ここ最近、「株式分割」に踏み切る企業が増えている。10月1日には1株当たりの値段が高い「値がさ株」の代表格であった任天堂が1株を10株へ分割した。同社の株価は従来1株当たり6万円程度で取引されていたため、通常の100株単位での売買を行おうとすると600万円の資金が必要であった。しかし、株数が10倍に増加したことにより1株当たりの価格は10分の1程度の価格となり、11月16日時点の終値が1株5815円、100株単位では58万円程度で任天堂の株主になれるようになった。

 任天堂以外にも、2022年は東京海上ホールディングスや日本郵船、川崎汽船といった大企業を中心に多数の企業が株式分割を発表しており、明治ホールディングスも23年に株式分割を行うと既に発表している。これらの企業の多くは、株式分割の発表が市場にとってプラスであると判断されて株価を上げているが、今回はその背景とメリット・デメリットについて深掘りしていきたい。

●「国策」と化した株式分割

 足元で相次ぐ株式分割の立役者といえば、JPX(日本証券取引所グループ)だろう。JPXは東京証券取引所や大阪取引所といった金融商品取引所の持株会社で、「貯蓄から投資へ」という国民の資産形成についても積極的に施策を実施している企業である。

 そんな同社は10月27日に「投資単位の引下げに係るご検討のお願い」という知らせを上場企業の代表各位に送付している。

 具体的には、次のような内容となっている。

 当取引所では、個人投資者が投資しやすい環境を整備すべく、上場会社の皆様に対して、投資単位として「5万円以上50万円未満」の水準が望まれる旨をお示しし、その水準への移行及び維持をお願いしてまいりました。多くの上場会社の皆様に投資単位の引下げに ご尽力いただいた結果、現在では、当取引所の上場会社のうち約95%の企業が、50万円未満の水準を維持しています。 一方で、依然として投資単位が高い水準に留まっている上場会社も一定数見受けられ、本年10月14日の金融審議会「市場制度ワーキング・グループ」第21回会合においても、個人投資者の投資しやすい環境を整備するために、投資単位が高い水準のままにある上場会社に関して、 投資単位の引下げが図られる必要があるとの指摘がなされております。(東京証券取引所「投資単位の引下げに係るご検討のお願い」より抜粋)

 キーワードは「5万円以上50万円未満」という投資単位だろう。投資単位とは、わが国の一般的な取引単位である1単元=100株当たりの投資金額を指す。そのため、東証や政府は上場企業の株価が500円から5000円以内に収まるように調整することで、個人投資家が株式を買いやすい環境を作るという狙いがあるようだ。

 今回の告知では、ユニクロ運営会社のファーストリテイリングや、ディズニーランド運営会社のオリエンタルランド、Vtuber事務所運営会社のANYCOLORなど38社が名指しで投資単位が高い水準にとどまっている上場会社としてリスト化されており、これらの会社は対応を余儀なくされそうだ。

 岸田政権の肝いり政策である「資産所得倍増プラン」を実現するために国民が広く投資できる環境を作ることはメリットが大きい。22年に株式分割が相次いだ背景には、こうした取引所や政府による根強い要請があったことにあると考えられる。実際に、投資が可能になる個人投資家が増加した影響か、多くの企業にとって株式分割は株価を値上がりさせた。ここまで聞くと株式分割は、発行体にとっては株価の値上がりが期待でき、個人投資家にとってはこれまで手に届かなかった企業の株主となれることから夢の制度にも思われる。

 仮に株式分割がメリットばかりなのであれば、なぜ全ての会社が株式分割を行っていないのだろうか。その理由として、株式分割には「意味がない」とする立場も根強く存在することが挙げられる。

●「投資の神様」バフェットは否定的

 米国の投資会社であるバークシャーハサウェイのCEOで「投資の神様」の異名を持つウォーレン・バフェット氏は株式分割に否定的な立場を有するとして有名だ。

 ニューヨーク証券取引所に上場している同社のクラスA株式の株価は、1株当たりおよそ46万5000ドル(11月16日時点)、日本円にしておよそ6500万円と大変な高額だ(ちなみに、米国は日本のような100株1単位の単現株制度は採用しておらず、1株から投資することが可能で、議決権が制限されるB株式は300ドル程度で入手可能だ)。

