少子化が加速し、新卒人材の確保に限界が生じつつある。即戦力の中途人材も争奪戦が繰り広げられ、必要人員の確保が難しい状況にある。生産年齢人口が減少する中で、企業の持続的成長を維持するためには、中・高齢のベテラン社員の積極的活用を図る必要がある。

 しかし、これまでの連載で指摘したように、ベテラン社員の活用にはモチベーションの低下やスキルの陳腐化などの問題が多くある。改正高年齢者雇用安定法が求める70歳までの就業確保措置にとどまらず、60歳以降の社員の処遇制度改革は必須といえよう。

 企業がベテラン社員を重要な戦力にするために、改革すべきポイントは大きく以下の3つだろう。

・(1)人事・処遇制度の再構築

・(2)キャリア教育と、能力・スキル開発の推進

・(3)自由度の高い、柔軟な働き方の構築

 以下に、これら3つを実践している企業の事例を紹介しよう。

●60〜65歳の給料を引き上げた、大手部品メーカー

 再雇用制度を長く続けてきた大手部品メーカーは、2017年4月に定年年齢を60歳から65歳に引き上げるとともに賃金制度を改革した。労働力の確保はもちろん、経験・知識・人脈の継承や職人の技術発揮を期待した改革だ。

 一般職については、給与を下げることなく60歳以前と同じ100%を支給。管理職層については役職定年の58歳には役職手当がなくなるが、60歳以降の給与については、60歳まで2年間、半期ごとの計4回の人事評価を基準に処遇を決定する。評価が低い人でも60歳以前の給与の70%、高い人は100%となり、平均で85%になるように設計したという。

 当然、全体の人件費は増えるが、人件費を抑制する手段として(1)50歳以降の給与は下げずに毎年の昇給の配分を抑制、(2)企業年金の一部を減額、(3)定年が5年延びることで企業年金支給の資産が少なくて済むというメリットを活用──という3つの施策を実施した。もちろんそれだけでは増加分をカバーできないが、社員の活躍に期待して人件費を増額した。

 65歳まで定年を延長し、給与を引き上げてモチベーションを維持する方針だ。

●年齢にとらわれない評価制度の、大手医療機器メーカー

 一方、再雇用制度下であっても評価制度などを駆使することで組織の活性化を図っている大手医療機器メーカーもある。

 同社は65歳まで就業することを踏まえ、50代社員の意欲が削がれることを理由に08年に役職定年制度を廃止した。制度の廃止によって結果的にシニア世代の働く意欲も高まり、54歳で管理職登用試験に合格する社員も誕生したという。

 同時に、意欲と能力の発揮を促す施策として、上級職に「等級更新制」を導入した。等級更新制とは、等級昇格後に一定の任期を設定し、その間の貢献度を定期的にレビューし、任期中の評価が標準以上であれば任期を更新する。一方、評価が標準以下であれば更新試験を受験し、その結果で再任または降格を決定する仕組みだ。

 また再雇用を希望する人については、定年の2カ月前に「職務内容確認シート」を用いて本人と上司が面談し、再雇用後の職務・役割を確認し、契約書を締結する。処遇は定年前の役職に応じて一律に決まり、現役時代に比べてベースとなる基本給は低くなるが、個人業績と会社業績を反映した賞与を半期ごとに支給することで働く意欲を後押しする。

 特に営業など販売計画を持つ社員の支給額は高めに設定するなど、メリハリをつけている。また、部門長経験者などを専任の「キャリアアドバイザー」に任命し、再雇用社員の相談窓口の担当として全事業所を巡回し、個別面談を実施するなどモチベーションを喚起する地道な活動も実施している。

●「AI技術者×ベテラン社員」で技術力を高める、ダイキン工業

 ベテラン社員の新たなスキルの修得の支援も不可欠だ。空調機器大手のダイキン工業は21年4月から希望者全員の70歳までの再雇用制度を導入した。

 21年度の同社の人員構成は56歳以上が全従業員の20%(1867人)を占めるが、30年度は25%(2787人)を占めると予測。ベテラン層の活躍推進に向けた取り組みを行っている。

