長らく、ニッポンの高級セダンの代名詞であり続けてきたクラウン。大きな転換点を迎えていることは既に何度かに分けてお伝えしてきた。

 その67年の歴史を振り返ると、最も大きなターニングポイントは、1989年に同じトヨタからセルシオがデビューしたことだろう。トヨタは法人向けの別格サルーンとして、センチュリーを持っているのだが、個人向けのクルマとしては、長らくクラウンがフラッグシップを努めてきた。かの有名な「いつかはクラウン」という言葉が日本の自動車文化に及ぼした影響は大きい。

 そのトヨタのフラッグシップの座を初めて揺るがしたのが、同じトヨタから登場したセルシオだった。トヨタは後にプレミアムブランドのレクサスを立ち上げ、セルシオはレクサスLSとしてレクサスブランドに組み入れられることで、トヨタ的にはその住み分けを果たす。セルシオはレクサスブランドに移行したので、トヨタのフラッグシップはクラウンという理屈である。

 ただし、クラウンというブランドに寄り添って全景を眺めた時に、それが本当に問題解決になり得たのかは少し疑わしい。トヨタの不動のトップが一時的にせよ首位から陥落したことで、その存在意義そのものが揺らいだからだ。この事実は時間を巻き戻して変えることはできないし、そもそもレクサスが本当にトヨタとは別のプレミアムブランドになりきれているかという別角度の問題もある。

 「クラウンとは何か?」そういうパーソナルイメージのタガが緩んだ結果、以後、買う人も、売る人も、そして開発する人も、みな一様にそこに迷いが生まれた様に思う。

●16代目クラウンでトヨタが打ち捨てたもの

 筆者は、16代目のクラウンで、トヨタはその矛盾を力業で糊塗するのを止めたと考えている。まず最も記号的なデザインにおける権威主義性を打ち捨てた。強い威圧感のあるラジエターグリルやヘッドランプ、さらにはご老公の印籠のように強調された王冠のエンブレム。そういうものが圧倒的に薄まった。

 それをもって「これだったらクラウンを名乗らなくてもいいじゃないか」という声もあるし、その言わんとすることは分かるのだが、現実を直視すれば「フラッグシップたれ!」という世界観ではもう生き残る道はない。

 21世紀に入るころには、既にクラウンユーザーの平均年齢は毎年1歳ずつ上がっていくと言われていて、それを危惧して、走りを徹底的に改めた03年発表の12代目「ゼロクラウン」以降、トヨタは手を変え品を変えてクラウンの権威を守る戦いを続けてきた。

 しかしながら、折悪しく全世界的にセダン人気が衰えていく。そしてついに、先代15代目で、クラウンはセダンにとって、極めて重要なリヤシートの居住性の優先順位を下げた。代わりにクーペライクなデザインと、圧倒的なビークルダイナミクスを与えることで新しい価値を創造しようとしたのである。

 確かに、先代は走るものとしては素晴らしい出来だったが、いかにせよデザインが中途半端だった。シュッとしていることが求められるクーペライクデザインに、捨てきれなかった権威的意匠。そのミスマッチは極めて残念に見えたし、新時代のフラッグシップにふさわしい鍛え上げた走りは、その代償として価格の高騰を招いた。

 トヨタ内部では、メイングレードで550万円のラインに“死の谷”があると長らく言われてきたそうだが、全面刷新を賭けて、勇気を持ってその谷を超えてみた結果の惨敗だった。

●過去を“断ち切った”ともいえるクラウン

 そのクラウンの苦境を救うべく、テコ入れが企図されたとき、豊田章男社長は「失敗したものにいつまでもこだわってもしかたない。次へ進んだらどうだ」と言った。そして生まれたのが今回のクロスオーバーである。

 過去を払拭(ふっしょく)したかのごとく新しいデザイン。トップグレードで100万円安くなった価格。Kプラットフォームへの切り替えで圧倒的に広くなった室内。そして過剰なまでの“すごみ”を備えていた限界領域での走行性能のトップエンドを慎重にカットし、超高性能から高性能へと引き下げられた。もちろんそれは価格に反映されている。

 身も蓋(ふた)もない言い方をすれば、クラウンは過去を断ち切って変わったのである。それはある種の断絶であることに疑う余地はないが、一方でどうしたって連続性はそこに表れてくる。

 もう少しミクロにクラウンのイメージを見てみよう。保守本流の象徴でもあり続けてきたクラウンだが、実はトヨタの数々の新技術投入のテストベッドとして、技術的には常に最先端のテクノロジーを投入してきている。トヨタが「伝統と革新」と呼ぶ部分である。

 今回のクラウンクロスオーバーRSもまた、そこに一石を投じるクルマになっている。先代のとき、RSはより大きなホイールと扁平タイヤを与えられた仕様。まあ電制サスペンションなど細かいことを言えばあちこち違うが、その本質においては、ドレスアップグレードにすぎなかったと思う。

 しかし今回は、全く新たなハイブリッドシステムを投入した、質的に違うクルマに仕立てて出して来たのだ。わが国では35年に、純内燃機関の新車販売禁止が検討されている。本当にそれができるかどうかは先のことで分からないが、そういう未来にも備えなくてはならない。

 という状況に際して、ハイパワーなクルマをどうするかという問題が発生しているのである。これまでのトヨタのハイブリッドシステムは、システム出力を高めていくとさまざまな問題があり、従来の3.5リッターや4リッタークラスのパワートレインの後継となるハイブリッドシステムを新たに開発する必要に迫られたわけだ。

