経営において、コストの適正管理は極めて重要です。経費にはさまざまな種類がありますが多くの業種において人件費の割合は高く、最も重視すべきコストの一つと考えられています。さらに人件費の中には変動費的な残業代が含まれます。あらかじめ計画した金額よりも膨れ上がる可能性があるため、会社ごとに工夫や対策が講じられています。

 ただ、残業代は法律により計算方法などが決まっていることから、それに合致しない手法の場合は労働基準監督署から是正勧告を受けたり、労働者から訴訟を提起されたりする可能性があります。さらに、未払い残業代の請求権の消滅時効は従来の2年から2020年4月施行の改正民法と合わせ5年(当分の間は3年)に延長となっているため、ここ数年でそのリスクは増大していると言えます。

 今回は、よくある残業代対策とその課題についてご紹介していきます。

●残業代とは?

 そもそも残業代は法律上では、どう定められているのでしょうか。労働基準法では1週間40時間、1日8時間を超えて労働させてはならないと定められており、また「違反した者は6カ月以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する」と罰則規定もあります。

 そのため残業させたいときは、いわゆる36協定(サブロクキョウテイ)を締結し労働基準監督署へ毎年届け出る必要があります。

(時間外及び休日の労働)

第三十六条 使用者は、(中略)労働者の過半数を代表する者との書面による協定をし、(中略)行政官庁に届け出た場合においては、第三十二条(中略)に関する規定にかかわらず、その協定で定めるところによつて労働時間を延長し、又は休日に労働させることができる。

 そして、実際に法定の時間を超えて働かせた場合には割増賃金の支払いが必要になります。

(時間外、休日及び深夜の割増賃金)

第三十七条 使用者が、(中略)前条第一項の規定により労働時間を延長し、又は休日に労働させた場合においては、その時間又はその日の労働については、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の二割五分以上五割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。(後略)

 会社は残業代さえ払えば残業させることができると勘違いしている人がいますが、以上の通り、36協定を締結して労働基準監督書に届け出るというステップを経なければ労働基準法違反となります。

●よくある残業代対策と課題

 残業代を適正に管理するには、生産性を高めて労働時間を減らすのが本質的な対策ですが、それと合わせて制度や仕組みによるアプローチがあります。よく採用されている3つの方法の有効性と課題について検証していきましょう。

(1)管理監督者として残業代の支払い対象外とする

 「管理職には残業はつかない」という話がありますが、これは本当でしょうか? 労働基準法には以下の定めがあります。

(労働時間等に関する規定の適用除外)

第四十一条 (前略)労働時間、休憩及び休日に関する規定は、次の各号の一に該当する労働者については適用しない。

一 別表第一第六号(林業を除く。)又は第七号に掲げる事業に従事する者

二 事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者又は機密の事務を取り扱う者

三 監視又は断続的労働に従事する者で、使用者が行政官庁の許可を受けたもの

 労働時間に関する規程は、監督若しくは管理の地位にある者は適用されないため、会社が管理職として処遇している従業員がこれに該当すれば残業代の支払いは不要になります。蛇足ですが、除外されるのは時間外労働、休日労働のみで、深夜労働手当は管理職であっても支払いが必要です。

 さて、この条文を根拠に多くの企業において、役職者などを管理職と位置づけて管理職手当を支給し、代わりに残業代は支払わないという運用がなされていました。この慣行に対して待ったをかけたのが大手ハンバーガーチェーンの裁判です。(平成20年1月28日 東京地裁)

 この裁判では、会社側は“店長は残業代の支払いが不要な労働基準法上の管理職だ”と主張したのに対して、従業員側は“店長は労働基準法上の管理職ではないので残業代の支払いが必要だ”と主張して争いました。

 この会社の店長の平均年収は700万円を超え、業界内ではかなり高い水準にあったため、大いに注目を集めましたが、裁判所は店長の役割、勤務実態、処遇などから管理職ではないという判断を下し、残業代の支払いを命じました。

 この裁判をきっかけに「名ばかり管理職」という言葉が広く認知されるようになり、行政からも労働基準法の監督若しくは管理の地位にある者について以下の解説がなされています。

・経営者と一体的な立場で仕事をしている

管理監督者といっても取締役のような役員とは違い、労働者であることには変わりありません。しかし、管理監督者は経営者に代わって同じ立場で仕事をする必要があり、その重要性や特殊性から労働時間等の制限を受けません。経営者と一体的な立場で仕事をするためには、経営者から管理監督、指揮命令にかかる一定の権限を委ねられている必要があります。

一方、「課長」「リーダー」といった肩書きであっても、自らの裁量で行使できる権限が少なく、多くの事案について上司に決裁を仰ぐ必要があったり、上司の命令を部下に伝達するに過ぎないような場合は管理監督者には含まれません。

また、営業上の理由から、セールス担当社員全員に「課長」といった肩書きをつけているケースも見られますが、権限と実態がなければ管理監督者とは言えません。

・出社、退社や勤務時間について厳格な制限を受けていない

管理監督者は、時を選ばず経営上の判断や対応を求められることがあり、また労務管理においても一般の従業員と異なる立場に立つ必要があります。このような事情から、管理監督者の出退勤時間は厳密に決めることはできません。また、勤務時間の制限がない以上、出退勤時間も自らの裁量に任されていることが必要です。遅刻や早退をしたら、給料や賞与が減らされるような場合は管理監督者とは言えません。

