東京証券取引所の市場区分が、2022年4月4日をもって「プライム市場」「スタンダード市場」「グロース市場」へと再編されました。21年9月から12月にかけて行われた上場会社による申請に基づき市場区分が決定されましたが、最も投資家から注目を集めたプライム市場の社数1839社(22年4月4日時点)は、その前日時点の東証1部企業数2177社に対して若干の減少にとどまりました。

●“看板倒れ”とは言えない東証の市場改革

 プライム市場の社数は、東証1部からある程度絞り込まれることが事前に予想されていました。というのも、東証はプライム市場の基準として、流通株式時価総額などの定量的な基準に加えて、グローバルな投資家向けの市場として質的な側面から「企業のコーポレート・ガバナンス及び内部管理体制の有効性」を基準として設けると公表していたからです。

 実際には、こうした質的な基準でプライム市場の上場審査に落ちた企業は皆無と見られます。また、定量的な基準に満たない企業についても、経過措置として適合計画書を提出することでプライム市場への上場が認められた企業が295社にも上りました。こうしたことから、4つの市場区分を3つに再編・統合するという東証の市場構造改革は“看板倒れ”に終わった、と国内外で大きな失望をもって受け入れられました。

 一方、筆者(井川智洋 フィデリティ投信ヘッド・オブ・エンゲージメント兼ポートフォリオ・マネージャー)は投資先企業との企業価値向上に向けた対話業務に従事していますが、こうした個々の投資先企業との対話の現場では、“看板倒れ”とは異なる印象を受けることもあります。

 例を挙げると、あるベンチャー企業とは、プライム市場上場・グローバル投資家が求める企業価値向上への取り組みに向けて、取締役の指名や報酬決定プロセス改善を通じた取締役会の経営監督機能の向上、企業活動へ重要な影響を及ぼす社会課題の特定と対応について議論しました。その後、日を置くことなく同社からは気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)への賛同表明、独立した指名委員会・報酬委員会の設置が発表されました。

 また、グローバル大手B to B企業との対話では、取締役の指名や報酬決定プロセスの改善、ビジネスモデルを通じた社会課題への貢献に関する開示の必要性などを説きました。その後同社とはメールも含めて数十回に及ぶやり取りが行われ、その結果、当該企業が外部ESG評価機関から格上げされるなど、資本市場での評価向上にもつながっています。

●女性取締役の増加はプライム市場創設が後押し

 とりわけ日本企業がグローバル企業と比べて取り組みの遅れが指摘されるジェンダー多様性についても、一定の進捗が見られました。過去10年間の日本企業の女性取締役比率を見ると、着実に上昇は続けていたもののそのペースは非常に緩やかでした。しかし直近2022年の6月総会を終えた時点では、プライム市場上場企業では史上初めてその比率が10%を超えたようです(図表1)。

 フィデリティ投信では、日本企業に対してグローバルスタンダードのサステナビリティ基準を要求していくことが、ひいては企業の中長期的な競争力の向上につながると考えています。その観点から、グローバルでの議決権行使基準見直しに合わせて、日本でも女性取締役が15%に満たない場合、取締役選任議案に反対するとの基準を設け、投資先企業と対話を重ねてきました。

 議決権行使基準の改定が施行される2022年6月総会前の段階で、当社投資先企業のうち56社が基準を満たしていませんでした。しかし、6月総会を経て、当該56社のうち半分の企業が初めて女性取締役を選任するという結果となりました。

 まだまだ道のり半ばではあるものの、こうした女性取締役選任の動きもプライム市場の創設がきっかけとなったことは確かです。フィデリティ投信では、市場構造改革が企業にとってサステナビリティ課題への取り組みを通じて企業価値向上に取り組むきっかけとなった部分もある、と評価しています。

●次のステップは上場企業の新陳代謝

 そもそも市場構造改革は、日本企業の上場後の成長をどのように動機づけしていくかという課題意識が大きな焦点の1つとして始まりました。今回東証がプライム上場企業に求めた基準はあくまで市場の入口の基準に過ぎず、上場後の持続的な成長に向けた動機づけの議論はこれから行われるべきでしょう。実際に東証も「市場再編はあくまで始まりに過ぎない」と公の場で述べています。

