2022年12月13日、日本共産党(以下、共産党)は「全国の鉄道網を維持・活性化し、未来に引き継ぐために」という提言を発表した。

 「鉄路廃止のレールを敷いてはならない」「全国鉄道網の維持・活性化に国が責任を果たすために――日本共産党の提案」の2章構成だ。後半の提案は

・JRを完全民営から“国有民営”に改革する――国が線路・駅などの鉄道インフラを保有・管理し、運行はJRが行う上下分離方式に

・全国鉄道網を維持する財政的な基盤を確保する――公共交通基金を設立し、地方路線・バスなどの地方交通への支援を行う

・鉄道の災害復旧制度をつくり、速やかに復旧できるようにする

 鉄道ファンとしてはとても心強い話だ。

●大事な話が抜けている

 一方で「本当にそれでいいのか」と思う。表題の「全国の鉄道網を維持・活性化し、未来に引き継ぐために」とあるけれど、内容は「維持」と「未来に引き継ぐ」だけで、「活性化」に触れていない。残せばそれでいいのかと思うし、「国とJRが残すべきだ」だけ。「残せば自ずから地域が活性化する」と考えているとしたら無責任だ。

 問われるべきは「鉄道を維持したらどういう未来が待っているか」だ。廃止されたローカル線の沿線にはその展望がなかった。鉄道を国有化し「国が維持すれば安心」であれば、ローカル線の赤字は増大し、その補てんは地域だけではなく、国民の税金が使われる。それで失敗した国鉄の累積赤字の一部は、主にたばこ税に上乗せされ償還されているけれども、喫煙者は減少傾向だ。もう同じ手は使えない。

 提言のなかに「リニア新幹線」より「地域公共交通の支援を強めるべき」との主旨もある。私は「リニアに限らず新幹線は『全国の鉄道網を維持・活性化』するために必要」と思うから、ここにも矛盾を感じる。

 そもそも「リニア新幹線」と「地域公共交通」は二者択一ではない。「あっちをやめて、こっちにせよ」ではなく、「両方しっかりやりなさい」という話だ。財源は限られているから優先順位は必要かもしれないけれど、そもそも「提言」のなかに財源の話は出てこない。共産党の綱領には「軍縮」があって、防衛費を削減すればいいらしい。そんなふうにお金が沸いてくると思うなら、もっと無責任に「どっちも」といってほしい。

 細かいところを突けばいろいろあるけれど、共産党批判は本題ではない。むしろこの機会に共産党の沿革と綱領を読んでみたら、得心するところもあり、一定の支持があることも理解できる。だからこそ、もっと真剣に考えてほしい。

 今回の提言をきっかけに、「ローカル鉄道」と「地域公共交通」について、基本的な考え方を押さえておきたい。

●そもそも「鉄道」とは何か

 鉄道事業法では……という話はさておく。そしてちょっと脱線する。

 私は中学生の時に父の友人宅で初めてワープロに触れた。初代キヤノワード、机みたいに大きかった。触ってみた。「これで悪筆から解放される」と思った。私は作文が好きだったけれど、先生からも親からも「内容はともかく字が汚い」といわれるほどだった。高校の友人宅でNECのPC-8001を知った。ゲームだけではなく、動作は遅いけれどワープロもできた。まるで夢のような機械だった。パソコンすげぇと思った。

 プロフィールにあるように、私が社会人としてスタートした職は、コンピュータ雑誌の広告営業だった。そこで先輩について修行したのち、パソコンゲーム雑誌の担当になった。次にCD-ROM付きマルチメディア雑誌の創刊担当になった。

 その時の編集長に「パソコンの本質とは何ですか」と聞いたら、素っ気なく「道具だよ、ただの道具」といった。これにはガッカリした。「夢の箱だよな。何でもできるし、世界を変えられる」という返事を期待していたからだ。

 しかし、いまはこの意味がよく分かる。パソコンは道具だ。オフィスにあっては便利な道具、ゲームソフトを走らせれば楽しい遊び道具。広告営業の先輩がいった。「売れるモノって、便利か、楽しいか。どっちか、あるいは両方なんだよ。雑誌でいえば、『会社四季報』は便利、『週刊少年ジャンプ』は楽しい。だから売れる」。

 「便利」と「楽しい」はいまも私の価値基準になっている。

 例えば包丁は便利だから売れている。日本刀は江戸時代までは闘いに便利な道具だった。しかしいまは「便利」に使ってはいけない。鑑賞して「楽しい」工芸品として残っている。

 鉄道も通勤通学旅行に「便利な道具」だ。私のように存在を「楽しい」と思う人もいる。10年頃から観光列車ブームが起きて、鉄道ファン以外の人にも「楽しい鉄道」が増えている。

