2022年は宇宙産業以外の民間企業による宇宙ビジネスへの参入が進み、宇宙の民主化が一気に進んだ。

 実業家のホリエモンこと堀江貴文氏が創業した、北海道大樹町の宇宙の総合インフラ会社インターステラテクノロジズ(以下、IST)では、超小型人工衛星打ち上げロケット「ZERO」の開発が本格化している。22年はエンジン部品の試験や構造部のエンジニアリングモデル試験などを実施した他、射場の整備が始まるなど、23年度中の打ち上げを目指して準備が進められている。

 この「ZERO」によって超小型の人工衛星を打ち上げて、情報通信事業や地球観測事業の展開を目指しているのが、ISTの子会社であるOur Starsだ。社長も務める堀江氏は、Our Starsが研究開発している高速な衛星通信によって「衛星通信3.0を実現したい」と語る。

 ISTとOur Starsが取り組む宇宙輸送や宇宙利用の分野は、国も民間企業への支援を強化するなど、この1年で実現に向けた期待が高まっている。ITmedia ビジネスオンラインでは堀江氏に単独インタビューを実施。「ZERO」と、Our Starsによる研究開発の現状と、23年の展望を聞いた。

●着々と進む新型ロケット「ZERO」の開発

 ISTはこれまで観測ロケット「MOMO」の打ち上げを3度成功させてきた。19年5月に「宇宙品質にシフト MOMO3号機」で初めて地上約100キロの宇宙空間に到達。続く4号機、5号機では成功とはいえない結果に終わったものの、約1年かけて全面改良に取り組み、21年7月には7号機にあたる「ねじのロケット」と、6号機の「TENGAロケット」の打ち上げを立て続けに成功させた。

 22年は「MOMO」の打ち上げは実施しなかった。それは、23年度からの打ち上げを目指している新たな超小型人工衛星打ち上げロケット「ZERO」の開発が本格化しているからだ。

 「ZERO」は超小型人工衛星を地球周回軌道に投入するロケットだ。「MOMO」と比較すると機体重量は約30倍、エンジンの出力は約50倍で、開発の難易度も高い。さらに、「ZERO」ではロケットの低コスト化も目指していて、商用化の際には打ち上げ1回あたりの費用を6億円以下に抑える計画だ。

 22年10月には、東京都三鷹市にある宇宙航空研究開発機構(JAXA)の調布航空宇宙センター飛行場分室で、機体胴体の構造部エンジニアリングモデル試験も実施した。この1年の「ZERO」の開発状況を、堀江氏は次のように振り返る。

 「エンジニアリングモデルは実際にフライトするモデルの1つ前の段階のもので、設計通りに成立するかどうかを実際に試すものです。JAXAのOBなど有識者にレビューしてもらって、微調整しています。どんどんエンジニアリングモデルを作って試しているところですね。

 胴体構造部などは順調に開発が進んでいます。一方で、ターボポンプなど、新規要素になる分だけ、要素試験から開始していて難しいものもあります。もちろん、ローコストでロケットを作るチャレンジをしているので、新しい技術については想定通りにはいきません。今の段階ではエンジニアリング試験ができるレベルに到達していればいいので、見つかった技術的な課題は時間をかけて解決していけばいいと考えています」

●Our Starsが目指す「衛星通信3.0」

 「ZERO」の開発が本格化する一方で、子会社のOur Starsでも人工衛星サービスの事業化に向けた研究開発が進められている。事業の柱は超々小型衛星を使った衛星通信サービスと、高度約180キロメートルの超低高度衛星による地球観測サービス、それに宇宙実験用衛星の打ち上げと回収の3つだ。

 このうち衛星通信サービスでは、超々小型の人工衛星をフォーメーションフライトさせて、巨大なアンテナの役割を果たす技術の開発を進めている。人工衛星1つの大きさは数センチで、多数の人工衛星を協調して動作させるコンステレーションの技術を使って、宇宙空間に数千個の衛星の群れを作る計画だ。

 「コンステレーションをうまく動かすため、無重力設備を使って技術実証するための準備を進めています。実際に衛星を作って電波の広がり方を見たり、衛星を制御するアルゴリズムを考えたりしていて、すでに特許も出願しています」(堀江氏)

 衛星通信では、スペースXが開発した衛星ブロードバンドインターネットのスターリンクが世界中でサービスを展開。日本国内でも22年10月にサービスを開始し、法人や自治体向けの提供ではKDDIと提携している。Our Starsとスターリンクの違いを、堀江氏は次のように説明する。

 「スターリンクが衛星通信2.0だとするならば、Our Starsでは3.0的なことを考えています。1.0はグローバルスターやイリジウム、インマルサットなどの衛星通信サービスで、携帯電話で言えば3Gか、3Gに届かないくらいの通信スピードです。スターリンクは4Gくらいのイメージですが、スマホで直接通信ではなく、地上ユーザーに50センチくらいのアンテナが必要ですね。