・その地位にふさわしい待遇がなされている

管理監督者はその職務の重要性から、地位、給料その他の待遇において一般社員と比較して相応の待遇がなされていることは当然といえるでしょう。特に「スタッフ職」と呼ばれる人事、総務、企画、財務部門において経営者と一体となって判断を行うような専門職については、他の部門の管理監督者と同等の地位、給与等の待遇がなされていることが必要です。

参照:「東京労働局 しっかりマスター労働基準法―管理監督者編―」

 よく就業規則で課長以上は管理職などと役職名とひも付けて規定しているケースがありますが、厳密には個別に上記の着眼点で確認する必要があります。つまり、営業課長は労働基準法上の管理職だが人事課長は管理職でないという判断もあり得るということです。

 管理職であることを否定されたときに発生する未払い残業代は、労働時間管理を労働者本人に任せて会社が関与していないこと、賃金水準が他の労働者よりも高いことから、かなりの高額になるケースが少なくありません。

 労働基準法の「監督若しくは管理の地位にある者」は、会社内で使う管理職という言葉よりも、極めて狭い範囲のものですから、安易に残業代対策として活用するのは極めてリスキーと言えるでしょう。

●固定残業代の導入

(2)固定残業代(定額残業代・みなし残業代)を導入する

 固定残業代は、「みなし残業代」「定額残業代」などとも呼ばれますが、どれも理屈は同じで、給与の中にあらかじめ一定の残業代を含んだ状態で支給するものです。

 総支給額と内訳の関係は上図のようになります。固定残業手当5万円が仮に25時間相当の残業代とした場合、実際の残業が40時間ならば25時間を超過した15時間分(40−25)のみを追加で払いますが、残業が25時間以下であれば、総支給額30万円をそのまま払います。よって、人件費が変動しにくいので会社にとってコスト管理が容易になります。

 ただ固定残業代については、労使間の見解の相違により争いが起こりやすいため、取り決めや運用について通達で注意点が示されています。

(前略)

(1) 基本賃金等の金額が労働者に明示されていることを前提に、例えば、時間外労働、休日労働及び深夜労働に対する割増賃金に当たる部分について、相当する時間外労働等の時間数又は金額を書面等で明示するなどして、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを明確に区別できるようにしているか確認すること。

(2) 割増賃金に当たる部分の金額が、実際の時間外労働等の時間に応じた割増賃金の額を下回る場合には、その差額を追加して所定の賃金支払日に支払わなければならない。

そのため、使用者が「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(平成29年1月20日付け基発0120第3号)を順守し、労働時間を適正に把握しているか確認すること。

(後略)

参照:時間外労働等に対する割増賃金の適切な支払いのための留意事項について 基監発0731第1号 平成29年7月31日

 これを参考にして固定残業代を導入するには、就業規則の整備と合わせて、固定残業手当の額と固定残業手当が残業手当の何時間分かを記載した労働契約書を作成し、労働者の確認を裏付ける署名をもらっておくことをおすすめします。

 また固定残業代を導入すれば、一切残業代を払わなくて良いと勘違いし、勤怠管理がルーズになってしまうケースが散見されます。労働時間については、タイムカードにより正しく把握し、固定残業代を超える残業代が実際に発生した場合は、きちんと差額を支給するようにしましょう。

 正しい手続きを経ずに導入した固定残業代については、裁判において仕組みそのものを否定される可能性があります。そのときは固定残業代を含めて割増賃金の単価を計算され、かつゼロからの残業代の支払いが求められるため高額になる危険性があります。

(3)残業時間の上限枠を設定する

 労働時間の把握は、労働安全衛生法の労働安全衛生規則 第52条7の3により「(前略)タイムカードによる記録、パーソナルコンピュータなど電子計算機の使用時間の記録の客観的な方法その他の適切な方法とする」と定められており、これにより、多くの会社ではタイムカードが活用されています。

 残業代の計算は、タイムカード上の数字をそのまま活用するのが原則ですが、好き勝手に残業をされてしまうと会社としても適正なコスト管理ができません。30時間などと残業時間の上限を定め、あとは労働者自身に任せ、それを超過して残業した場合は人事評価をマイナスにするといった運用をしているケースがあります。

 上限目標の設定自体は生産性の向上に有効ですが、現実と乖離(かいり)した基準を設定した場合には問題が発生します。厚生労働省が毎年公表する「監督指導による賃金不払残業の是正結果(令和3年度)」でも勤怠システムの打刻と実際の残業時間が合っていないケースが紹介されています。

 この事例は、労働者自らが評価を気にして残業時間を過少申告したが、パソコンに残る使用記録や会社のセキュリティーをセットした時間との乖離があり、それに対する指導が行われたものです。労働基準監督署へ情報が寄せられたことによる調査ですから、本人以外の家族などからの情報だったのかもしれません。

 勤怠システムを導入して、その通り残業代を支払っていれば問題ないと考えがちですが、大きな組織や事業所が分散する会社であればそのデータが実態を示しているかについて定期的にメスを入れる必要があります。パソコンの操作履歴やメールの送受信時刻など客観的なデータを定期的に確認する仕組みを作りましょう。

 残業代を不正に抑制する行為は、そもそも法違反ですが、それ以外にも事業の成長という観点で優秀な人材の離職率を高めたり、また残業の実態に目を背けることで生産性向上という重要な取り組みのきっかけを失ったりすることにもつながります。

 ある経営者が「残業代をちゃんと払ったら会社がもたない」と発言したというニュースがかつてありましたが、残業代をちゃんと払って成り立つビジネスモデルを構築するという発想がこれからの時代は必要でしょう。