青森県八戸市の住宅会社であるハシモトホームは、長年にわたって新築着工棟数で青森県内1位の地位にあり、北東北エリアでもトップクラスの実績を誇っていた。

 2018年、同社に勤めていた40代の男性が自殺した。その原因は、上司からのパワーハラスメントや過重労働であるとして、男性の遺族が会社側に約8000万円の損害賠償を求める訴訟を起こしたことが先日大きく報道された。

 男性は11年に注文住宅の営業職として同社に中途入社。18年1月頃、上司から男性の携帯宛に「お前はバカか?」といった内容のメッセージが複数回送られたほか、会社関係者が集まる新年会で「症状」と題した文書を渡された。文書には「貴方は、今まで大した成績を残さず、あーあって感じ」などと、男性を侮辱するような文言が書かれていた。男性は翌月に重度のうつ病を発症し、その後自ら命を絶ったという痛ましい事件だ。

 20年、青森労働基準監督署が自殺の原因は「上司のパワハラで重度のうつ病を発症したため」として労災認定した。その後遺族は謝罪などを求めて会社側と交渉していたが、会社は「法的責任はない」として交渉は決裂。そして今般の提訴に至った。

 会社側も提訴と報道によってようやく責任を認め「本件を重く受けとめ、最大限誠意ある対応を取る」とコメント。また外部専門家に本件の調査を委嘱し、原因調査と再発防止策の提言を実施することも発表している。

●「余興のつもりで」 無自覚に起こるパワハラ

 問題となっている「症状」について同社の橋本社長は、「年始行事の余興の一環として、営業成績上位の社員に渡していた。程度の差こそあれ、類似の内容だった」と説明。要するに、単純に褒めるだけでは物足りないから、場を盛り上げるために面白おかしくイジってみた、といった程度の感覚だったのだろう。

 会社が「余興のつもりで」侮辱賞状を渡し始めたのが約10年前。男性社員の自殺が4年前。労災認定が2年前。その間、会社はずっと責任を認めてこなかった。慌てて謝罪したのは遺族に訴えられてから。ここから分かるのは、パワハラは加害者にとっては実に無自覚に行われるものであり、被害実態が見えづらいということ。そして結果的に誰からも「おかしい」と声が上がらず、倫理観が欠如した環境に皆が慣れてしまう、というおぞましい事実だ。

 もしかしたら、本稿の読者諸氏の中にも「それくらいのイジりはウチの会社でも普通にやっている」「個人のストレス耐性の問題では?」などと感じている人がいるかもしれない。だがその認識こそ、皆が無意識のうちに不幸なパワハラ被害者を産んでしまう元凶になりかねない。

●パワハラ防止法が施行されたが、実態は……

 悪質なパワハラ被害が発覚すると、マスメディアで大きく報道され、読者や視聴者からも強い非難が集中する。このような報道や反応を見る限り、職場内でのハラスメントに対する社会的な認識は年々高まり、「パワハラはいけないことだ」との認識が十分浸透しているように感じられるかもしれない。

 実際に、パワハラを防ぐための法律、通称「パワハラ防止法」(正式名称は「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」)も19年6月1日から施行された。当初の適用対象は大企業のみで中小企業は「努力義務」だったが、本年(22年)4月1日からは中小企業も適用対象となった。

 パワハラ防止法の趣旨は「事業主は、職場でのパワハラ発生を防止し、解決するための策を講じなければならない」というもの。

 元より職場でのパワハラは「いけないこと」ではあったものの、その防止についてはあくまで各職場における努力義務でしかなく、法的な定義も定まっていなかった。それが今般の法律施行により、「職場におけるパワハラ対策が事業主の義務」となったのだ。

 事業主はパワハラ防止策を講じるのみならず、パワハラ相談者や加害者のプライバシーを保護すること、そしてパワハラ相談者を解雇するなどの不利益な扱いをしないこと、といった措置が求められることになっている。

●厚生労働省告示第5号による、パワハラ防止法のポイント3点

1.事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発

パワハラには厳正に対処する方針を明確化し、労働者に周知・啓発しなければならない

2.相談(苦情を含む)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備

パワハラの相談窓口を整備するほか、担当者が適切に対応できるよう、マニュアルや仕組みを整えなければならない

3.職場におけるパワーハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応

事実関係の迅速かつ正確な確認、被害者への配慮、そして加害者への厳正な措置をせねばならない

 パワハラ防止法に従っていれば理論上、現時点で全ての企業においてパワハラ対策がとられているはずだ。

 しかし、残念ながら実態は異なる。日々報道されるパワハラにまつわるニュースがその証左であるし、各都道府県の総合労働相談コーナーに寄せられる労働相談件数、助言・指導の申し出件数、あっせん申請件数の全項目で、「いじめ・嫌がらせ」が10年増加傾向を続けていることからも明らかである。

