魚介類にひそむ寄生虫「アニサキス」による食中毒被害が相次いでいる。胃を突き刺すように侵入し、下腹部の激しい痛みや嘔吐を引き起こすとされる。この食中毒を防ぐため、創業以来30年以上に渡り、アニサキスと戦い続けてきた水産加工会社がある。「日本の生食文化を守りたい」との一心で試行錯誤を重ね、昨年6月、切り身に電気を瞬間的に流してアニサキスを殺虫する画期的な装置を開発した。開発秘話を社長に聞いた。

 「暗闇の中で一筋の光が差したような気持ちでした」

 開発の成功をこう振り返るのは、福岡市の水産加工メーカー、ジャパンシーフーズの井上陽一社長だ。同社は1987年設立。主にアジやサバの生食加工品を手掛け、スーパーマーケットや飲食店に卸している。アジの生食用加工食品で国内トップシェアを誇る。

 ジャパンシーフーズが熊本大学などと連携し開発した「アニサキス殺虫装置」は、切り身に100メガワットの電気を瞬間的に流すことで、アニサキスを殺虫する仕組みだ。一度に3キロのアジの切り身を6分で処理できる。

 開発までには、血のにじむような試行錯誤の連続だったと井上社長は明かす。

●アニサキス過熱報道で売り上げ大幅減も

 近年、盛んに話題に上るアニサキス食中毒だが、この食中毒自体はかつてから存在する。アニサキスは、サバやアジのほか、サンマ、カツオ、イワシ、サケ、イカなどの魚介類に寄生。白色で少し太い糸のような見た目をし、長さは2〜3センチ、幅は0.5〜1ミリと目視できる大きさだ。もともと魚介類の内臓に寄生しているが、魚介類が死亡し時間が経つと、内臓から筋肉に移動することが知られている。

 厚生労働省がまとめた21年の食中毒発生件数は717件。新型コロナウイルス対策による衛生意識の向上などで、発生件数は過去20年で最少となったが、このうち半数近い344件が、アニサキスによるものだ。次いで、カンピロバクター(154件)、ノロウイルス(72件)と続く。食中毒の発生件数は、アニサキスを原因とするものが18年以来、4年連続1位となっている。

 17年にはお笑いコンビ「品川庄司」の庄司智春さんがサケイクラ丼を食べ、8匹のアニサキスが胃に入り、激しい腹痛に襲われたというニュースが盛んに報じられた。

 こうしたアニサキス食中毒をめぐる盛んな報道で、消費者の生食への警戒感が高まり、ジャパンシーフーズの売り上げは、20%近く落ち込んだこともあったという。

 「生食をやめて、すべて冷凍にする必要があるかもしれないという思いが常に頭をよぎっていました。そうなると、売り上げも落ち、何より日本の食文化である刺身がなくなってしまいます」

 井上社長は、そんな危機感が常にあったと振り返る。

●アニサキスに人工カミナリを打つ計画も

 アニサキスの有効な殺虫方法は、冷凍(マイナス20℃で24時間以上)するか、加熱(70℃以上、または60℃で1分)するかだが、それでは刺身の品質や鮮度が落ちてしまう。

 生食の品質・鮮度を保ちつつ、アニサキスを撲滅できる方法はないか――。

 井上社長はさまざまな手立てを講じた。独自開発した紫外線LED(発光ダイオード)を加工ラインに導入し、切り身に紫外線を照射、付着したアニサキスを目視で発見しやすいようにした。しかし、これでは、身の中に潜り込んだアニサキスを見つけ出すことはできず、対策は十分ではなかった。

 このほかにも、近赤外線、超音波装置……とさまざまな実験を重ねた。福岡大学に依頼し、アニサキスに人工雷を打たせて殺虫する実験も実施したが、雷がうまく切り身に当たらず、成功には至らなかった。

 試行錯誤を続ける中、18年に福岡大学から「アニサキス問題を解決できるかもしれない」と、熊本大学の浪平隆男准教授を紹介してもらった。冷凍・加熱以外でアニサキスを殺虫する方法として、「パルスパワー」という瞬間的な超巨大電力を用いた新たな殺虫方法を開発。こうして世界にも類例がない悲願の「アニサキス殺虫装置」が誕生するに至った。

●次世代機の開発にも着手

 現在、ジャパンシーフーズの工場ではアニサキス殺虫装置1台が稼働する。昨秋から、装置で殺虫処理をした生食用刺身の出荷を始めている。

 一方、装置は実験機との位置づけで、1日あたりの殺虫処理能力は、アジの切り身で約50〜60キロ。ジャパンシーフーズは1日あたり約4トンの加工食品を生産しており、殺虫処理能力としてはまだまだ十分ではない。不足分は、今も水流でアニサキスを弾き飛ばしたり、紫外線を使った目視検査のほか、身に潜らないように鮮度管理を徹底したりする――などの対応を重ねている。

 ジャパンシーフーズは現在、実験機に代わる次世代型の大量処理が可能な装置の開発も進めている。現状は、切り身を装置に入れて、処理後に装置から取り出すといった人手を使う作業が必要だが、次世代機はコンベアを用いた流れ作業の中で、電流を加える仕組みを採用するという。

 次世代機は3年後の25年の完成を目指しているという。

●サンマの刺身が店頭に並ぶ日も

 次世代機も工場用途を目的とした装置だが、さらに小型化を実現し、飲食店などでの設置を目指した開発も視野に入れている。

 「当初、サンマの刺身がスーパーの店頭にも並んでいましたが、アニサキスが盛んに報じられるようになってからは全く見なくなりました」(井上社長)

 サンマやイワシなど小型の魚は、冷凍すると品質が著しく劣化する。漁獲量の減少などの影響もあるが、冷凍に向かない魚は店頭から消えてしまった。

 飲食店向けの小型装置が実現すれば、サンマの刺身の販売も可能になる。「アニサキスへの懸念からなくなってしまった刺身を復活できるかもしれない」と井上社長は期待を込める。

 「日本の生食文化を守りたい」――。

 そんな社長の執念から生まれた装置が実用化され、アニサキス食中毒を撲滅する日はそう遠くないのかもしれない。

【編集履歴:2022年6月15日午後2時 記事タイトルと本文の一部表現を変更しました】