お店の外までズラリと並ぶ行列は「人気店の証」――。どんな店なのかよく分からないけれど、長い行列ができているので、おいしい店に違いない。などと想像して、並んだことがある人も多いのでは。

 いきなりだが、時計の針を2006年に巻き戻す。日本に上陸して「行列が絶えない店」として、脚光を浴びたドーナツ店を覚えているだろうか。「クリスピー・クリーム・ドーナツ」(以下、クリスピー)だ。

 東京の新宿サザンテラスに1号店を構えたところ、人・人・人。有楽町のイトシアに2号店を構えたところ、こちらも人・人・人。店をつくれば黒山の人だかり状態だったこともあって、積極的に店を増やすことに。

 クリスピー・クリーム・ドーナツ・ジャパン社は15年度に最大64店舗を構えていたものの、熱狂は長く続かなかった。売り上げがじわじわ落ちていって、17店舗のシャッターを降ろすことになったのだ。

 当時、この様子をメディアはどのように報じていたのだろうか。理由を2つ挙げていて、1つは「健康志向」である。低糖質(ロカボ)の食品がヒットしたこともあって、健康ブームがやってきて、高カロリーのドーナツが敬遠されたという。もう1つは「コンビニドーナツ」である。大手コンビニがドーナツ事業に参入したこともあって、“クリスピー離れ”が進んだというわけだ。

 15年3月期に8億1000万円の純損失に陥り、3期連続で赤字が続いたこともあって「撤退」の2文字が浮かんでくる。日本にやって来て「海外セレブに愛されている」「これまでになかった味」といったフレコミで参入して、ちょっとしたブームが巻き起こるものの、数年後に「帰国」するケースも少なくない。

 同社もそうしたシナリオが選択肢のひとつに入っていたわけだが、その後、復活することに。18年3月期は4期ぶりに増益を確保し、既存店の売り上げが前期比プラスに転じたのだ。

 20年4月にコロナ禍で商業施設が閉鎖されたことによって、さすがに売り上げは落ち込んだ。が、しかしである。その年の秋に既存店の売り上げがプラスに転じて、22年9月現在もその勢いが続いているという。

●「店舗運営力」に注目

 このような「結果」を知ると「よかった、よかった。オレはドーナツが好きだから、たまに買うんだよねえ」と思われたかもしれないが、筆者は気になっていることが2つある。先ほど紹介した不振に陥った原因である。

 1つめの理由「健康志向」については、いまでも続いている。ここ数年でいえば、オートミールやタンパク質にフォーカスした商品が盛り上がっている。この5年で“不健康志向”が広がった、なんて話は聞いたことがない。というわけで、本当に「健康志向」が原因で、クリスピーの売り上げが落ちたのか疑問である。

 2つめの理由「コンビニドーナツ」も、ビミョーである。確かに、当時のコンビニはレジ横の一等地でドーナツを販売していたこともあって、「ちょっと買ってみるか」といった客も多かったはず。売り上げが伸びていたこともあって、「ドーナツ界の王者、ミスタードーナツも食われてしまうのでは?」といった声がでていたほど。

 しかし、ご存じのとおり、その後は減速。となると、ゲーム「リバーシ」の黒が白にひっくり返るように、コンビニからクリスピーにひっくり返ってもおかしくはないが、そんな話も聞いたことがない。同社に確認したところ「利用シーンが違うので、(昔も今も)当社への影響はないように感じている」とのこと。

 では、どういった理由で既存店の売り上げが伸びたのだろうか。取材したところ、2つの理由が浮かんできた。

 1つめは「店舗運営力」である。上陸当時、連日のように行列ができていたこともあって、現場でちょっとした混乱が起きていた。働く人たちは中途採用ばかりで、店の運営は彼ら・彼女らの“過去の経験”に頼る部分が多かった。また、新しい店ができると、そこに優秀な社員を異動させて売り上げを確保していた。そうなると、その人がいた店がダメージを負うことになる。

