GRMNヤリスに乗せていただいてきた。のっけから何だと思う読者諸氏も多いだろうが、思わずそう言いたいくらい良かったのだ。本当にこの試乗会くらい、呼ばれて良かったと思う試乗会もなかった。これに関してはもうホントにトヨタに感謝する。筆者の自動車人生の中で特筆に値する経験だった。

 さて、そのGRMNヤリスってのはなんぞやというところから始めよう。そもそも素のヤリス自体「モータースポーツを基点としたクルマづくり」の実現を目指してできたクルマだ。いや反対側から見れば、モータースポーツを基点としたクルマ作りの実践のために作られたとも言える。

 そしてそこに、3ドアの特別ボディを与えられたGRヤリスが登場する。さてここで、くれぐれも先走らないように。このGRヤリスは、今回のGRMNヤリスとはまた違うのだ。

●まずはGRヤリスの話

 まずはGRヤリスの話だ。乱暴に言えば、モータースポーツの世界では「勝てるクルマの作り方」はメソッドとして確立している。そして、実のところそれはレースやラリーで勝つだけでなく、クルマとしての良さにかなり直結する。

 けれども、そうした手法が量産車の世界で顧みられることがなかったのは、コストがアホみたいに高いからで、モータスポーツで定番化したメソッドをちょいちょいと投入するだけですぐ2000万円くらいは掛かってしまう。「はいはい。やれば良くなるよね。だけど、そんなのは市販車の世界じゃコスト的に通用しないよ」というのがこれまでの定説だったわけだ。

 でもまあそこをビジネスにした人達も世界にはいて、BMWを土台にレース的精密組立とチューンを行うことで「BMWとは別物」という評価を得たアルピナや、同じ事をポルシェでやったRUFなどというメーカーがある。ただし、お値段はさらりとウン千万円。それでもその別格の味にそれを払う人がいる。

 余談を付け加えれば、そういうセッティングでファインに仕上げたものは劣化に弱い。浜獲れのウニみたいなもので、その時味あわないと、どんどん劣化する。

 だからアルピナには賞味期限があり、オーナーは買ったその日から劣化と戦うことになる。そして、もうダメだと力尽きるほど味が落ちたら、そのオーナーはまたウン千万を投じて新車を買い直し、至福の時を迎えるわけだ。

 ついでに言うと、こういうマリー・アントワネット的自動車道楽のおこぼれに預かる人がいて、この新車オーナーたちにつきまとって、買い換えの時にセカンドユーザーになる。その時はまだ微かに浜の味がするのだ。

 そして、世の中の普通の中古車マーケットにアルピナが出てくる時には、ほぼ普通のBMWに戻っている。そういう「幸せと不幸が隣り合わせの世界」へ普通の人を連れて行こうとしても無理だ。

 だからトヨタは、まず「レース的精密組立とチューン」を圧倒的なローコストにすることに尽力した。それがGRファクトリーである。普通のベルトコンベア式のラインを止めて、セル方式を採用し、1台ずつをジグの上に据え付け、カメラ型の三次元測定機で精密に組立精度を測定しながら、匠の技術者が組み立てる。

 手法として新しいのは、車両1台の組立工程をいくつかに分解し、それぞれの段階でセル方式を採用し、かつそのセルとセルの間を無人搬送車(AGV)で疑似ライン的につないだことだ。こういうやり方で「手作業による精密組立」の効率化を図ったことによって、それまでウン千万円だった価格が450万円とか500万円まで下がった。高精度組立の民主化、あるいは大衆化である。

●GRヤリスをさらにスペシャルにーーGRMNヤリス

 さて、こうやってできたGRヤリスを、さらにスペシャルに仕立てたのがGRMNヤリスである。ただでさえ、並のヤリスより増加しているスポット溶接をさらに545箇所増やした。のみならず、構造用接着剤の塗布長さまでも12メートル増やしたのである。

 さらに、細かく言えば重心位置から離れた(それはつまり運動性能に影響の大きい部位を意味する)ルーフやフードのカーボン化による軽量化や、レース用に開発した空力パーツのフィードバックによる前後グリップバランスの調整なども効いている。しかし、そういう諸々は全部目的を達成するための手段であって、本当に大事なのは、「どういうクルマに仕立てるか」というリファレンスである。

