国鉄最後の蒸気機関車(SL)が1976年に引退してから、40年以上が経過した。国鉄がJRになった現在は、鉄道文化資産を維持するため、あるいは誘客のため、鉄道各社がさまざまなSLを運行している。

 もちろん、各社とも苦難は抱えている。機関車のメンテナンスにお金がかかったり、沿線に多くの人が押し寄せてその対応が大変だったりと、採算面では難があるのではと思うこともしばしばだ。

 だが、SL運行は多くの鉄道会社が継続的に行っていて、乗りたい、撮りたい人が殺到している。うまくいかなかったSL運行もあれば、苦難を乗り越えて持続しているSL運行もある。

●SL2両のうち1両を売却した真岡鐡道

 栃木県、茨城県でSLを運行している第3セクターに、真岡(もおか)鐡道という会社がある。同社ではもともと2両のSLを保有していたが、利用状況の悪化が続き、コスト負担が重くのしかかっていた。そのため1両を、20年に東武鉄道に売却した。

 SLは、鉄道にとって地元客以外の利用者を動員する資源であり、観光のための貴重な資本となっている。しかし、小規模鉄道事業者にとって運行の負担は重い。真岡鐡道のSLは第三者の真岡線SL運行協議会が保有していたものの、それでもSLの維持は大変なことだった。

●JR北海道の困難

 観光列車で人を集めることは、地方の鉄道事業者ではよくある施策の1つである。JR北海道もそうだ。JR北海道では現在、75年に廃車となり保存されていた「C11-171号機」を使用した「SL冬の湿原号」を運行している。運行区間は釧路〜標茶(しべちゃ)間だ。

 JR北海道は以前、ニセコ方面や函館方面でもSLを運行し、2両体制を維持していた。だが函館方面は北海道新幹線の準備の関係や、安全装置の設置困難などの理由で存続が不可能に。さらにJR北海道の経営状況は厳しく、車両を東武鉄道に貸し出すことにした。

 真岡鐡道の場合は、SL列車に乗ってくれるにしても、その地域までのアクセスを他社に頼らざるを得ない問題があった。JR北海道の場合は、そもそもSL列車が運行する場所が、大都市である札幌圏から大きく離れている状況にあった。

 人が来るにも自社鉄道を使用してのアクセスが困難だったり、そもそも気軽にアクセスできなかったり。SLの運行にはさまざまな難点があった。

 その難点が解消され、ある程度企業体力がある会社のSL運行が、現在うまくいっているという状況である。

●東武鉄道のSL運行における戦略性と優位性

 近年のSL運行での成功例として、東武鉄道の「SL大樹」が挙げられる。現状は2両体制での運行を行っており、実は1両「C11形325号機」は真岡鐡道より購入、もう1両「C11形207号機」はJR北海道より借りている。現在、SLの安定的な運行体制を確保するために、「C11形123号機」の復元を手掛け、22年7月に運行を開始する予定となっている。

 東武鉄道の「SL大樹」運行は、鉄道文化の維持発展と、日光・鬼怒川地域の観光振興を目的としたものであり、そのために東武鉄道はかなりのお金をかけた。

 下今市駅にはSL関連の資料館や、転車台・車庫の見学施設などを設け、鬼怒川温泉駅にはわざわざ観光客が見えるような場所に転車台を設けた。車両も、14系客車を購入し整備するだけではなく、JR四国から12系客車の展望車化改造をした車両を譲受し、さまざまな楽しみ方をしてもらえるように工夫している。

 だがそのこと自体が優位性をもたらすとは考えにくい。東武鉄道がSL運行に際して最適な場所なのは、立地である。人口の多い東京から適度な距離があり、しかもSLに乗ろうとする人の多くが東武鉄道を利用して日光・鬼怒川エリアにやってくるようになっているからだ。

 東武鉄道は、SL列車に乗車する人から運賃を取れるだけではなく、そこにやってくる人たちからもまた、お金が取れる。しかも、特急列車に乗って来る人が多い。東京からの距離がある程度あり、自社で特急を運行し、そこで集客できるというのが、東武鉄道の強みである。

 しかも東武鉄道の場合、短区間を1日に数往復するスタイルとなっており、日光・鬼怒川エリアの観光と組み合わせることも可能である。スケジュールに合わせて、都合のいい時間に乗りに来ることも可能だ。

 ほかのSL運行では、1日に1往復が限界であり、何度も人を乗せて往復して稼ぐことは困難である。その意味では、「SL大樹」は立地条件を生かした最高のSL運行であるといえるのだ。

●新幹線なくしてSLなし

 SLの動態保存は、1976年に大井川鐡道が開始した(当時は大井川鉄道)。しかし、多くの人が復活蒸気機関車に注目を集めるようになったのは、79年に国鉄山口線が「SLやまぐち号」を復活運転したときである。

 当時も今も活躍しているのは、「貴婦人」と呼ばれる「C57形1号機」。区間は小郡(現在の新山口)〜津和野間。島根県の津和野は城下町としても有名だ。この区間には、関西圏からは新幹線で行くことができる。運行当初は、東京圏からブルートレインで行くことができた。

 「SLやまぐち号」は長きにわたり運行を続け、2017年には35系客車を新造して投入した。最新の技術が盛り込まれた、「旧型客車」である。

 この列車が存続している背景に、2つのことが挙げられる。1つは、大都市圏からのアクセスが便利な場所で運行されていること、もう1つは、同じJR西日本が運行していることだ。

 そういう意味では、JR東日本もよく考えたSL列車の運行を行っている。22年3月のダイヤ改正の時刻表には掲載されていないものの、高崎発のSL列車はよく運行されている。夏休みなどの運行が中心だ。高崎には上越新幹線で簡単に東京からアクセスできる。

 JR東日本が力を入れているのは、新津〜会津若松間で運行している「SLばんえつ物語」である。車両にも工夫をこらし、乗車時間の長さ(3時間以上)からさまざまな楽しみ方ができるようになっている。グリーン車やフリースペースなどもある。

 この列車は、新津10時03分発である。朝に上越新幹線で東京を出れば、新潟乗り換えで十分に間に合う時間となっている。東北新幹線を郡山まで利用し磐越西線経由で、会津若松15時27分発を利用するのもいい。

 「SLばんえつ物語」は7両編成と長編成となっており、人気の高さがうかがえる。その背景にあるのが、東京からのアクセスの良さだろう。もちろんこの列車の運行区間も、JR東日本管内だ。

 鉄道各社は地理的、路線網的な優位性を生かしたSL運行を戦略的に行っている。そうでない大井川鐡道のような場合は、ツアー客などの誘客を積極的に行うなど、別の手法での成功を目指している。

 ビジネスには「立地」が大事であり、SL運行もまたそれを生かすことが、成功には重要なこととなっている。都市部との適度な距離、そして自社でフルパッケージできることが、SLの採算性を高めることにつながっていく。

(小林拓矢)