●録画ができる時代でも

 オンライン会議が録画されて、終了後に録画のサイトにアクセスさせてもらえる、という場合も増えてまいりました。録画の許可を求めるサインがあると、つい気が緩んだという経験はありませんか?

 たとえ、再生速度を速めて確認し直すことが可能であっても、一度聞いたはずの内容を再確認するために余計な時間をかけるような余裕はないはずです。今回取り上げるのは、こんな時に思い出したい言葉「一期一会」です。

●ビジネスでも重んじられる「一期一会」、実は茶道が起源

 「一期一会」については、読者の方々もどこかで触れられたことがあるかと思います。「一期一会」を企業名としている会社も多数あり、業種も飲食店にかぎらず、エステサロン、訪問介護、廃品回収リサイクル業と多種にわたります。

 顧客との出会いを大切にしていますという意味のキャッチフレーズと広く使われていることは知っていても、そのルーツが茶道にあることは案外知らないという方が多いのではと思います。

 茶道で説かれた教えが、ビジネスにも応用できると社名にまで採用した企業は、何を重視したのでしょうか。その理由をルーツにさかのぼって納得すれば、皆様のビジネスにも役に立てられるはずです。

●茶会はトップ会談の場

 平安時代に喫茶の風習が大陸からもたらされた時から、人を招いてお茶を飲む機会は、たびたびありました。しかし、ことさらに「茶会」と呼ばれる集まりとはどこが違うのでしょう。

 戦国時代に奈良や堺の商人が、名物鑑賞に伴い茶が出される会合に呼ばれた相手の名前をとって「○○会」と記録を残していることから、これらの記録が「茶会記」と呼ばれ、それらに類似する会合を「茶会」と呼ぶようになったようです。

 これらの茶会に呼んだり呼ばれたりした人たちは、それぞれ一家を構えた商人でした。記録には残されなくても、必然的に仕事上の話も茶席では飛び交っていたことでしょう。

 つまり、商談がおこなわれたはずですが、普通の商談ならばそれぞれの店先でもできるはず。店先ではなく、茶室に場所を移したのはなぜか? と想像力をたくましくすると、使用人には聞かれずに、主人同士だけで行いたかった相談事ではないかと考えることができます。

 堺の商人にとって重要なビジネスシーンが茶会だったのです、その茶会での心得が、ビジネスにも生かせないはずがありません。

●ルーツは一期に一度の会

 「一期一会」という言葉は、「一期に一度の参会」という言葉を凝縮することで生まれた言葉です。そして、「一期に一度の参会」という言葉は、千利休が「一座建立」という初心者に向けての教えに不満を持っていたという文脈で使われています。

 「一期に一度の参会」という言葉は、『山上宗二記』という茶書に記されています。筆者の山上宗二は、利休と同時代の茶人です。この時代の堺では、茶の湯は盛んに行われていました。仕事が始まる前の朝会、終わってからの夕会がかなり頻繁に催されています。今日(こんにち)でいう朝食会的な意味もあたったかと思います。

 「そもそも、朝や夕方、会合の間に行われるような会であっても、新しい道具を披露する場合、または口切りの会は言うまでもなく、いつもの茶の湯であっても、路地に入ってから出るまで、一生に一度だけ参加する会であるかのように、亭主に深く心をそそいで、畏敬の念をもって接するべきである」と利休が伝えたと『山上宗二記』には記されています。

 つまり、「道具披露や、夏の間保管しておいた新茶を初めて使うというまれに催される会ならば、改まった会という意識を持てる。これに対して、常の会では、改まった気持ちを維持しにくいが、一生に一度の心がけで参加すべきだ」との見解を利休が示したというのです。

 「一座建立」という言葉は、世阿弥の『風姿花伝』では、「この芸とは、衆人愛敬をもて、一座建立の寿福とせり」と使われています。観客から愛されることに演劇集団である能楽は一座の運営の浮沈がかかっている、という意味ですから、茶会に当てはめれば、お客様が喜べば亭主は何をしても良い、と「一座建立」の教えを実践する亭主もいたのかもしれません。

