デジタルマーケティングの世界は今、大きな曲がり角に差し掛かっている。これまでWeb広告の効果分析やリターゲティングに欠かせない技術だった「サードパーティーCookie」が、ユーザーのプライバシー保護の観点から利用に大幅な制限が掛かるようになり、従来のマーケティング手法では十分な広告効果を得られなくなってきたのだ。

 既にAppleが開発・提供するブラウザ「Safari」は、サードパーティーCookieを用いたユーザーの行動追跡を抑制する機能「ITP(Intelligent Tracking Prevention)」を段階的に強化しつつあり、またGoogleのブラウザ「Chrome」も2024年後半にはサードパーティーCookieのサポートを廃止する予定だ。

 さらには欧州のGDPRや日本の個人情報保護法など各国・地域が定める法規制においてもやはりユーザーのプライバシー保護の観点から、特定条件におけるCookieの利用に際しては事前にユーザー同意を取得するよう定めている。こうした技術・制度の両面における急激な環境変化を受けて、これまでCookieを用いたWebマーケティング手法を長らく使って成果を上げてきた企業は、現在「クッキーレス時代」「アフタークッキー時代」に向けて大きな方針転換を迫られている。

●TSIホールディングスでも、独自の施策を展開してきたが……

 現在50以上のアパレルブランドを運営するTSIホールディングスも、そうした企業の1社である。同社は数多くのアパレル店舗を運営するとともに、ECチャネルを通じた販路拡大にも現在力を入れており、店舗とECを融合したシームレスな顧客体験を実現するために独自のデジタルマーケティング施策を展開している。

 その中心的な施策の一つが、CDP(Customer Data Platform)システムの導入だった。20年10月から、CDPソフトウェアベンダー大手の米トレジャーデータ社が提供するクラウド型CDPシステム「Treasure Data CDP」の導入を進め、自社のECサイトを訪れたユーザーの行動履歴データを中心とする各種顧客情報を一元管理するとともに、さまざまな角度から分析・分類できる仕組みを実現した。またこうして分析・セグメント化した顧客情報を、Web広告の出稿媒体のシステムやMA(Marketing Automation)システムなどと連携させることで、Web広告やOne to Oneマーケティングの最適化や作業効率化も図ってきた。

●制限の強化に伴い、目に見えて広告効果が悪化

 CDPを導入することにより、それまで手動でWeb広告の配信先リストを作成して出稿媒体のシステムにアップロードしていた作業が自動化されるため、業務効率の大幅アップが期待された。しかしそれと同時に顕在化してきたのが、冒頭で挙げたサードパーティーCookieの制限に伴う問題だった。同社のデジタルビジネスディビジョンデジタルマーケティング部 データマネジメントセクション 上石萌子氏は、当時抱えていた課題を次のように振り返る。

 「サードパーティーCookieの制限が厳しくなったことで、明らかに売り上げやROAS(広告費の回収率)、CVR(コンバージョン率)などの指標が悪化していました。そのため、サードパーティーCookie以外の手法を用いて広告効果を計測・評価する必要があると考えていました」

 特に、同社のWeb広告の出稿媒体として最も大きな割合を占めるInstagramの広告効果が目に見えて悪化しており、その対策は急務であった。加えて、21年4月にリリースが予定されていたiOS 14.5においてITPの大幅な強化が予定されており、より一層リターゲティング広告の精度や効果が低下する恐れがあった。

 そこでInstagramおよびFacebookの運営元であるMeta社から提案を受けたのが、「コンバージョンAPI」の利用だった。これは広告のターゲット顧客に関する情報を、サードパーティーCookieなどの仕組みを使ってブラウザ経由でMeta社の広告サーバ(Facebook広告サーバ)へ受け渡すのではなく、広告主のサーバからAPI経由でFacebook広告サーバへと直接送信するもの。この仕組みを導入すれば、たとえサードパーティーCookieが使えなくなってもターゲット顧客情報を正確に広告配信に反映できる。

 ただし同部でデータマネジメントセクション課長を務める竹山健司氏によれば、この仕組みを導入するにはかなり高いハードルを越える必要があったという。

 「社内の各部署で、現在利用しているシステムに新たにコンバージョンAPIの処理を実装するにはかなりの時間と工数がかかると予想され、さらに送信用のデータをとりまとめるための手間もかなりかかると考えられました。その時点で既に21年4月のiOS 14.5リリースまで半年を切っており、それまでに各部署との調整と開発作業を終えるのは、とても現実的とは言えませんでした」

●どうやって、各種指標を大幅に改善させたのか

 そんな折、既に導入を進めていたTreasure Data CDPが、近くコンバージョンAPI経由でFacebook広告サーバと連携できる機能をリリースするとの情報を得た。当時はまだベータ版の段階だったが、低コスト・短期間でコンバージョンAPIを導入・運用できる方法を模索していた同社にとっては、まさに「渡りに船」であった。

 その段階で既にTreasure Data CDPのデータベース上には必要十分な顧客情報を蓄積していたため、あとはそこから必要な情報を抽出して、コンバージョンAPIと連携するためのコネクターモジュールを通じてFacebook広告サーバに送り込むだけで済む。

 「コンバージョンAPIのコネクターを通じてターゲット顧客情報をFacebook広告サーバに受け渡す仕組みを急遽(きょ)導入することにしました。作業自体はわずか2週間程度で完了し、コスト面でもこれまでと同じ月額利用料金で導入できました」(竹山氏)

 こうして21年4月、コンバージョンAPIの利用を開始。その効果は早々に表れ、コンバージョンAPIの導入前と比較して売り上げやROAS、CV、クリック数、広告表示数などの指標が、項目によっては最大で40%ほど改善したという。また、これまでブラウザ経由ではFacebook側に受け渡すことができなかった詳細な顧客情報を、新たにAPI経由で直接送り込めるようになった。

 「LTV(ライフタイムバリュー)が高いと推測されるユーザーのリストを機械学習を用いて抽出して、それをトレジャーデータCDPを通じてFacebook側に送信することで、より精度の高いターゲティング広告が可能になりました。こうしたデータ連携を手動のアップロードで行うと膨大な手間が掛かるのですが、CDP経由でコンバージョンAPIを利用することで簡単に行えるようになったのはとても大きいですね」(上石氏)

 なお同社では現在、来るべくクッキーレス時代に備えてFacebook広告だけでなく、他の媒体に出稿するWeb広告のターゲティングや効果測定も、従来のサードパーティーCookieを用いた方法からコンバージョンAPIのような他の手段を用いた方法へと順次移行していく予定だという。

 「既にGoogle広告に関してはサードパーティーCookieを介さない仕組みを導入していますし、他の媒体に関しても今後はコンバージョンAPIのようなインタフェースが利用できるようになってくると思います。それらを利用するに当たっても今回のFacebook広告と同じく、CDPを通じて簡単に実装できると助かりますね。既にLINEに関しては近いうちにTreasure Data CDPを通じてコンバージョンAPIが利用できるようになるそうですから、今後もこうした連携機能がより一層充実されることを期待しています」(竹山氏)