「サブスクを考えた人は地獄に墜ちてほしい」──人気アニメ『るろうに剣心』の主題歌『1/2』などで知られるシンガーソングライターの川本真琴さんが9月26日に、自身の公式Twitterアカウントで音楽のサブスクリプションビジネスについて、“恨み節”とも取れる見解を投稿し、Twitter上で物議を醸す一幕があった。

 一連の投稿内容の趣旨としては、AppleMusicやSpotifyに代表されるような、月額課金で音楽が聴き放題となるサブスク方式が、ミュージシャンの立場としてはCDやダウンロードのような買い切り形と比較して雀の涙のような収入にしかならないこと。そして、このような音楽聴き放題ビジネスが「ミュージシャン」という仕事自体を成り立たせなくなってしまう可能性があるという趣旨のものであった。

 その一方で、川本氏自身も「サブスクの否定はしていません! わたしも利用しています」とサービスの利便性については一定の支持を示している。しかし安価で多種多様な曲を聴けるということは、同氏の指摘するようにミュージシャンの収益性を犠牲にすることで成り立っている面もある。

 冒頭のツイートはすでに削除されているものの、このような問題提起のために、川本氏はサブスク考案者について「地獄に墜ちてほしい」といった強い言葉を使って「サブスクでの利益がどれだけ少ないかを知って」ほしかったようだ。

●令和アーティストはサブスクやYouTubeの無料公開を支持

 ただし、この点についてはミュージシャンの間でも見解が分かれるようだ。

 2012年にメジャーデビューしたロックバンド、クリープハイプの尾崎世界観氏は、24日に自身の出演するラジオで「CDを出してた時よりも、幅広く聴かれてるって印象がある」と指摘している。サブスクによってCDなどの歌そのものの製品は売れなくなってきているかもしれないが、曲が聴かれることでライブなどの体験を重視した活動で稼いでいくという方向性も示した。

 確かに、近年ではYouTubeにミュージシャンや所属レーベルの公式チャンネルが公式の音源を無料で公開することも珍しくなくなった。例えば、映画「君の名は」の主題歌である、RADWIMPSの「前前前世」は本人がYoutubeで無償公開しているが、その再生数は映画版・オリジナル版合わせて3億回近く再生されている。

 YouTubeには企業が自身の製品を宣伝するためにGoogle広告システムで自身の動画を宣伝することができるが、この仕組みでは対象地域や配信方式にもよるが1再生あたり5円程度かかる。

 そうすると、もし3億もの再生回数を自身で広告プロモーションした場合、15億円近い広告費が必要となるところ、コンテンツの公開によってそれが無料の「広告効果」として消化されるだけではなく、再生数に応じた収益も期待できるYouTubeでの楽曲フル公開という方式は現代に沿った考え方なのかもしれない。

 他にも現役大学生のシンガーソングライターでZ世代からの支持を集めるVaundyは、自身の新曲MVをYouTubeでライブ公開するという楽曲公開方式を採る点で特筆すべきだろう。同氏はSNSでファンに向けてYoutubeで一緒に見ることを呼びかけており、各局にはファンが公開と同時にリアルタイムで新曲の感想がチャットに投稿されている様子が確認できる。

●TikTokで40年前の名曲が再流行? 令和の新たな音楽事情

 このような音楽のフリーミアムモデルは、ときに過去の名曲を再流行させるといった効果ももたらす。例えば、ショート動画アプリのTikTokでは、音楽著作権の管理団体であるJASRACへの支払いを運営会社であるバイトダンスが負担する代わりに、ユーザーは無料で楽曲を動画のBGMできる。その際に、昭和の名曲が他世代の心を捉えて再度の流行をもたらすといった現象が発生し始めている。

 具体例を挙げると、泰葉氏の代表曲でもある「フライディ・チャイナタウン」がブームとなった。この曲は1981年に泰葉氏のデビュー曲として同氏が作曲も手がけた昭和の名曲である。Google検索ボリュームの推移を示す「GoogleTrends」によれば、22年ごろから「フライデー・チャイナタウン」という検索キーワードの検索量が急増している。