 こうした観点からは、次に議論すべきは、上場企業の新陳代謝を促す仕組みの構築であると言えます。というのも、日本企業の株価パフォーマンスを分析すると、歴史のある古い企業ほど最近上場した企業に比べて劣後する傾向が確認できるからです。

 TOPIX構成銘柄について直近5年間の株価変化率を上場年代別に4つの群に分けて確認すると、成長企業が多く含まれる2017年以降に上場した企業群は、昨今の相場環境を受けて最もさえない結果となりました。しかし一方で、上場年代の最も古い企業群もそれに次ぐ不振な結果となっています。

 PBR(=株価純資産倍率)ではより顕著な傾向が確認でき、上場年代の最も古い企業群のPBR(中央値)が0.76倍と最も低く、以降新しい年代の企業群ほどその数値は上昇しています。また、PBRが1倍を割れている、つまりROE(=株主資本利益率)が株主資本コスト(注:益利回りを株主資本コストと仮定)を下回り、株主価値の創造ができていない企業の割合も、最も上場年代の古い企業群が67%とすべての年代の中で最も多く、以降、新しくなるほどその割合は減少しています(図表2)。

 同様の分析を米国企業で行うと、興味深いことに日本企業と異なる傾向が確認できます。S&Pコンポジット1500指数(注:S&P500、S&P中型株400、S&P小型株600の合成)の直近5年間の株価変化率(中央値)は、古い年代の企業群ほど優れた結果となっています。PBRについても同様に、日本企業とは逆に古い年代の企業群ほど高くなっています。

●政策保有株への依存が株価浮揚の足かせに

 上場時期が古い歴史ある企業ほど不振に陥っている背景には、伝統的な日本型経営の象徴である、政策保有株式への依存が考えられます。政策保有株式は、取引先の経営陣に対して賛成票を投じることと引き換えに取引の安定を確保することを企図し、企業経営から緊張感を奪うことにつながりかねません。実際に先ほどの4群において、上場年代の古い企業群ほど政策保有株式に依存している様子が確認でき、株価パフォーマンスにも影響していると考えられます(図表3)。

 日米でこのような逆の傾向が確認できる背景には、上場企業で構成される株価指数の構成ルールの違いが考えられます。上場企業が株価指数に組み入れられると、当該株価指数に連動するパッシブマネーや当該株価指数を参照するアクティブマネーなど巨額の資金流入が発生するため、株価形成にとってプラスとなります。

 日本の代表的な株価指数であるTOPIXの場合、これまで東証1部に上場すると自動的にTOPIXに組み入れられ、構成銘柄数に上限もありませんでした。企業価値創造ができず長らく不振に陥っていたとしても構成銘柄から外されることはほぼなく、安定した資金流入が期待できました。

 一方、米国の代表的な株価指数であるS&P株価指数の場合、構成銘柄数に上限があり、定期的な入替制度もあるため、企業間で株価指数に組み入れられるための競争が発生します。こうした株価指数の構成ルールの違いが背景に存在する結果、日本では古くから上場している企業ほど株価パフォーマンスがさえず、一方米国では古くから上場している企業には長きにわたって競争を勝ち抜いてきた「選りすぐりの企業」が多く含まれ、優れたパフォーマンスを記録している、ということです。

●TOPIX見直しは海外マネーの呼び水となるか

 今回の市場構造改革の中で、22年10月以降、TOPIXについても見直しが実施され、プライム市場とTOPIX構成銘柄は切り離されることとなります。第1段階として、流通時価総額の小さい企業がTOPIXから段階的に除外されることとなります。東証は第2段階の構想として、将来のTOPIX構成銘柄の選定対象数に上限を設ける可能性、定期的な入替について言及しており、実際にその検討段階に入ったようです。

 プライム市場の創設ではグローバル投資家の失望を招く結果となりました。しかし、TOPIXがS&P株価指数同様に、企業が上場後も持続的に価値向上に取り組む仕組みとして機能する枠組みとして見直しがされることとなれば、グローバル投資家の注目を再び集めることができるでしょう。選定の際の基準として、価値創造の状況としてのPBR水準、政策保有株式の保有状況の相対評価なども考えられます。今後の動きに注目しましょう。

(井川 智洋 フィデリティ投信 ヘッド・オブ・エンゲージメント兼ポートフォリオ・マネージャー)