「労災上乗せ保険は『従業員を守る保険』から『企業も守る保険』になった」──三井住友海上火災保険の担当者がこう指摘するのは、近年、損害保険各社が雇用慣行賠償責任補償(通称ハラスメント保険)の契約数を伸ばしているためだ。

 ハラスメント保険とは、ハラスメントを巡る訴訟リスクなどに備えて企業が加入するもので、保険料は企業規模に応じて数万〜数十万円ほどが相場だ。ハラスメント対応への関心の高まりや、いわゆるパワハラ防止法の義務化拡大を追い風に損害保険各社が契約数を伸ばしている。雇用に関する保険に特約として付けるケースが大半で、各社さまざまな特約の形で提供している。日新火災海上保険の担当者が「本体商品よりも、特約の伸び率の方が高い」と話すことからも、際立って好調な様子がうかがえる。

 パワハラ防止法が成立した2019年と22年現在で比べてみると、大手3社(東京海上日動火災保険、損害保険ジャパン、三井住友海上)の契約件数の合計は1.6倍ほどに増加。AIG損害保険や共栄火災海上保険、日新火災海上など各社も好調で、それぞれ約1.3〜3倍ほどに増やしている。

【編集履歴:2022年7月13日午後5時45分 追加の取材に基づき、記事内容を加筆・修正いたしました】

●法改正を背景に、中小企業の関心が高まる

 どんな企業が契約しているのか。AIG損保の担当者は、「大企業・中堅企業では従来より関心が高かったが、近年は中小企業においても関心が高まっている」と指摘する。20年6月に施行されたパワハラ防止法は、当初は大企業のみ義務とされていたが、22年4月からは対象が中小企業にも広がった。定められた防止措置を講じないと、厚生労働大臣から指導や勧告を受けたり、勧告に従わなければその旨が公表されたりする可能性がある。中小企業もハラスメント予防策から発生後の対応策までを講じておく必要が生じ、関心が高まった。

 中でも「中小企業向けの財務リスクや労務リスクを包括的にカバーするパッケージ保険が、最も伸びている」と話すのは損保ジャパンの担当者だ。中小企業の総務など管理部門は少人数で、加入している各種保険の満期対応などを個別に実施するのは業務負荷が大きい。こうした管理上の手間を減らせる点が、契約数増加の要因だという。

 また、ハラスメント問題と一口に言っても、その内実はさまざまだ。企業はさまざまな観点からハラスメント対策を進める必要があるが、人手不足などの課題があり、数あるハラスメントの全てをカバーすることは難しい。共栄火災海上では「パワハラやセクシャルハラスメントだけでなく、マタニティハラスメントやアルコールハラスメントといったハラスメント全般を補償の対象としている」という。

●顧客や就活生などとのトラブルも「ハラスメントリスク」に

 パワハラ防止法は、カスタマーハラスメント(顧客からの理不尽な要求)に関する取り組みについても触れている。義務化とはならなかったものの、「望ましい取り組み」として位置付けた。東京海上日動は、こうしたカスタマーハラスメントを補償する特約を用意しており、また三井住友海上やAIG損保も、第三者へのハラスメントに関する補償を提供している。

 AIG損保の担当者は「従業員の少ない事業者の場合、社内よりも第三者に対するハラスメントのリスクを気にすることもある」と指摘する。同社では、取引先や就職希望者へのハラスメントも補償対象としている。ハラスメントは「社内の話」に留まらず、就活生への対応などがSNSで暴露されるリスクも広く認識されるようになってきた。

●記者会見などのマスコミ対応、ネット炎上対応のプランも

 こうしたニーズに対応するため、損保ジャパンは「緊急時サポートサービス」として、記者会見などのマスコミ対応やインターネットの炎上対応への支援、事故発生後のハラスメント研修のサポートなどを提供するプランを用意している。

 中小企業でハラスメントに関する炎上などのトラブルが発生しても、十分に対応できるノウハウを持ち合わせていないことが多い。「取りあえず保険会社に連絡すれば、ワンストップでさまざまなサポートを受けられる」という安心感が売りだ。炎上対応や研修のサポートは、それぞれ専門業者を紹介する。

 包括的なサポートは、発生後のみに限らない。東京海上日動では22年1月に「組織の健康診断サービス」を新設。日立製作所の子会社ハピネスプラネットと提携し、雇用トラブル対応保険の契約者に対して従業員の幸福度をスマートフォンで計測するサービスを提供している。「トラブルの予防、ひいては企業のSDGsや健康経営の取組みを支援していく」(東京海上日動の担当者)

●ハラスメントが「起きた後」の対応の重要性

 ハラスメント問題は、未然に防ぐための取り組みが重要であることは言うまでもない。その一方で、特に中小企業にとって、発生後の対応も企業のその後の命運を左右しうる。

 従業員のハラスメント行為が明るみに出ると、企業は使用者責任を負ったり、安全配慮義務違反の責任を問われたりする可能性がある。また、被害を受けた従業員が死亡した場合などでは、賠償金が数千万円に及ぶことも少なくない。ハラスメントへの対応が中小企業の“命取り”になりうるリスクを認識し、管理部門と経営陣が一丸となって対応を講じておく必要がある。