 21年4月以降、約500人の再雇用者全員を対象に1年間かけて研修を実施した。スキルなどこれまで大事にしてきた自分の強みをもう1回振り返り、今後組織の中でどういう役割を果たしていきたいのかについて、グループ単位でディスカッションしながら考える1日研修を行った。現在は上司サイドにそれを伝え、現場で活躍できる舞台を工夫するフェーズに移っている。

 また同社はAI・IoT人材を23年度末までに1500人育成する目的で社内ユニバーシティーの「ダイキン情報技術大学」を設立したことで知られるが、若手のAI技術者とベテラン社員との協業も積極的に促進している。

 例えば、エアコンの故障予知に関して、これまで発生した特定の故障箇所は現場に出向かないと分からなかったが、蓄積されたデータを基にAIを駆使してベテランと若手がタッグを組んでそれぞれの強みを生かし、ピンポイントで故障箇所を特定する試みを行っている事例もある。

 従来の高齢社員の役割は培ったノウハウを後輩に教え、後輩は技術の進歩を取り入れながらも自分の経験値で次の世代に技能伝承していくというものだった。しかし今は開発プロセスの効率化や熟練技能の標準化などさらに進化しつつあると言う。

 同社の人事担当者は「例えば溶接の一種の『ろう付け』という作業では、火で炙ったときの色、材料の溶ける時間など、勘と経験値で仕上げるベテランがいる。それを今では色やプロセスを機械に覚えさせることで、若手が同じことを再現できるようになることを目指している。しかし一方で、原理原則を受け継ぐ人がいないと、機械に頼るだけではスキルが陳腐化していく。つまりベテランが自分の経験値から教える段階から、AIという新しいツールを活用することで、ベテランが教えるべき内容が何であるかが明らかになりつつある」と語る。

 すでにベテランと若手との協業によって驚くような製品やサービスが出来上がるという事例も出てきているという。今後、あらゆる産業においてデジタル化の推進やウィズコロナなどの環境変化によってビジネスモデルの変化のスピードもより速くなりつつある。若手・中堅社員にとどまらず、全世代を対象にしたキャリア自律の支援に向けた企業の取り組みが一層に重要になる。

●月10日勤務や半日勤務など選択肢が多い、大手銀行グループ

 高齢者を含めたダイバーシティーに配慮した、自由度の高い働き方に対するニーズは高い。

 再雇用制度を導入する多くの企業がフルタイム勤務を基軸にしている。しかし、70歳までの就業となると本人の健康状態や家族の事情によりフルタイム勤務が難しい事態も想定される。

 19年10月から定年後再雇用年齢を70歳に引き上げた大手銀行グループは、非正規のパートタイマー社員も含めて働き方の選択肢を6つ用意している。フルタイム以外に月10日勤務や半日勤務などのパターンを設け、本人の希望で選択できる。実際に家族の介護でデイサービスの送迎をしている社員が半日勤務を選択するケースや月10日勤務を選択する女性社員も多くいる。

 また、大手不動産管理業では65歳定年制度を導入しているが、従来の再雇用制度も存続し、本人の希望でいずれかを選べるようにしている。業種の特性から勤務場所は本社・支社以外にマンション、ビル、商業施設など物件ごとに点在している。勤務形態も早朝から深夜まであり、管理コード上は300パターンもあるという。定年延長社員はフルタイム勤務が原則だが、再雇用社員の働き方は勤務先と話し合い、隔日勤務の週3日勤務や1日5時間の短時間勤務の社員もいるなど柔軟な運用を行っている。

●企業に求められる対策は

 高齢社員の増加にとどまらず、新卒人材や女性の人材の確保と定着の観点から働き方の多様化のニーズがこれからも高まっていくことは間違いない。折しもコロナ禍の在宅勤務中心の働き方に変わる中で時間と場所に縛られない自由度の高い働き方が浸透しつつある。

 人口減少下の中で企業の発展と持続的成長を図るためには、人材活用の在り方を考え、自社に最適な70歳就業システムの構築を急ぐべきだろう。

●著者プロフィール

溝上憲文(みぞうえ のりふみ)

ジャーナリスト。1958年生まれ。明治大学政治経済学部卒業。月刊誌、週刊誌記者などを経て独立。新聞、雑誌などで経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍。『非情の常時リストラ』で日本労働ペンクラブ賞受賞。