●意識高い系社長の落とし穴

 「オレはこの国の未来を輝かせたい」

 朝礼でこう話すのは政治家ではなく、出版関係の会社を経営するA社長です。この社長は本気で、この目的を達成するために本気で考え、本気で行動しているのです。

 起業してから3年が過ぎ、3名でスタートした会社も今や社員数は30名になろうとしています。

 「本が教育を、そして未来を創るんだ」

 そんなA社長が最も熱心に学んだのが「理念経営」。A社長自身の理念を会社の理念とし、社員に対し熱く語ることで想いを浸透させてきました。時には研修で、時には朝礼で、そして時には明け方まで飲み明かして社員に語りかけてきました。

 「苦しんで生みだした物は本物だ」

 A社長はいつでも本気です。本気だからこそ全力で走り続けます。そんな男だからこそ、ストイックで、自分を追い込むことが苦にならないのです。

 クライアントからの無理な依頼にも「まだまだ限界じゃない」と突っ走るのです。だから、深夜0時を回ってもお構いなし。土日に出勤しても仕事はやり遂げる。いや、深夜や土日を使ってまでもやり遂げた仕事は美しくすらあると考えてしまうのです。そして、この達成感を全員で共有したい、と日ごろから考えています。

 「いつでも全力で走る。そんなオレの背中を見てくれ」

 創業時のメンバーも思いは社長と同じです。A社長のもとに集ったメンバーは、ひたすら社長の背中を追いかけてきました。休みの日にも飛び交うLINEも、深夜におよぶ会議も、深夜2時からスタートする飲み会で社長が語る熱い想いも、創業メンバーにとってはすべてが最高の時間なのです。

 「うちのメンバーはみな同じ旗のもとに集う」

 長時間労働も、深夜残業も、休日労働も、激しい叱責も「すべては”日本の輝く未来のために”避けては通れない」。また、「こういう逆境を乗り越えた者は一回りも二回りも大きく成長する」という幻想を抱き、それをすべての社員が受け入れていると思いこんでいました。

 起業したころの熱い想いのすべてを、新しい社員にも求めるのは無理があります。理念には共感できるかもしれませんが、そこへ向かう過程においては温度差や速度の違いがあることをA社長は理解しなければならなかったのです。

●理念は何よりも尊い

 A社長がブラック社長になってしまった原因は、「理念は法令よりも尊い」と考えてしまったことです。また、普段から熱い思いを伝えていたので、「すべての社員が同じ想いである」と考えてしまったことも一因です。したがって、誰でも自分と同じレベルで頑張ると思っていたのです。

 確かに、社長の考える経営理念は素晴らしいものです。また、その実現に向かって突っ走る姿はカッコいいかもしれません。しかし、そのためにはどんなものでも犠牲にしていいということはありません。社会全体のルールの範囲で目的に向かい走らなければならないのです。この会社は離職率が高止まりを続け、採用も難しくなり、経営上、難しい局面に立たされてしまったのでした。

●ブラック社長の種類

 ほとんどの経営者はブラック企業と呼ばれることに対して抵抗があります。何しろ当の本人は社員が思っている以上に社員想いだったりするのです。そんな社長がなぜ会社をブラック企業にしてしまうのでしょうか? ブラック社長のタイプをいくつか挙げてみます。

「理念最優先」タイプ

 「いつやるの? 今でしょ」が好きで、「最後の最後まで全力でやるからこそ結果が出る」と思っているので、自分と同様の働きを社員にも求めてしまいます。そうすると、必然的に長時間労働が常態化します。その割に「報酬は成果である。時間は評価しない」という考え方を持っていることが多いので、未払い残業が発生してしまいます。

 常に”経営理念”を大義名分としており、「社員も分かってくれている」と思い込んでいるので、「ブラック企業で何が悪い」と開き直っている節があります。ちなみに、行政に対しても「労働基準法を守っていたら崇高な目的を達成できない」と考えていることも少なくないので、その手法も大胆になり、「タイムカードの改ざん」や「入社時の労働条件を簡単に反故にする」なんてことまでしてしまうのです。

