高級食パン専門店を展開する乃が美ホールディングス(大阪市)は4月25日、創業9年目にして初めて新商品発表会を開催した。「社運を賭けた取り組み」として、5月31日までの期間限定で、販売する食パンを創業時の素材配合で作る『復刻「生」食パン』に切り替えている。

 掲げたテーマは原点回帰だ。創業時の素材配合に戻して、9年間で進化した品質と製法をかけ合わせた結果、甘さは控えめにし、より主食性を高めた「創業時の味を超える食パン」ができたと担当者は胸を張る。

 『復刻「生」食パン』販売の背景には、一時期過熱した高級食パンブームが陰りを見せている状況がある。リーディングカンパニーの乃が美は、ブームの陰りを逆に食文化として定着させるチャンスと捉え、2022年は新たな取り組みを進める考えだ。その戦略を乃が美ホールディングスの小林祐人取締役営業本部長に聞いた。(ジャーナリスト田中圭太郎)

●技術の蓄積を生かした『復刻「生」食パン』

 「原点回帰した復刻生食パンは、乃が美として社運を賭けた取り組みと言っても過言ではありません。創業期の配合比率と、22年現在の技術を掛け合わせ、創業期を超える味わいにできました。創業から9年の歴史の中で進化を遂げてきた現在の生食パンと、復刻生食パンの味の違いや機微を、多くのお客さまに提供していきたい」

 乃が美ホールディングス店舗運営課の福田圭一課長は、発表会で新商品にかける思いを語ると、1本の『復刻「生」食パン』を両手で持った。食パンは少し手を動かしただけで柔らかく切れていく。柔らかさと甘さを控えめにした味わいが、『復刻「生」食パン』の特徴だ。

 乃が美ホールディングスは13年に創業。高級食パンのパイオニアとして20年には全国47都道府県に出店を広げ、22年3月時点では国内で255店舗を展開。3月には台湾でも店舗をオープンし、初めての世界進出を果たした。

 東京都内で開かれた『復刻「生」食パン』の発表会は、乃が美にとっては初めての試みだった。それだけこの商品に力を入れていることが分かる。インタビューに応じた小林取締役は、『復刻「生」食パン』の魅力を次のように語った。

 「乃が美の創業時からの思いは、主食として飽きずに食べられる食パンを提供して、日本の食文化を創造することです。

 この9年間、釜の温度や発酵の時間を季節によって細かく調整するなど、技術を蓄積してきました。この技術を生かして、材料を創業期の配合にしたら、どんなパンができるかチャレンジしたところ、非常においしいものができました。原点に回帰した結果、後味がすっきりした主食性が高まったパンに仕上がったと思います」

●高級食パンブームの陰りは「チャンス」

 乃が美は高級食パンブームの火付け役として業界を牽引(けんいん)してきた。一時期は各店舗に大行列ができるなど大きな話題となった。小林取締役は、当時の売り上げは「異常値だった」と振り返る。

 「19年頃はメディアに取り上げていただく機会が多く、大きなブームになっていました。今にして思うと、パン屋の1店舗あたりの売り上げとしては多すぎるといいますか、異常値だったと思います。当然ながら、その状態が長く続くとは思っていませんでした。今は当時に比べれば1店舗あたりの平均売上額は小さくなっていますが、むしろ普通の状態に戻ったと思います」

 ブームが盛り上がった当時には、参入する業者も増えて高級食パンを販売する店舗が乱立。最近は他店で閉店も目立つようになった。それでも小林取締役は「ブームが終わったことはむしろチャンス」と言い切る。

 「当社は創業時より食文化を創造し、おいしい食パンを届けたい思いでやってきましたので、ブームを仕掛けたつもりはありません。結果的にブームが起きたことは、高級食パンを知っていただく意味では良かった面もあります。

 その一方で懸念したのは、ブームが起きたことで、食への思い入れのない事業者が参入することです。価格だけ高級なパンを召し上がった方が、高級食パンそのものにネガティブなイメージを持つことを恐れていました。

 今、ブームが終わったとメディアの皆さんに言われることは、当社にとってはむしろ良かったと思っています。ブームが終わったからと言って、消えていくつもりはありません。逆に、高級食パンを食文化として残していくチャンスだと捉えました。原点回帰して復刻のパンを発売するのも、初めて商品発表会を開催したのもその思いからです」

●まだ食文化として定着していない

 ただ期間限定とはいえ、販売する食パンを全て『復刻「生」食パン』に切り替えるのは、リスクもあるのではないだろうか。小林取締役はあえて切り替えた理由を次のように説明する。

 「もちろん今までのパンの方が好きだったと話すお客さまもいらっしゃるかと思います。そこはやはり好みになりますので、リスクは全くないわけではないと考えています。

 それでも、今回復刻した食パンを通して、細かい味の機微をお客さまに伝えていく方が、乃が美を好きなお客さま、以前来ていただいたけれども足が遠のいているお客さま、あるいは乃が美に来たことがないお客さまにも、メッセージとして届くと判断しました」

 確かにブームに陰りが出てきたことで、足が離れた人もいるかもしれない。しかし、それ以上にまだまだ高級パンの良さは知られていないと乃が美では受け止めている。

 「食文化という意味では、高級食パンはまだ定着しきっていないと思っています。高級食パンを食べることを習慣化していただくために、機能的価値を訴求していくこと。同時に、日々の生活に彩(いろどり)が出るような付加価値の高い商品を提供していくこと。これらの発信を通して消費者に貢献することが、食文化としての定着につながっていくと考えています。

 私たち以外にも真面目にやっている事業者はいらっしゃいます。リーディングカンパニーの責任として、高級食パン市場全体を盛り上げていく発信をしていきたい。そして乃が美が高級食パンの代名詞になるように精進していきたいです」

●都内で出店を加速する理由

 乃が美は全国に店舗を展開しているものの、実は東京都内の店舗数はまだ多いとは言えない。総本店がある大阪府内に28店舗あるのに対し、東京都内では20店舗。人口比で考えればまだまだ出店の余地があるという。小林取締役は今後の出店計画を次のように明かす。

 「国内では今後1年間で数十店舗の出店を考えています。現在が255店舗ですので、300店舗に届かないくらいでしょうか。東京都内の店舗はまだまだ少ないので、なるべく東京都内に力を入れて出店していきたいと考えています」

 一方で、商品発表会では「世界一の食パン専門店」を目指すことも宣言した。ただ、海外での店舗の拡大は慎重に進めていくという。

 「海外については3月に台湾に1店舗出店し、1年以内にあと2、3店舗は出店したいと思っていますが、明確な目標は立てていません。日本の食文化への関心は高いのでビジネスチャンスはあるものの、国内でのビジネスに比べると品質を担保する難易度が格段に高くなります。その点を慎重に検討して、仕組みを作りながら展開していきたいですね」

 乃が美ではさらに、今夏に「幻の食パン」を発売することを明らかにしている。現時点では詳しい説明はなされていないが、今後も新たな取り組みを打ち出していく考えだ。

 「高級食パンを食文化として定着させていくために、新しい取り組みは年間を通じて実行していきたいと考えています。幻の食パンはその一つですので、期待していただきたいです。

 一方で、変えるべきでないものは、これからもしっかりと守り続けていきたい。この両方ができれば、お客さまにも支持していただけると思っています」