 40年以上も前の曲が2022年になって拡散されたのは、同時期にTikTok経由で「歌ってみた」動画や、バズった動画のBGMとして使われていたということもある。流行初期の動画コメントには、本編へのコメントだけではなく「この曲はなんですか?知りたいです」といったBGMに関心を示すコメントも少なくなかった。

 正式な曲名は「フライディ・チャイナタウン」であるにもかかわらず、「フライデーチャイナタウン」という微妙に異なる曲名が検索されている点に注目したい。このような検索のされ方は、歌詞の特徴的な「Fly-Day Fly-Day CHINA TOWN」というフレーズから、「フライデーチャイナタウン 曲名」などと検索をかけることで曲を探ろうとする動きがあったと推察できる。つまり、フライディ・チャイナタウンの再流行は、泰葉氏往年のファンによるものではなく、TikTokユーザーを中心とした若者による新たなブームといえるのではないだろうか。

 では、なぜTikTokユーザーは急に40年も前の曲を動画のBGM等に使おうと思ったのだろうか。その答えは、YouTubeでの無料楽曲公開にある。同楽曲を管理する UNIVERSALMUSICJAPANのYouTubeチャンネルでは、5月にフライディ・チャイナタウンの公式フル楽曲を公開し、公開から程なく100万再生を優に超える再生数を誇った。そこで楽曲がYouTubeでのおすすめにピックアップされ、動画や歌ってみたカバーなどが制作されることで、公開から一層検索ボリュームの伸びを加速させていることが分かるだろう。

 ほかのアーティストに目を向けると、メディア露出が近年増加している広瀬香美氏も4月に自身の代表曲である「ロマンスの神様」をYouTubeで公開している。そこからフライディ・チャイナタウンと同じメカニズムで、広い層に曲が聴かれる再ブーム現象が起こっている。

 令和の音楽ビジネスは、今やサブスクどころか「タダ」で話題性を獲得し、そこから動画再生の収益やライブへの集客、ロイヤリティの高いグッズなどへの物販といったいわゆる「フリーミアムモデル」への移行が進んでいると思われる。

●顧客基盤が厚ければサブスクに迎合しなくてもよい?

 先のCD・レコード時代で栄華を誇ったミュージシャンからすれば、本来ファン1人あたり最低でも1000円以上支払って聞いていた曲を1再生0.数円で提供したり、あまつさえ無料で提供したりすることに大きな抵抗があるかもしれない。そして、その価値観は間違っているとは言い切れない。

 ルイヴィトンやエルメスのような高級ブランドは「お値引き祭」や「お客さま還元セール」といった「安さを売りにする」イベントを行わない。それは、ブランドを支持する盤石な顧客層があり、価格の高さ自体がブランドの力を象徴するという側面もあるからだ。

 これを今のミュージシャン業界にあてはめると、彼らは「バズっているミュージシャン」が持っていない「往年のファン」というロイヤルカスタマー層が大半を占める。今のミュージシャンは、逆にいえば、往年のファンを獲得するためにサブスクや無料での音楽公開といった手法をとっている側面もあるため、現状、安定顧客に恵まれているミュージシャンはわざわざ”地獄に堕ちる”ような思いでサブスクを解禁しなくてもサブスクの本質的な目的は達成されていることになる。

 ここから世代の若返りやメディアでの露出を狙っていくのであれば、広告宣伝のつもりでサブスクを解禁したりYouTubeに曲の全てを公開するのもありだろう。反対に、ロイヤルカスタマー層に対してコンテンツを提供する方針であれば、ディナーショーやライブといった高付加価値のコンテンツに注力していくべきで、サブスクのような薄利多売のサービスにコンテンツを卸すことは逆効果になる可能性もある。

 令和を生きるミュージシャンは、サブスクの台頭を機に自身のブランディングを踏まえたコンテンツの配信戦略が今後一層、求められてくるだろう。

(古田拓也 カンバンクラウドCFO)