「結果がすべて」タイプ

 A社長と異なり、結果を出すまでのプロセスにこだわりはありません。したがって、結果さえ出せば労働時間の長短などは気にしないのです。ただ、結果が出ていない社員に対しては非常に強く当たる傾向があり、「結果を出すまで帰るな」と指導を超えたパワハラをしてしまいます。また、「足を引っ張ったことをみんなに謝れ」というように、パワハラがどんどんエスカレート。結果として社員を休職や退職に追い込んでしまいます。どちらかというと、社員を使い捨てにしてしまうことが多いようです。

「無関心」タイプ

 管理職をはじめとした部下の言動は把握していないため、「まさか、自分の会社でハラスメントが起きているなんて思いもよらなかった」というケースです。そのほか、「そもそも法令違反だなんて知らなかった」ケースもあります。とにかく法律の知識に乏しく、現状把握もしていないので、自社がブラック企業だとは想像もしていません。

「社風が突き抜けている」タイプ

 単純に「社風が自分には合わないので居心地が悪い」として、社員からブラック企業扱いされてしまうタイプです。法令も順守しているし、福利厚生にも力を入れている。だけど、社内の雰囲気が自分と合わないだけでブラック扱いされているので、あるときネットの口コミなどを見て仰天してしまうことが多いようです。

●ブラック企業を見抜くことはできるのか?

 求職者がブラック企業かどうかを判断する際の情報源は「インターネットでの評判」が71.3%で第1位となっています。

 ただし、インターネットの書き込み自体が本当の情報かどうかは分かりません。その会社の社員がなりすましでイメージがよくなるような書き込みをしているという話も聞いことがあります。また、最近では競争率を下げたい学生によるフェイクもあるそうです。

 働く側の視点から、ブラック企業を見抜く方法をあげてみます。

ブラック率が低そうな会社を探す

 「くるみん(次世代認定マーク)」や「Wマーク(安全衛生優良企業認定)」など、企業はさまざまな認定を取得しています。これは、ある一定の要件をクリアしている証ですので、認定されている企業は信頼がおけると考えてよいでしょう。たとえばWマークであれば、年次有給休暇消化率が70%の会社や、なかには100%なんて会社もあります。

 これらを取得しているほとんどの企業は、自社のWEBサイトにマークを掲載しています。そのほか、健康経営優良法人に認定されている企業もあります。

本当の評判を聞く

 OBやOGのほか、勤務経験のある知り合いに評判を聞いてみると確実です。なかには、退職の経緯に不満を持ち続けている人などは、会社のことを悪くいう人もいるでしょうが、インターネット上の情報よりは信頼できそうです。

 確認するポイントは次のような項目です。

(1)サービス残業の有無

(2)月の残業時間の上限

(3)休申請のしやすさ

(4)社長の考え方

(5)会社のノリ

 なかでも(4)(5)は重要です。

 (4)の社長の考えと自身の考えが乖離している場合は、A社長のような法令違反は論外ですが、法令違反がなくとも働き続けることは難しいでしょう。そもそも社長の考えについていけないので、人事評価も上がらない可能性があるため、出世は難しいと考えられるからです。

 また、(5)の会社のノリは特に重要です。ここが合わないと「飲み会や社員旅行がツライ」なんてことや「プライベートで付き合いたくない」と思っていても、全体的なノリに巻き込まれてしまいます。

 たとえば、その会社の社風が「体育会系のノリ」なのは法令違反ではありません。行き過ぎてパワハラとなる可能性はあるかもしれませんが、単なる社風というだけではパワハラにはならないのです。

 「私にとってみればブラック企業」かどうかの基準は、労働者自身にヒアリングする以外は判断しづらいものなのです。

面接で話題にする

 思い切って、会社の面接で話題にしてしまうという方法もあります。離職率や残業時間(一番多い人)、休日出勤の平均的な日数、年休の消化率など、求職者が知りたい項目について面接担当者が回答するようにします。働く側からすると、誠意をもって答えてくれるかどうかも判断する基準となります。採用側は、あらかじめ労働環境をオープンにすることで、入社後のミスマッチを防止することができます。