 GRMNヤリスは、市販車として「空前かつ孤高の高さ」でリファレンスを設定した。何を以て「もっといいクルマ」なのかを再定義したのだ。そのリファレンスこそがGRMNをGRMNたらしめている部分である。

 筆者は袖ケ浦フォレストレースウェイの本コースと、ダートの空き地に用意された特設のダートラコースで、GRMNに試乗した。それぞれサーキットパッケージとラリーパッケージのオプションが搭載された仕様である。素の(というのも憚(はばか)られるが)GRMNとそれぞれのパッケージの仕様と価格をトヨタの資料から抜き出しておく。

●GRMN YARIS 税込731万7000円

主な追加パーツ

・なし

●GRMN YARIS CIRCUIT PKG 税込846万7000円

主な追加パーツ

・BBS製GRMN専用18インチホイール

・18インチブレーキ

・ビルシュタイン製 減衰力調整式ショックアブソーバー

・カーボン(綾織 CFRP)製リヤスポイラー

・サイドスカート

・リップスポイラー他

●GRMN YARIS RALLY PKG 税込837万8764円

主な追加パーツ

・GRショックアブソーバー&ショートスタビリンクセット

・GRアンダーガードセット

・GRロールバー(サイドバー有)

●サーキットで走らせると……

 まずはサーキットだ。シートに座ると、割と普通のヤリスである。ナビがないこと、それとフルバケットシートに4点式シートベルトが装備されているくらいで、ぱっと見では、ワンオフのスペシャルマシンという感じはあまりない。個人でサーキット仕様にカスタマイズしたらこうなるだろうくらいの印象だ。

 6段のMTで1速を選び、ピットロードをゆっくりスタートする。強化クラッチのせいで多少ミートの時のジャダーはあるが、ノーマルと比しても扱いにくさはさほどない。むしろ拍子抜けするくらい普通だ。

 ピットロードをゆっくり加速している間も、こうしたマジ系のスポーツ仕様にありがちな、胃袋が揺すられるような突き上げも無し。むしろ乗り心地はかなり良い。絶対的な硬さとしては多少硬くなっているかもしれないが、総合的な乗り心地はむしろフラットさという意味で、ノーマルのヤリスハイブリッドより良いと思う。良いアシが入っている感じが如実に伝わって来る。

 1コーナーに向けてアクセルを開けていく。まあ言うまでもないが速い。1.6リッターから272PS/390N・mという性能から分かる通り、速いと言っても暴力的加速というわけではないが、無用な威圧感を感じないのは、クルマ全体が軽く、コンパクトで、しかも金属インゴットであるかのようなとてつもないボディ剛性を備え、そこに微細入力からスムーズに動くしなやかな脚が組み合わさっているからで、パワーを十分に御するたけのシャシー能力があるからだ。そのあたりでもうトンでも無いものを運転している感覚はひしひしと感じる。

 90度に曲がる1コーナーを抜けると、短い直線から95Rを挟んで裏のストレートへとつながるのだが、ここはいくらでも踏んでいけるコーナーで、だからこそ普段は飛ばさない。速度が上がりすぎてリスクが高いからだ。ところがここで「やっちゃって良い」気持ちになってくる。かろうじて理性を働かせてスロットルを戻して70Rへ。ここはスピードが乗った状態から70Rをクリアするために減速して、その先で25Rに合わせて二段階で減速する。イメージとしてはひとつ目の70Rはある程度大胆に、そして次の25Rは速度を落として姿勢をしっかり制御する必要がある。

 その二段階に曲がりながらの強めの減速をGRMNヤリスはスイスイとこなす。しくじると曲がりきれなくなって大失速するここを、まさに鼻歌交じりで曲がって行く。

 そこから加速して、今度は逆バンクの付いた100R、70R、60Rと、明確な減速ポイントが無いまま、前後加重を上手くコントロールしながらアンダーを消していかなかればならない嫌な場所だ。並のクルマだとフロントが負けないまでも、前加重を掛けるとその分加重が抜けたリヤがズルズルと滑り出して、速度を落とさなければならなくなる。それを全く意にも介さずに、舵角を入れさえすれば安定して曲がっていく。なんだこりゃ?