 ただし、金春宗家相伝の秘伝書であった『風姿花伝』が世に知られたのは20世紀に入ってからであることを厳密に考えれば、『山上宗二記』の解釈に、『風姿花伝』を援用してよいのか、迷うところです。そこで、「一座建立」の項目では、同時代の茶書の客の心得から意味を考えてみました。

 茶会も、参加者によって評価されるという点では、能楽と共通することがあります。その点では、『風姿花伝』を参照することは一定の妥当性があると考えます。

 ただし、茶会の参加者は、客といっても、一方的に演能を見ている存在ではありません。自分たちの行動も茶会の一部を構成するところが、演劇とは異なります。現代風にいえば、会議において招かれた出席者であっても単なる観客では済まされず、出席者の発言も会議を構成する重要な要素であるのと同じことです。

●主催者にとっても重要な教えに

 「一期に一度の参会」から、「一期一会」という言葉を生み出したのは、安政の大獄で有名な幕末の大老井伊直弼です。

 井伊直弼は『茶の湯一会集』を次のように始めています。現代語訳で紹介しましょう。

 この書物は、一会の茶の湯における亭主と客の心得を、始めから終わりまで詳しく書き表している。ゆえに題号を「一会集」とした。

 なお、「一会」には深い意味を込めた。そもそも茶の湯での人と人との交わりは、「一期一会」といって、たとえ何度同じ亭主と客が交わっても、今日の会は二度と繰り返さないことに思いをいたせば、実に自分の一生に一度の会である。

 だからこそ、亭主は万事に心を配り、少しでも遺漏がないように深く切なくなるくらいに自分の誠実を尽くし、客もこの会にまた出会うことはないと覚悟して、亭主の趣向の何一つとしておろそかにせず、その心を読みとり、誠実に交わるべきである。

 これを「一期一会」という。一服の茶を喫する会といっても亭主も客もなおざりにはできないはずである。これが、「一会集」の極義である。

(※訳・改行は筆者による)

 井伊直弼は、『山上宗二記』の利休の教えを「一期一会」という熟語に凝縮させたのです。『山上宗二記』では、「一期に一度の参会」とあり、それを「一期(に)一(度の参)会」と縮めたと推測できるのは、直弼の蔵書に『山上宗二記』があるからです。

 両者を比較してみれば、直弼が、亭主にとっても大切な心得であると強調していることが浮かび上がります。

 「一期一会」は、参加者だけでなく、主催者にとっても大切な心得として受け止めなければいけないのです。

●茶会はプレゼンテーション

 茶会で亭主をつとめることは、会議でプレゼンテーションをすることにも似ています。初めてのプレゼンテーションの時には緊張しても、経験を積むごとに良くも悪くも慣れてきてはいませんか。

 役員会でのプレゼンテーションは緊張するけれども、顔見知りの部内だけのプレゼンテーションは「まあ、なんとかなるだろう」と思い少しだらけてしまっている……などということがあれば、利休が『山上宗二記』に残した言葉が、胸に刺さるはずです。

 部内の同僚を社長や役員だと思いなさいというのが、利休のアドバイスならば、井伊直弼の思索は、あらゆる出会いは、そもそも一生に一度きりのものであると哲学的に昇華されています。

●二度とない会議と思うべし

 直弼が現代に生きていたら、いつものメンバーの定例会議でも、二度とない会議だと思って臨みなさいと諭していることでしょう。対面、オンラインに限らず、会議に臨むときには、「一期一会」と唱えてみてはいかがでしょうか。

 出会いが本質的にどうであるかは別にして、受け止め方が大切なのは変わりません。それだからこそ、「一期一会」の言葉は茶会の受け止め方を離れて応用されているのだと申せましょう。

●田中仙堂

田中仙堂 1958年、東京生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。大日本茶道学会会長、公益財団法人三徳庵理事長として茶道文化普及に努める傍ら芸術社会学者として茶道文化を研究、茶の湯文化学会理事。(本名 秀隆)。著書に『茶の湯名言集』(角川ソフィア文庫)、『お茶と権力』(文春新書)、『岡倉天心『茶の本』をよむ』(講談社学術文庫)、『千利休 「天下一」の茶人』(宮帯出版社)『お茶はあこがれ』(書肆フローラ)、『近代茶道の歴史社会学』(思文閣出版)他。