●THS2を採用した2.5ハイブリッドシステム

 まずはベースグレードとなる従来の2.5ハイブリッドの説明からしなくてはならない。トヨタの主力ユニットである、2.5ハイブリッドシステムは、長い年月を掛けて熟成を進めてきたTHS2を採用している。

 THS2は、遊星ギヤを使った、天才的なシステムである。走行時にパワートレインを多様な使い方でコントロールする。そもそも動力源にモーターとエンジンの両方を持つので、モーターを単独で使ったり、エンジンと併用したりする。さらに併用の場合にジェネレーターで発電分を上乗せする場合とバッテリー電力だけで駆動する場合に分かれる。そしてどのケースでも減速時には回生ブレーキを使って、エネルギー回生を行う。

 システム設計が天才的なのは、これを遊星ギヤという仕組みだけでシームレスに振り分けてみせることだ。若干乱暴なことを承知で概念を説明すれば、要素は3つ。エンジン、発電機、タイヤだ。

 あれ? モーターはどこ? と思われるかもしれないが、実はモーターはタイヤと直結していて(ギヤを挟んでいるだろとかの野暮はなしで)、ここは1つのセットと見なして良い。正確に言えば「タイヤ」は「タイヤ+モーター」となる。このタイヤ+モーターに対してエンジンは遊星ギヤを介してつながるのだが、遊星ギヤは3相だからエンジンはタイヤ+モーターだけでなく、もう1つ発電機ともつながっている。

 分かりにくいので、人間が整地用のローラーを引っぱっている絵を想像してほしい。人間がエンジンで、ローラーはタイヤだが、先に述べたようにタイヤにはモーターが組み込まれていて、人力+電気で動かすことができる。これがハイブリッドモードである。当然、人間が休んでモーターだけが働いている場合はEVモードになる。

 でだ。ここからが変な例えになるが、この人間の足下の地面がルームランナーのような動くベルトでできているのだ。ベルトを回すと発電する。だから人間の足の力は、直接ローラーを引っぱる力と、ルームランナーを回して発電する力に振り分けられる。

 発電機の能力を可変にしてやることで、どのくらい直接引っ張り、どのくらい発電するかを変えることができる。当然その電力はローラーのモーターを駆動することに使われるわけだ。

●問題点は

 ただし、問題がある。人間の筋力がものすごく強いと、発電機の発電能力を超えてしまう。3相の2つ、それはタイヤ+モーターもしくは発電機のどちらか限界の低いほうを超えると、それ以上の力は無駄になってしまうのだ。

 言葉を換えると、タイヤ+モーターの反力を受け止めているのは発電機なので、発電機が出せる最大反力を超えたら、それ以上の力はタイヤ+モーターに流すことができずに、流出してしまう。

 クルマに詳しい人を前提にさらに追加して説明すれば、遊星ギヤの仕組みはデファレンシャルギヤと一緒なので、片輪が空転したら、それ以上の力は反対側のタイヤに伝わらない。これと同じことになる。

 もちろん発電機を大きくして能力を上げれば解決するのだが、どこまでもは大きくできない。そうなると、3.5リッターや4リッタークラスのパワートレイン同等まで出力を上げることは難しい。そこでトヨタはオール電動化時代のハイパワーハイブリッドシステムを新たに開発することにした。こちらの仕組みは簡単で、エンジンとフロントモーターを電制湿式多板のクラッチでつないでやるだけだ。

 6段ATとモーターの間に発進用のクラッチと、モーターとエンジンの間にエンジン切り離し用のクラッチの2セットのクラッチを持つ。どちらも電制湿式多板である。ステップATの場合、通常トルクコンバーターを用いることが多いが、トヨタの説明によれば、トルコンのスリップロスに起因するダイレクト感の欠如を嫌って、湿式多板クラッチを使ったと言う。

 それもうそではないだろうが、それよりもパワートレインのサイズをコンパクトにするためには、サイズの大きいトルコンを使いたくなかったのだと思う。変速機が6段なのも恐らく同じ理由だが、2.4リッターターボにモーターがサポートし、さらにリヤに大出力のeAxleを備えるこのシステムの総出力は349PS。2つのモーターと過給エンジンという構成からみればトルクも太い。無理やりにも多段化する意味は薄かったと思われる。

●パラフルな乗り心地

 さて、乗ってみるとどうだったかといえば、さすがに2.5のTHS2システムよりかなりパワフルなのは確かだ。それより何より差として大きいのは、リヤモーターの出力向上による後輪の押し出し感の強さで、特にペースを上げていったときの接地の密度感の高さが全く違う。

 デザイン的にもリヤタイヤの存在感を強調するボディスタイルだが、その形が表す世界観に恥じない蹴り出しを感じる。従来どうもRSグレードは感心しなかった筆者も、今回のRSは明らかに標準グレードと異質で、その存在価値を認めざるを得ないものとなっていた。

 ただし、燃費の差は隠しようがない。たぶん高速でリッター20キロを頻繁に超えてみせるであろう2.5ハイブリッドに対して、2.4デュアルブーストハイブリッドは15キロを少し超えるくらいだと思われる。このあたりどちらも瞬間燃費を見ながらの予想なので、そのうち実際に長距離を走って確認してみる。

 ということで、完成度が極めて高かったTHS2が唯一苦手としており、今まで手が届かなかったハイパワー領域に踏み込んだ出力と、強力なリヤの駆動力を手に入れたクラウンクロスオーバーRSは、ササる人にはしっかりササるクルマに仕上がっている。総合力を求めるなら2.5THS2、走りを求めるなら2.4デュアルブーストハイブリッド。住み分けはクリアになった。

(池田直渡)