 Our Starsが巨大なアンテナを展開できれば、4Gよりも速いブロードバンド通信がスマートフォンと直接できるようになります。衛星間はレーザー光通信ができるので、海底ケーブルは必要ありません。高周波帯域を使うため、免許も比較的取りやすいのではないでしょうか。

 早ければZERO初号機の空いているスペースにOur Starsの衛星を載せて、実証実験をします。成功すればどんどん打ち上げて、スペースXと同じようにサービスを展開できるようになると思います。おそらくサッカーコート並みの巨大アンテナが作れるのではないでしょうか。ある通信会社の社長も『これが実現したらすごいね』と話していました。衛星通信のイノベーションが起こせると考えています」

●「安くて軽い」地球観測衛星の開発目指す

 一方、超低高度衛星による地球観測の事業では、日本の衛星が抱える課題の解決を目指している。

 内閣府の情報収集衛星は、高度500キロメートルから600キロメートルの高い軌道を飛んでいる。画像撮影には大きなレンズが必要で、1基あたりの開発と製造には数百億円かかる。それでも画像データが写している範囲を示す画像分解能は低く、実際に飛ばしている数が少ないため、どれくらい短い時間間隔で撮影が可能かを示す時間分解能も低い。

 画像と時間の分解能を高めようと、JAXAでは技術試験機「つばめ」(SLATS)を17年12月に打ち上げて19年10月まで運用。イオンエンジンを用いて271.1キロから181.1キロの間で6段階の軌道高度を保ちながら、高分解能の衛星画像を取得した。

 Our Starsでは、「つばめ」に関わるなどJAXAに36年間勤務した宇宙機エンジニアの野田篤司氏を、21年9月に最高技術責任者(CTO)に招聘。安くて軽い最先端の超小型衛星の開発に取り組んでいる。

 「数百億円もかかるものを、そんなにたくさんは飛ばせないですよね。であれば、安くて軽い衛星を作ればいいという発想です。高度180キロメートルくらいのところを飛ぶことができれば、市販のレンズが使えて画像分解能も高くなりますし(ビデオカメラの部品である)CCDを使って動画の撮影もできるようになります。市販のものを使うことで衛星1基あたりの製造コストは1億円を切って、大量に打ち上げれば打ち上げ費用を含めても5億円くらいでできるかもしれません。

 それで100基の衛星を投入できれば、時間分解能も高まります。スターリンクのように、ほぼリアルタイムに情報が取得できるようになって、ビッグデータのビジネスも広がるでしょう。

 国際的には高度100キロ以上が宇宙空間とされているので、100キロぎりぎりのところで飛ばすことができればいいのですが、大気が濃いために常時推進力が必要になるなど課題もあります。現状ではどのような推進システムにするのかを検討している段階です。通信衛星と同じように、ZEROの初号機や2号機に実証実験機を載せることができればと考えています」

●政府の支援が宇宙ビジネスを後押し

 堀江氏がこの1年あまりで大きく変わってきたと感じているのは、政府の宇宙関係予算だ。文部科学省の22年度当初予算と21年度補正予算を合わせた宇宙関係予算の総額は2212億円と、前年よりも88億円も増えた。官民の共同研究予算も盛り込まれている。全省庁を合わせた22年度の宇宙関係予算総額は5219億円で、前年よりも723億円増加した。

 さらに、政府はスタートアップの事業化を支援する2000億円規模の基金を、22年度中に創設する方針を固めた。これまでは研究開発に対する補助金交付が中心だったが、基金では実証実験の費用のサポートなどを行う予定で、宇宙輸送ビジネスでの活用も想定されている。

 「政府がスタートアップ支援の文脈に、宇宙の輸送系を入れたことで、補助が受けられる可能性も出てきました。国内の打ち上げロケットを使う衛星メーカーに対する支援も始まっています。政府がかなりやる気になっているのが伝わってきます。

 日本の衛星ベンチャーはこれまでロシアやウクライナのロケットを使うことを想定していたところもありましたが、ロシアのウクライナ侵攻で打ち上げられなくなりました。10月にJAXAとIHIエアロスペースが開発したイプシロン6号機が打ち上げに失敗したことも、今後影響が出る可能性があります。日本独自で人工衛星の打ち上げができる環境を作るのは急務です。

 23年はISTとOur Starsともに実際に使う物がたくさん出来てきますので、ドキドキできる1年になります。ZEROの次にはさらに大きいロケットや、有人宇宙飛行ができるロケットも構想しています。政府の予算が増えている中で、私たちももっと頑張っていきたいですね」

(ジャーナリスト田中圭太郎)