 100Rを高速をキープして抜けて、次の55Rは気分としては第1ヘアピンである。ここに少し速目の速度で放り込んで挙動を見る。驚異的なのはブレーキ時の姿勢の安定で、まさに巌(いわお)のようだ。速い速度で突っこんで、強くブレーキを踏んでいるので、当然荷重が抜けたリヤが流れ出すのだが、その流れ方が、まさにスムーズでリニア。流れる量と速度はブレーキ踏力でいかようにもコントロールできる。ちなみに次の周回では、ラインを鋭角目にとって、ブレーキを残さずに、舵角だけで曲がった。今のレーシングドライバーの乗り方の真似である。

●尋常でない走りの幅広さ

 コーナーリング時にタイヤのグリップを全て横方向だけに使いたければ、曲がっている間はブレーキやアクセルを同時操作しない。言われてみれば当たり前だが、そうやってコーナーの奥で、ステアリングだけで一気に曲がり、早くクルマの姿勢を作り終わって、全開で踏める状態で脱出する。そういう走り方もお手の物だ。少なくともクルマは。

 筆者のようなオールドタイプはそういう運転は馴染みがないので、これを試すときはいつも怖いし、どうやると上手くいくのかが完全には分かりきらない。できればブレーキを引きずりながら、アンダーを消して進入し、旋回姿勢を作ってからアクセルで前後加重をコントロールする昔ながらの乗り方の方が落ち着く。

 で、GRMNはといえば、そのあたりの幅広さが尋常ではないので、どっちのやり方でも余裕綽々(しゃくしゃく)で曲がっていく。そして速い。ちなみに3周目はクリッピングから先で、ヨーが収束する前からかなり無理矢理にアクセルを踏んで、その分ハンドルを大きく切って強引にアンダーをねじ伏せるという無茶な運転もした。想定しているのはこの55Rで前のクルマをかわして、次の25Rに先行して飛び込むための加速競争状態である。そんな乗り方で多分タイヤは激しく摩耗したとは思うが、不安定になることもなくキチンと付いてくる。

 とにかく融通が利く。スイートスポットが広いのだ。その証拠といっては何だが、これだけいろいろ試してみて、タコ踊りはおろか、大きくカウンターを当てた記憶がない。というかホントの微修正以外、ハンドルは切り増していくだけでほぼ済んでしまったのではないかと思う。

 どうしてそこまで自在なハンドリングに仕立てられたのかといえば、カローラスポーツで出場しているスーパー耐久(S耐)からのフィードバックがあったからだ。S耐は最長では24時間の耐久レースまであり、当然ドライバーが交代制になる。超一流ぞろいのトヨタワークスのプロドライバーと、ハイアマチュアのモリゾウ選手(豊田章男社長)が同じクルマを乗り換えて走るわけだ。

 ちなみにモリゾウ選手は、決して遅いわけではないが、本職の超一流と並べれば、そこに差があるのは当然だ。いろいろな運転スタイルやスキル、レースの状況に合わせて作り込まないとマズい。そういうノウハウが全部フィードバックされている。

 ちなみに、そのスイートスポット拡大の実現に最も効果があったのは何かと聞いたら、「ボディ剛性です」だそうで、そりゃまあ聞いてみれば当たり前なのだが、これでもかというほどのスポット増しと接着材の霊験あらたかな効果によって、どんな乗り方をしても自在に受け止める超高剛性シャシーができ上がったのである。

●500台しか作らない……

 さて、このクルマとんでもない。GRMNヤリスとは。例えばマクラーレンF1とか、ポルシェ935とか、ランチア・デルタシリーズのような伝説のクルマが、今この時代に突然新車で発売されたようなものである。言ってみればワークスラリーチームのスペアカーが新車でディーラーで買えるようなもので、こんなものが730万円とか850万円で買えるのは価格破壊である。10倍しても全くおかしくない。

 実はこのGRMNヤリスは1月のオートサロンで発表され、すぐ予約が開始されたが、500台限定の枠は瞬殺。1万5000件の申込者から厳正なる抽選ということで、この記事を読んでから欲しいと思っても、後の祭りである。

 で、筆者はいろいろと思うところがあるわけだ。これだけの歴史的にすごいクルマを作っておいて、販売方法はまるで素人ではないかと。500台しか作れないのはトヨタの都合。そのしわ寄せをまるっとユーザーに被せてどうするのだと。ということで後編は、プレミアムビジネスはどうあるべきかという考察へと進むのである。

→後編:トヨタはプレミアムビジネスというものが全く分かっていない

(池田直渡)