 ブラック企業の定義はそれぞれです。法令違反や倫理に反する企業は当然ブラック企業です。理由はどうであれ、それらは是正しなくてはなりません。ただ、社風や文化をブラック企業扱いされてしまう会社もあります。同じ会社であっても、人の感じ方によって「居心地のよい会社」になったり「ブラック企業」になったりするわけです。そこでミスマッチになると会社も社員も不幸になるだけです。企業は会社説明会や面接の場で「社長の考え」や「会社のノリ」を説明することによって、「私にとってのブラック企業」は生まれなくなるでしょう。

 「自社の社員すら幸せにできない男が世の中を良くするなんてできない」

 A社長も今では、「法令順守は当たり前、働き甲斐のある会社にして、輝く未来をみんなで実現したい」と方向転換をしています。ちなみに、深夜スタートの飲み会は「本当に希望者だけで行くようにしています」とのことでした。

●限りなくブラックに近いグレー

 ブラック企業という言葉はよく使われますが、じつは明確な定義はありません。だからこそ、広い意味で使用されています。もちろん、法令に違反している会社は、まぎれもなくブラックですが、それ以外のグレーゾーンまでは、厚生労働省でも明確に定義することは難しいのです。

 では、グレーゾーンにはどのようなものがあるかというと、就業規則などに記載されない部分が該当しやすくなります。たとえば、忘年会や飲み会など、本来あくまでも参加は任意な行事にまで、なかば強制的に参加させるようなことです。これを解消するには、社員に参加を求める行事については、就業規則などに明文化しておくことです。記載されない行事であれば任意参加の行事として社員の自由意思が尊重されるべきです。

 限りなくブラックに近い領域には、残業代の支払いが該当します。それは、これまでの経緯として、ブラック=違法=搾取という歴史的背景があるからです。

 特に注意が必要なのは、残業代の未払いがあるかどうかです。

 実際にあった事例で、社長にはそのつもりはなかったのに、中間管理職が部下の残業時間を無断でカットし、申告しなかったというケースもあります。自分の評価を下げたくない管理職が、部下に残業をさせていないと示したくて起こしたことでしたが、これは完全に法令違反です。組織ぐるみではありませんが、一人の中間管理職者の身勝手な行動によって、会社全体がブラックと呼ばれてしまいかねないリスクを負ったのです。

 また、過労死の原因となるような過剰な残業も、大きな社会問題となりました。そのため現在、残業時間の上限は、原則として月45時間・年360時間とし、一定の要件を満たさなければこれを超えることはできません。

 会社によっては、社長や上司が、部下の愛社精神を逆手に取って、過剰な仕事を押し付けてくるというパワハラまがいのケースもあります。ギリギリ法律には抵触しない行為なのですが、ともすれば残業超過につながりかねません。このような会社は体質改善すべきです。

 同様に社長の強い理念が反映された「理念経営型」の会社でも、オーバーワークにつながりやすいリスクをはらむことがあります。理念への共感度合は、人それぞれ違いますし、理念を必要以上に押し付けてしまえば、パワハラとブラックの領域にも近づきます。

 こうしたお金や時間の管理、さらにはパワハラやセクハラなども含めて、ともすればブラックに入りやすい領域をしっかりと管理するためには、自社の労務状況を、社労士などに依頼して定期的にチェックするのがベストな対策です。

 自社の人員だけで管理をしようとしても、内々の人間関係のしがらみなどがあり、なかなか思い切ったチェックができないからです。

 また前述したとおり、副業によって、社員の時間の使い方も多様化しています。知らない間に法律に違反していた、なんてことを避けるためにも自社の定期的なチェックをしていくことが、ブラックにならないための重要なポイントになるでしょう。

●ポイント

 高い目標を設定することは素晴らしいと思います。しかし、その理念を実現するためのビジョンは、具体的に示さなくてはなりません。残業を減らして売上が下がるなら、会社の運営やシステム上の問題を根本から見直すことが必要です。単価の決め方、生産コスト、どこに欠点があるのかを発見し、同業他社と比較してどうかをしっかりと理解し解決していかなければ、ブラックに類似する現象を是正することはできないのです。

本記事は『働きやすさこそ最強の成長戦略である』(著・大槻智之、青春出版社)を一部抜粋し、ITmedia ビジネスオンライン編集部で編集の上、転載したものです。