2024年に開始する新たなNISA制度は、岸田政権の肝いり政策である「資産所得倍増計画」を実現する上で重要な立ち位置を占めることになるだろう。
NISA制度とは、個人投資家が株式や投資信託などを保有・売却する際にかかる所得税や住民税などを一定の投資期間にわたって非課税とする制度だ。これまでNISA制度には、「一般NISA」と「つみたてNISA」、そして「ジュニアNISA」の3種類があった。新たなNISA制度では、ジュニアNISAを廃した上で一本化されることとなる。
実は「新NISA」という構想自体は、19年に発表された「令和2(2020)年度税制改正大綱」から存在した。しかし、当時のプランはあくまで「現行制度の延長線」というべきもので、制度移行に関する関心や認知も低い状態であった。
一方、23年度の税制改正大綱で示された新NISAについては、文字通り“桁違い”の非課税枠が確保できるだけでなく、利便性も大きく向上することになる可能性が高い。
そこで今回は、新たなNISA制度のあらましと、業界への影響について検討していきたい。
●新NISAは「老後資金2000万円問題」を解決するのか
かつて金融庁が「老後2000万円問題」を取り沙汰した際は、大きな話題となった。この問題を巡っては、現役時代も厳しいのに、さらに老後のために2000万円が必要だというショッキングな内容がクローズアップされた。しかし、問題の本質は別の部分にあると考えている。
金融庁が本来指摘したかった点は、長期の積立投資でその資産を形成することも不可能ではないという点ではないか。
現行のNISA制度では、NISA口座だけで2000万円を工面することは難しい設計になっている。なぜなら、現行制度は、つみたてNISAで「20年・累計800万円」の枠か、一般NISAで「5年・累計600万円」の枠しかなく、資産を途中で売却しても非課税枠は復活しないからだ。
人生において結婚や住宅購入、子どもの学費、入院といった突然の出費はつきものだ。銀行預金であれば、資金繰りのために一時的に預金を取り崩すことは可能だが、NISAでは非課税枠が復活しないため、取り崩した後は非課税枠の恩恵を受けられなかった。
つみたてNISAのような投資手法は購入時にリスクが分散されることこそ確かだが、積み立て切ってしまうと、そこからのリスクは一括投資と変わらないという欠点がある。従って、つみたてNISAの最終的なパフォーマンスは「運用期間における最後の1〜2年に暴落相場が発生しないこと」という不確実性に大きく依存していたといえる。
●新NISAは何が画期的なのか
新NISAでは、非課税保有期間が無期限となり、途中で売却した場合でも累計の非課税枠が復活する仕組みになるという。そして、非課税となる買付額は最大で1800万円(一般NISA相当の成長投資枠は1200万円まで)と、今までとは桁違いに設定されている。
原資ベースでも老後資金の9割が確保できるレベルまで引き上げられているため、老後資金2000万円をNISA口座における資産運用だけで達成することも十分現実的になるといえるだろう。
新しいNISAでは、急な出費の発生時には預金と同じように取り崩し、余裕ができた段階で再補充することが可能な点でも機動性に優れている。先述した、非課税期間の終盤に暴落するか、しないか――という運にも左右されにくくなる。暴落時には保有を継続し、景気が上向いてきた段階で取り崩しを始めるなどすれば、非課税効果のメリットを運に依存せず享受できる点が素晴らしいといえる。
非課税枠として設定された「1人1800万円(最大)」は、大半の国民における預貯金額を超過していると考えられるため、NISAでのみ資産運用をする、というスタイルが定着していきそうだ。また、贈与税などの問題はあるが、4人家族であれば実質的に非課税枠は最大で7200万円分確保できることになる。NISA以外で証券口座を利用するのはデイトレーダーや大口の顧客に集約されてきそうだ。
●証券業界がNISA改革を素直に喜べない理由
市場では、「NISA改革で貯蓄から投資へが本格化する」という観測もあり、証券会社や証券サービスを提供する会社の株価が高騰する場面も見られた。
しかし、ほとんどの国民がNISA口座で資産運用を完結させ得る今回の改革は、取引手数料で収益を上げる証券業界にとっては、むしろマイナスに働く可能性すらある。
確かに、NISA制度の導入は証券業界にとって大きな刺激となった。証券会社や信託銀行などが、NISA対応の商品を多数提供するようになり、毎月分配型の投信や複雑でリスクの高い金融商品との住み分けを行うことで、これまで「客殺し」とすら評されることもあった証券業界に対する信頼の回復にも寄与したといえる。
とはいえ、今回の改革を手放しで喜ぶことも難しいのではないか。新たな制度に対応するために、技術的な改修や人的資源の確保といったコストが発生するからだ。
そもそも、証券各社のビジネスにとってNISA口座自体はもともと歓迎されていなかった。なぜなら、NISA口座の取引手数料は「無料」が相場であるため、そこから信用取引や特定口座での取引に移行してもらわなければ、基本的に赤字となるからだ。個人投資家からすれば、証券口座を無料で保有できる一方、裏側では証券保管振替機構や情報ベンダーといったさまざまな事業者に対して一定の管理コストがかかっている。そして、そうしたコストを負担しているのは証券会社側だ。
銀行であれば、預かった預金を融資や投資に回すことで利ザヤを獲得できる。しかし、証券口座の預金や株式は、銀行預金ほど柔軟に利ザヤを確保できる性質のものではない。従って、NISA改革により証券会社のサービスに“タダ乗り”できる国民が大量に流れ込んでしまえば、証券ビジネス全体の勢いにブレーキがかかることが想定される。
国策としてNISA制度を拡充することは、皮肉にも「貯蓄から投資へ」の受け皿となる証券業界にとってはマイナス効果も懸念されるというわけだ。そのため、NISA推進に積極的な証券会社に対する補助金の交付など、事業者側にも推進するインセンティブを与えなければ、制度拡大のための積極的なPRや広告施策を実施しにくくなる可能性がある。「貯蓄から投資へ」の実現に向けて、事業者にとってのマイナスポイントにもスポットライトを当てた制度設計が必要となっていきそうだ。
(古田拓也 カンバンクラウドCFO)