないとし、「もし企業や投資家がロシアとの関係を断つことを決めれば、英政府が十分にサポートをすることを明確にしておきたい」と述べた。

 英国は今回、情報工作などにおいても、米国と並んでNATOや価値観を共有する同盟国などを率いるような動きを見せている。英国は、欧米諸国による大規模な経済制裁に加えて、ロシアに進出している民間企業を追い出して、ロシア経済を内側から疲弊させることも戦略としているのである。

●ロシア撤退はむしろ利益に

 とはいえ、ビジネスの側面から見ると、多くの企業は、嵐が過ぎ去るのを待ちたいのが本音ではないだろうか。ロシアでビジネスが回らなくなれば、契約の不履行なども起きるだろうし、現地採用している従業員らの処遇も問題になる。下手をすれば、訴訟問題にもなりかねない。

 ただイエール大学経営大学院の最高経営者リーダーシップ研究所によれば、ロシアから企業が撤退するのはリスクではなく、むしろ利益になるという。

 「最近、ロシアから撤収することで企業がひどい財務負担を強いられることになる、という多数のミスリーディングな記事タイトルを目にする。これはまったくの思い違いである。ロシアから退去した企業は、相当なコストが掛かるが、金銭的な利益も見せているのである」

 米ワシントンポスト紙によると「フランスの金融大手ソシエテ・ジェネラルは、ロシアから撤退することで34億ドルの評価損を被ったが、逆に、ロシア事業からの撤退発表後に株価は5%増加している」(4月26日付)という。

 事実、最高経営者リーダーシップ研究所の調査でも、撤退を決めた企業のほうが、そうではない企業よりも株主利益が上がっているという。同紙はさらにこう指摘している。「投資家らが、プーチン政権に資金を与えることになるという非常に重要なレピュテーションリスクと、世界中で大規模な企業ボイコットの可能性について、これまで以上に懸念していることは間違いないと言える」

 ジェトロ(日本貿易振興機構)がロシアに所在する日系企業211社を調査(2022年3月24〜28日)したところ、「ロシアのウクライナへの軍事侵攻を受けた対ロ制裁およびロシア政府の対抗措置の影響」についての問いで、回答した企業97社のうち96社(99%)が「すでに悪影響がある/悪影響が予想される」と回答している。その理由として、ロシアに進出している日本企業は、「対ロビジネス継続による諸外国での評価の低下(レピュテーションリスク)」を挙げている。

 要するに「ロシアに残ることは賢明ではない」ことを多くの会社が認識している。

 ウクライナ侵攻の報道を見ていると、今後も長引きそうな気配である。そうなれば、企業への風当たりがますます強くなっていくのは避けられそうもない。ロシアに進出している外国企業は、難しい選択を強いられることになりそうだ。

(山田敏弘)