 経営資源が分散されたことによって、既存店の売り上げが減少していったのだ。社長の若月貴子さんは14年に副社長に就任し、マーケティング部門を統括することに(社長には17年に就任)。売り上げが減少しているだけでなく、現場が“混乱”していることも受けて、16年の大量閉店を主導したのだ。

 商品をきちんと説明できているのか、お客をきちんと接客できているのか、店内でゆっくりとくつろいでいただけているのか――。どの店に行っても、心地よく感じられるサービスを受けられるように、改善を試みる。

 毎年のように「顧客満足度」を調査しているわけだが、結果はでているのだろうか。2016年の数字に比べて、22年(4〜7月)は19%も伸びているようで。いくつかの項目がある中で「担当者の親しみやすさ」と「スピード」が目立っていた。また、以前と比べて店舗間の差がほとんどなくなったという。

●「キャビネット」が増えている

 クリスピーが復活した、もう1つの理由はなにか。「タッチポイント(顧客接点)」を増やしたことである。感染が広がる前から「テークアウト」「デリバリー」「キャビネット」にチカラを入れていて、コロナ禍の巣ごもり需要とうまく合致したことが挙げられる。

 「そーいえばそうかも。以前は店内で食べていたけれど、家でもぐもぐすることが増えたなあ」と思われた人も多いかもしれない。大量閉店したことによって、当然、会社の売り上げは落ち込んだ。撤退ではなく、日本で復活するにはどうすればいいのだろうか。いろいろなことを考えていく中で、クリスピー社は「販売チャネルを増やしていって、お客さまとのタッチポイントを増やすことにチカラを入れました」(若月さん)

 「テークアウト」「デリバリー」「キャビネット」の中で、特に大きく伸ばしているのが「キャビネット」である。商業施設の中にキャビネットを設置して、その中に定番の「オリジナル・グレーズド」などを並べたところ、どのような反響があったのだろうか。

 スーパーで販売しているドーナツの近くに、クリスピーのキャビネットが設置されている。価格のことを考えると、毎回クリスピーを買うのは難しいかもしれないが、「仕事でちょっと結果を出せたので、そのご褒美に」「今日はちょっとぜいたくに」といった理由で、購入する人が増えているようだ。

 キャビネットを始めたのは19年11月だったが、商業施設などから「ウチにも設置してくれないか」といった引き合いの声が続いていて、設置数は22月9月末時点で160台を超えている。

●流行をつくるのではなく

 冒頭で、クリスピーが店舗数を絞り込んだ話をしたが、現在は都市部を中心に59店舗を構えている(9月現在)。今後の予定を聞いたところ「この1年間に、2ケタ出店を目指す」(若月さん)そうだが、そうなると気になるのはどこまで増やすかである。

 メディアの人間からすると、「2年以内に100店舗にする!」「ミスドの背中が見えてくるまで、店を増やす!」といったコメントを期待するわけだが、そこは冷静。「店舗数を増やす=成長」とはとらえていなくて、こだわっているのはお客から「長く愛されること」のようである。

 「長く愛される」ために、どんなことにチカラを入れていくのだろうか。同社は期間限定の商品をたくさん投入しているが、その中から「ヒット商品」が生まれたとしよう。店にたくさんの人が集まって、その商品が売れる。売り上げもぐーんと伸びるわけだが、その熱狂は一過性で終わるかもしれない。

 「『スマッシュヒットを飛ばして流行をつくる』といったポジションではなく、お客さまから『長く愛される』商品を提供していきたいですね。言葉で表現すれば『定番』。そのようなポジションを築くには、どうすればいいのか。やはり従業員の教育は欠かせませんし、顧客満足度も高めていかなければいけません」(若月さん)

 最後に、このような質問をした。「上陸した当時のように『行列の絶えない店』と呼ばれたいですか?」と。若月さんは熟考することなく、「いえ、興味がありません」ときっぱり否定した。

 ドーナツの輪のように、ファンになった客はまた戻って来る。「ぐるぐるぐる」と。クリスピーが考える「定番」とは、そのような姿なのかもしれない。