 なぜ、バフェット氏が株式分割に否定的であるかというと、株式分割は業績を改善するものではなく、本質的な企業価値を高める施策ではないからだ。

 例えば、ケーキを購入したとして、それを2個に切り分けても、100個に切り分けても、ケーキの総量は変わらない。また、ケーキを切ることによってケーキ本体の見栄えも悪くなるし、ナイフにクリームがくっついてしまうという「ムダ」も生まれる。

 ムダの筆頭が、株主の管理コストである。通常、株主には株主総会の通知を郵送したり、配当金や株主優待を手配したり、名簿を作成したりという管理コストがかかる。つまり、ケーキ(株式)を分割して多くの人がケーキを入手できる(株主になる)と、ナイフにクリームが持っていかれる(分割のためのコストがかかってしまう)ことになるのだ。

 ただし、バフェット氏が最も懸念しているのはケーキ本体の見栄えが悪くなることにありそうだ。つまり、価格を下げてたくさんの人が入手できるようになると、必然的に「株価が安いという理由だけで買う」投資家が増える。また、企業の事業内容や、投資そのものの知識がなく、自分が何をしているのか理解していない初心者が「株主」という会社の所有者になることを恐れている様子が、各種の発言から読み取れる。

●株主は会社の責任者である

 実際、筆者が初めて株式投資を行った学生時代には、サハダイヤモンドと呼ばれる1株10円程度で取引されていた低位株を「株価が安い」という理由だけで買ったこともあるし、銀行株の中でも、当時は200円程度と飛び抜けて1株当たりの値段が安かったみずほ銀行に投資していたこともある。

 業績の責任を最終的に負うのは、会社の所有者である「株主」だ。もし、みずほ銀行の立場で考えると、学生でかつ、投資を始めて1カ月に満たない若輩者がそんな責任者になっていたということである。なんだか末恐ろしい話だ。

 筆者の体験として書くが、さまざまな株主総会に出席して感じたこととして、確かに投資単元の高い企業の株主質問の方が低位株の株主総会よりも的確であるという傾向があるようにも思えた。特に、低位株においては「株価はいつ上がるのか」といった質問はほぼ毎回目にするが、投資単元が高くなるほど「業績や事業そのもの」についての質問が目立つようになる。

 15年ごろ、三井住友フィナンシャルグループ(FG)の株価が4000円程度で推移していた際、みずほ銀行の株価は200円程度で推移していた。時価総額で比較すると両者にそれほどの差はないが、「みずほ銀行が三井住友銀行の株価を越える日を楽しみにしている」といった年配株主の発言がいまだに深く印象に残っている。仮に当時の株価水準でみずほ銀行の株価が三井住友FGに追い付くと、前者の時価総額は80兆円と、当時のアップルよりも高くなってしまうと考えれば、非現実的な発言と分かる。

 バフェット氏が議決権のある株式を分割せず、ある種「資産のフィルター」を設けている背景には、事業や業績に興味がない投資家に自分の会社を所有されたくないという思いもあるだろう。これは、自身が大切に所有しているコレクションを小さい子に持たせたくないという心理と似ている。株式分割はエナジードリンクのように一時的には効果があるものの、そもそも業績を出していれば、株価が小さくないと買えない個人投資家をわざわざ頼る必要はないという意見があることもうなずける。

 今では、1株単位で購入できるいわゆる「ミニ株」のような単元未満株の投資サービスが充実していたり、ETFのように少額でも実質的な値がさ株に投資できたりと、環境が整いつつある。足元で裾野が拡大しつつある「つみたてNISA」についてはそもそも個別株投資ができないため、今回の単元株引き下げはつみたてNISAを行っている投資家には意味がない。

 日本では株主優待制度もあるが、単元株が引き下がっても保有株数のボーダーラインが上がることが通例であるし、近年では他の投資家との公平性のため、優待そのものを廃止する企業も増えてきた。

 さらに、投資単元が引き下がってようやく購入ができるという投資家は、なけなしのお金を数銘柄に集中させて投資するという形となり、個別株での分散投資を実現することは難しいだろう。従って、単元引き下げで誘引される投資家は視点が短期的にならざるを得ず、安定株主として保有しつづけてくれる株主の割合が下がることにもつながりそうだ。

 今後、企業が株式分割を検討する場合には、貯蓄から投資へという「国策」と「株主の質」というトレードオフの関係があることを念頭に置いておかなければならないだろう。

(古田拓也 カンバンクラウドCFO)