まずはお詫びを。この集中連載の1本目で「実はリヤゲートを持つ5ドアハッチバックボディなのだが」と書きましたが、これは間違いでした。スラントしたテールを持ちますが、ハッチバックではなく、MIRAI同様にトランクリッドが存在しております。筆者の勘違いをお詫びして訂正いたします。

 さて、文体を改めて本題に戻る。4タイプのボディと多彩なパワートレインを同時発表したことで、話題沸騰中の新型クラウン。そのクラウンについての短期集中連載の第3回である。

・セダンの再発明に挑むクラウン(1)

・日本のクラウンから世界のクラウンに その戦略を解剖する(2)

・なぜ、そうしてまでクラウンを残したいのか?(3)

●それほどまでにクラウンを残したいのか

 前回の記事では過去のトヨタの戦略をベースに、「後出しじゃんけん戦略」と「絨毯爆撃戦略」の視点から、クラウンの狙いをひも解いてきた。

 しかし、それほどの大仕掛けをしてまで、果たしてクラウンを残す意味があるのかと思う人もいるだろう。今回のクロスオーバーを否定的に捉える人の中には、「伝統的なセダン、クラウンらしいクラウンが売れないのなら、潔く打ち切ればいい。クラウンとは思えないクルマに無理矢理クラウンを名乗らせて延命する意味はない」という声も少なからずあった。

 言いたいことは分からないではないが、トヨタの立場から見れば、「そんなお気楽な……」という話でしかない。豊田章男社長は、自工会会長としての立場で、ここ数年「自動車産業の550万人」の暮らしを豊かにしていくためにどうするかをずっと問い続けている。

 自動車とその部品の製造出荷額は約70兆円。全製造業の2割を占める国内最大の産業である。ちなみに自動車の貿易黒字は約15兆円。巷(ちまた)では、時に製造業はオールドエコノミーという言い方をされるが、経済波及効果は2.5倍と高く、裾野が広いことを忘れてはならない。

 新しいか古いかという、さして意味の無い印象論の前に、日本国民の多くが自動車産業で食っているという事実は重い。日本経済のエースで四番であることは疑う余地もない。参考までにいえば、2022年度の日本の税収が約67兆、政府予算が約108兆円。それに対して自動車産業とユーザーの納税額は約15兆円だ。

 ついでにいえばトヨタの直近の決算における、当期営業収益は31兆3795億円、営業利益は2兆9956億円となっている。数字を見比べれば一目瞭然だが、日本経済への影響は甚大であり、それだけのものを背負った決断を常に求められている。クラウンをどうするかはそんなに簡単な話ではない。

●クラウン存続はセダンという車種の存続である

 ちょっと昔話に入る。といっても2017年、現行のカムリがデビューした試乗会でのことだ。カムリは長らく北米マーケットの稼ぎ頭だったが、その座をRAV4に奪われた。筆者は、カムリが売れなくたって結局同じトヨタのクルマが売れるだけなので、どっちでもいいじゃないかと言う気分で、それをポロッと口にした。その時の話し相手は、翌年トヨタの副社長に就任した、現アイシンの吉田守孝社長だったが、その言葉を聞いて気色ばんだ。

 「池田さんねぇ、生産設備を使ってクルマを作るってことは、そんな簡単じゃないんですよ。設備稼働率を常に高く保つことは絶対なんです」

 言われてみれば当然だ。会社全体での稼働率は、いってみれば減点法。どれか1車種でもラインの設備稼働率が下がれば、全体の足を引っ張る。「こっちが売れなくなった分、あっちが売れればOK」という話ではない。もっと遙(はる)かに緻密な話だ。

 クラウンを断絶するという決断は、詰まるところ、トヨタがセダンから完全撤退するかどうかという話とニアリーイコールである。旧来型のセダンがマーケットで求められないのだとすれば、それはクラウンだけの話ではなく、カムリもカローラもと全部に波及するだろう。そしてその過程で、稼働率が下がり、利益を圧迫する。

 逆にいえば、クラウンが先兵となって新しいセダンのあり方を見つけ出せば、カムリもカローラもそれに続いた変革が可能になる。諦める前に、本当に全てを尽くしてセダンの可能性を総当たりで試したのかどうかは問われなくてはならない。

 不確実性の高い未来において、セダンの選択肢を棄てたことが、後に重大な問題を生む可能性だって否定できない。ましてや前述のように、自動車産業550万人の、ひいては日本経済に影響を及ぼす責任ある立場からみれば、そんなに簡単に「やめた、やめた」というわけにはいかないのである。

 そして、クラウンを続ける以上、クラウンの3万点の部品を供給する膨大なサプライヤーの命運も一蓮托生で預かることになる。そういうヒリヒリした緊張の中で、4台のクラウンは生み出された。

●歴代開発陣の「オレのクラウン論」

 ワールドプレミアで豊田社長に続いて登壇したミッドサイズビークルカンパニーの中嶋裕樹プレジデントは、こう語った。

 2年と数カ月前のことですが、まず私が手掛けたのは、現在走っているクラウンのマイナーチェンジでした。社長の豊田にその企画を見せたとき、こう言われました。

 「本当にこれでクラウンが進化できるのか? マイナーチェンジは飛ばしてもよいので、もっと本気で考えてみないか」

 今思えば、ここから16代目のクラウンの開発がスタートしたと思います。

 中島氏は、これに続く質疑応答の中で、スピーチ用に若干美しい話になっていたけれど、「本当はマイナーチェンジプランを持って行った時はボロクソに言われました」と明かしている。