 もちろん、この相談件数の中には、「これまで、暴言などは当たり前の指導の範囲だと思っていたが、パワハラ事件として報道されたケースと似ていたため、実は自分もパワハラに遭っていたことに気付いた」といった、「パワハラにまつわる問題意識が浸透した結果として被害が顕在化したケース」も含まれていよう。それは一つの成果かもしれないが、だからといって全体の件数が依然として増加傾向であることは否めない。

●なぜパワハラはなくならないのか

 これほどまでにパワハラが問題視され、法律まで制定されているにもかかわらず、パワハラ被害は減るどころか増加している。では、なぜパワハラはなくならないのだろうか?

 筆者に寄せられた被害相談・トラブル解決依頼のケースや、ハシモトホームをはじめとするこれまで大きく報道されてきたパワハラの事例を見ると、パワハラがなくならない理由は大きく4つに分類できる。それぞれについて説明していこう。

●(1)加害者、被害者ともに、何がパワハラに該当するのか知らない

 ハラスメントについて教わった機会がなく、「そもそもどんな言動や行動がハラスメントに当たるのかを知らない」のであれば、加害者も被害者もいつまでも無自覚のままだろう。

 また「パワハラ=問題行為」程度までは認識している人が多いだろうが、「悪質な場合は刑事罰を受け、損害賠償が発生し、加害者のみならず組織の評判を大きく低下させるリスクがある」ことを、自分ごととして認識できている人は少ないのではなかろうか。

 厚生労働省の定義によると、パワハラとは「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える、または職場環境を悪化させる行為」を指す。

 また、厚生労働省雇用環境・均等局公式「あかるい職場応援団」は、「職場のパワーハラスメントの6類型」として(1)身体的な攻撃、(2)精神的な攻撃、(3)人間関係からの切り離し、(4)過大な要求、(5)過小な要求、(6)個の侵害を挙げている。

 「たまに厳しい指導をすることもあるが、断じてパワハラではない!」と言い切る人もいるが、それが正当な理由がある叱責の場合であっても、「大声で怒鳴りつける」「多数の面前での見せしめ・懲罰的な公開叱責」など、方法を間違えば違法性が生じることを忘れてはならない。

 ちなみに、殴る・蹴るなど身体的な攻撃をした場合、刑事事件として「傷害罪」(刑法204条)や「暴行罪」(刑法208条)が成立する可能性がある。最高刑は懲役15年だ。

 また言葉だけの場合でも、「殺すぞ!」「契約とれるまで帰ってくるな!」「目標未達ならボーナスゼロだ!!」といったように相手を畏怖させることを言えば「脅迫罪」(刑法222条)、「前の会社は○○で辞めたくせに!」「不倫をバラすぞ!」などと公然と具体的な事実を示して相手の名誉を傷つけたら「名誉毀損罪」(刑法230条)だ。

 その場合、事実が本当かウソかは関係ない。そして、事実を示さずとも「バカ!」「給料泥棒!」「ダメ社員!」などと公然と汚い言葉で罵った場合は「侮辱罪」(刑法231条)が該当する可能性がある。

 その他民事上でも「会社が職場環境を整える義務を果たさなかった」ということで「職場環境配慮義務違反」、そして「使用者責任」を問われ、損害賠償を請求されることもあるのだ。

●(2)加害者に、自身の言動や行為がパワハラである旨の自覚がない

 組織ぐるみでパワハラをなくそう、予防しようとどれだけ力を入れたところで、そもそも加害者側に「自分はパワハラをしている」という認識も自覚もないのであれば、パワハラを止めようがない。

 実際のところ、加害者は「相手に嫌がらせしたい」「憎らしい」といった明確な目的意識や悪意をもってやっているケースはさほど多くなく、逆に「無意識のうちに」「悪意なく」ハラスメントが行われているケースの方が多いのだ。

 労務行政研究所と筑波大学が実施した職場のハラスメント調査によると、「一般的に職場でのハラスメントと捉えられる行動や言動」を17項目抽出し、約500人にそれらを「(自分自身が)過去6カ月間でおこなった」と回答したのは、全項目平均で22.2%だった。中でも50代前半の回答者における加害認識はわずか15%程度だった。一方で、別の約500人に「職場のメンバーが自身を含む同じ職場内の人々に対して、それらの言動・行為を行ったか」と全項目平均で31.9%が被害を認識していた。

 この結果は「自分では気付かないうちにハラスメント加害者になっている」人がいる可能性を示している。

 特に部下を持つ管理職層が加害者の場合、「これまで受けてきた指導自体がパワハラ同然であったため、自身の普段の言動・行動がハラスメントであることに気付かない」「相手の成長のため、良かれと思ってやっている」というケースが考えられるし、ハラスメント気質のままで出世してきているということは、「そのやり方でこれまで成果を上げてきた人物なので、加害者の上司や周囲も指摘できない」といったケースもあり得るだろう。

 この(1)無知と(2)無自覚が合わさると、パワハラの「軽視」につながる。特にパワハラ的な指導に慣れ、「自分は打たれ強い」との自覚を持った人であればあるほど、打たれ弱い部下の気持ちを理解できず、「社会人ならこれくらいのプレッシャーや叱責に耐えるのは当然」といった信念を持ちがちだ。

 どれだけ被害者が傷つき、不快な気持ちを抱いているとしても、「冗談のつもりだった」「そんなに嫌がられていたとは知らなかった」などと言い訳するのもこの種の人物の特徴である。

 「パワハラをやめよう」といった標語で、個々人の思いやりや道徳心に頼ってなんとかなる話ではないのだ。「パワハラ=自覚できない無意識の犯罪」といった位置付けで、組織ぐるみで対策をとっていく必要があるだろう。

●(3)被害者が声を上げづらい

 パワハラは「指導」という名目でおこなわれることが多い。必然的に、被害に遭うのは成果が上がっていなかったり、仕事でミスが多かったりするような、組織内では相対的に立場が弱く、発言力も小さい人物だ。

 そんな被害者が「それはパワハラです」などと声を上げようものなら、「仕事もできないくせに文句だけは一人前だな!」「権利を主張するならまず成果を出してからだ!」などと、さらにひどいパワハラに遭ってしまうリスクがある。

 さらには「反抗的な問題社員」扱いされ、その後の評価が下がったり、不本意な人事異動に遭ってしまったりして、組織に居づらくなってしまうかもしれない。当然ながら、そのような展開が想像できる以上、ハラスメント被害を訴え出ることをためらってしまうことになる。

 また実際に起きた話として、パワハラ被害者が内部相談窓口に被害申告したところ、「くれぐれも内密に……」と告発したはずのパワハラ内容が全て加害者である上司に筒抜けになってしまい、さらなる被害に遭ってしまったというケースもある。社内に労働組合もない場合、そもそもどこに相談したらよいか分からない、という方も多いだろう。

●(4)パワハラに対する直接的な罰則が緩く、抑止力になっていない

 パワハラ防止法において、パワハラへの適切な措置を講じていない事業主は是正指導の対象となり、是正勧告を受けても改善しない場合は社名公表の対象となる。また行政(厚生労働大臣)は、事業主に対してパワハラ防止措置とその実施状況について報告を求めることができ、それに対して「報告をしない」もしくは「虚偽報告をした」場合は「20万円以下の過料」が科されることになっている。

 しかし労働基準法違反のように、懲役や罰金といった明確な罰則規定は設けられていないため、「是正勧告程度で済むなら……」と軽く捉えられ、パワハラへの抑止力となっていない可能性がある。

 この法規および罰則の問題と、被害者が訴え出づらいことが相まって、なかなかパワハラの実態が表に出てこないことにもつながっているようだ。

 パワハラがなくならない理由を大きく分けると、以上の4つにまとめられる。では、こうした原因を取り除き、パワハラを未然に防ぐにはどうしたらいいのか。もしくはすでに組織内でパワハラが起きてしまっている場合、どのように対処すべきなのか。次回の記事で解説をする。

著者プロフィール・新田龍(にったりょう)

働き方改革総合研究所株式会社 代表取締役/ブラック企業アナリスト

早稲田大学卒業後、複数の上場企業で事業企画、営業管理職、コンサルタント、人事採用担当職などを歴任。2007年、働き方改革総合研究所株式会社設立。労働環境改善による「業績&従業員満足向上支援」、悪意ある取引先にまつわる「ビジネストラブル解決支援」、問題社員・ブラックユニオンに起因する「労務トラブル解決支援」を手がける。またTV、新聞など各種メディアでもコメント。

著書に「ワタミの失敗〜『善意の会社』がブラック企業と呼ばれた構造」(KADOKAWA)、「問題社員の正しい辞めさせ方」(リチェンジ)他多数。最新刊「クラウゼヴィッツの『戦争論』に学ぶビジネスの戦略」(青春出版社)