 要するに、今のクラウンを流れ作業で次へつなぐ作業など無意味だと、失敗はあるのだから、だったらさっさと認めて次に行くべきだということを、かなり厳しく言われたらしい。

 この話をしていると、15代目のクラウンが失敗作だという話になって、あまりに不憫(ふびん)なので、そのあたりも少し書いておこう。トヨタの社内では、クラウンの主査になることは要するにトヨタのトップガンだと認められることであり、エンジニア最大の名誉のひとつであり、役員への登竜門でもある。別にルール化されているわけでもなんでもないが、あちこちで尋ねてみると、どうも通例的にはそういうことだ。

 おそらく非公式なものだと思うが、クラウンには歴代主査の会があるのだという。会社に多大な功績を残したOBがきら星のごとく集まるそれは、どうしたって力を持ってしまう。現在の役員達が小僧として仕えた先輩エンジニアや、そのさらに上の世代が営々と連なっているのだから、人の社会の構造としてそれは避けられない。誰だって頭が上がらない人はいるのだ。そういうものに干渉されない人がいるとすれば、それは唯一創業家の御曹司だけだろう。

 加えて、大名跡であるクラウンは、トヨタの社内の他部門からの干渉も多い。それぞれが良かれと思って言っているところがよりたちが悪い。そのあたり、クラウンの宿命なのかもしれない。記事のコメント欄を見ても、多くの人々が「オレのクラウン論」を語らずにはいられないようで、多くの人の「クラウン愛」がそうさせるのだろう。もちろんそれらは、期待の表れでもある。しかし作る当人でもない人たちからああしろこうしろの圧力の中で、「革新を断行せよ」といわれても、典型的に舟が山に登るパターンになる。

 15代目は、大変革を求められたが故におそらく摩擦は多かった。各所から干渉が入る力学構造の中で、必ずしも主査の思うようにはならず、製品としてあの形で着地した。販売的には確かに失敗だったかもしれないが、15代目の失敗があったからこそ、口出しした人たちがこれ以上ものを言えなくなり、16代目は、超攻撃的なモデルチェンジができたのだと筆者は思っている。この16代目が成功したとき、だから15代目は実は陰の功労者なのである。

●指示された、セダンへの再チャレンジ

 さて、長い余話を挟んで、話は再び中嶋プレジデントに戻る。豊田社長直々に「本気で考えろ」と言われた中嶋プレジデントは、「クラウンとは何か?」を徹底的に見つめ直すところから始めた。歴代主査の残した資料を徹底的に読み込んだのだ。

 クルマの形や、駆動方式という決まりは何もありませんでした。あったのは、歴代主査の「革新と挑戦」というスピリットでした。私たち自身が、「内向き」に決まりをつくり、自らを動けなくしてしまっていたのです。

 そうして固定観念を排除し、「これからのお客様を笑顔にするクラウンを目指そう」と取り組んだ結果が、クラウン・クロスオーバーになった。祈るような気持ちでそれを豊田社長に見せた時「これで行こう」とようやく決まったのだ。だが同時に新たな宿題が出た。それはセダンへの再チャレンジだった。

 正直、耳を疑いました。一方で、私たちがあのマイナーチェンジの時から、発想を変え、「原点」に戻った今だからこそ、豊田は、セダンをやってみたらどうかと、問いかけているのだと受け止めました。

 それならば、この多様性の時代、ハッチバックや、ワゴンも必要だと、4つの異なるモデルを提案した、というのが正直な経緯です。

 以上が、ファクトをベースに筆者の推測を交えた、16代目クラウンの開発ストーリーである。だが最後にこれを可能にしたもうひとつの仕組みを書いておこうと思う。

●主査は4台のクルマをたった1人でまとめた

 筆者は、ワールドプレミアの現場レポートでテレビ番組に生出演したのだが、その打ち合わせで、スタッフから質問された。「4台もいっぺんに開発するなんていったいいくら掛かったんでしょう? 金額が分かれば今回のクラウンに賭けるトヨタの意気込みみたいなものが伝えられますよね」

 なるほど、と筆者は思った。ただしスタッフとちょっと意味が違う。トヨタはここ数年、モデルベース開発(MBD)とTNGAで、車両開発のコストを大幅に下げている。車両開発には、下手すると1台が億円単位になる試作車が何台も必要だったのだが、それらを作らずに済むシミュレーション設計は、当然大幅なコストダウンを実現する。それが直近の決算の高利益の大きな理由の1つになっていることは、近健太CFOに直接取材して知っている。

 つまり、今回クラウンが4台のモデルを並べて、群で戦う戦略が取れたのは、MBDとTNGAで開発費も人的リソースもグッと絞って開発できたからなのではないだろうか? そもそも皿田明弘主査(チーフエンジニア)が4台のクルマをたった1人でまとめたことはすでに聞き及んでいる。

 後で幹部のひとりにこっそり聞いてみたところ、彼はわざわざ調べて教えてくれた。具体的な数字は書かないでと頼まれたので、それは書かないが、4台のクラウンを作って掛かったコストは2台分に満たなかったそうだ。

 以上で、短期連載を終了する。新しいハイブリッドシステムなど、まだネタが枯れたわけではないのだが、遠からずクラウン・クロスオーバーの試乗会があるだろう。そこで技術的な面をしっかり追加取材して、試乗記とともにお届けしたいと思う。

(池田直渡)