 「地域公共交通」において、鉄道は「便利」か。通学輸送にとってはとても便利だ。しかし日中夜間は閑散としている。通学輸送以外の地域の人々にとって「便利」ではない。なぜか。もっと便利な交通手段があるからだ。マイカー、バイク、自転車など。デマンドバス、乗り合いタクシーもある。かなり遠い未来に自動運転時代が来る。

 「便利な道具」は、「もっと便利な道具」に駆逐される。鉄道だって、かつては川船、馬車、人力車を駆逐してきたわけだ。そしてこれらの交通手段は日本刀のように、「便利」ではなく「楽しい」で残っている。

 国が責任を持って「川船輸送を国営で維持すべき」「馬車会社を国有化すべき」「人力車は公務員で」なんていったら、なんて馬鹿げた話だと思うだろう。鉄道のほうがずっといい。当時はそうだった。でも、いまはどうだろう。

●道具は進化する

 せっかく話が鉄道に復旧したところで、もう一度脱線する。

 オフィスチェアの最高峰のひとつに「アーロンチェア」がある。ハーマンミラー社が1994年に発売した。人間工学を取り入れ、調整機能を使って快適な座り心地を提供する。デザインも美しく、20万円前後と高価だけど、長期保証があるから長く使える。その高価格によるブランドイメージによって広く認知された。バブル景気の余韻がまだ残っていたころだ。アーロンチェアは成功者の証。アーロンチェアがズラリと並んだ会議室は一流企業というイメージだった。

 私もアーロンチェアが欲しかった。さすがに手が出ず、イプシロンという、10万円くらいのオフィスチェアを買った。これも良い椅子だ。ホームセンターなどの5000円前後の事務椅子よりずっと快適で、腰痛も消えた。この経験から、ケータイやパソコンなど、毎日使うものはちょっと高くてもいいものを使いたいと思うようになった。その椅子も20年経ち、座面や肘掛けがすり減ってきた。しかし買い換えようにも製造されていない。いよいよアーロンチェアか、と探していたとき、ネットでこんな投稿を見かけた。

 「アーロンチェアは確かに良い。しかし、発表からそろそろ30年になろうとしている。その間、他社の椅子だって進化している」

 慧眼(けいがん)である。アーロンチェアにこだわる。それは90年代の憧れを手にするという意味がある。しかしそのこだわりは、約30年のオフィスチェアの進化を無視することになりかねない。冷静に比較したほうがいい。

 鉄道はどうだろう。「地域公共交通」において鉄道に固執することは、他の交通モードの進化を見過ごすことにならないか。不便なままの公共交通に縛られると、人々はもっと便利な地域を選ぶだろう。鉄道にこだわることが地域の衰退の原因になりかねない。

 鉄道ありきという考え方は「地域公共交通」の進化に対する否定だ。「地域にとって最適な交通体系」が必要であり、「ローカル鉄道を残せ」は思考停止になる恐れがある。

 「地域公共交通」にとって鉄道は「便利」だろうか。本当に「鉄道で」良いのか。いや「鉄道が」良いのか。もっと便利な手段があるのではないか。その議論を尽くしたところに「鉄道を生かす」があるなら、もちろん鉄道を選ぶべきだ。

●「鉄道が良い」という地域には「覚悟」がある

 それでも鉄道を選択した地域はある。いくつか例を挙げてみよう。

・富山地方鉄道富山港線

 旧富山ライトレール。その前はJR富山港線だった。ローカル線だったJR富山港線を第三セクターが引き継ぎ、LRT路線に改造した。駅と電車の低床化、駅の増設、運行本数の増大、主要駅から乗り換えられるフィーダーバス路線も整備し、運賃体系を整えた。

 その結果として、小さな車両ながら都市鉄道並みの混雑度になるほど利用者が増えて、全国の路面電車のLRT化の手本となった。開業からしばらくして私が乗ったときは「電車があるから富山駅の繁華街に飲みに行く」という乗客が多かった。北陸新幹線開通による富山駅高架化によって、駅の南側の富山地方鉄道に吸収され、市内の鉄道網のひとつとなった。「鉄道を便利に」という典型といえる。

・ひたちなか海浜鉄道

 赤字路線の旧茨城交通港線を第三セクター化した。公募社長がまず手がけたことは終列車の繰り下げ。上野発22時台のJR特急に接続させて、都内の夜の飲み会に参加できるようになった。沿線には日立の工場があり社員の自宅もある。日立本社と遅くまで打ち合わせができるようになった。次に通勤通学輸送の増発に着手。単線ながら行き違いできる駅を増やす、新駅を設置するなど、自治体支援の元で攻めの投資を実施し黒字化。さらに約3キロ先の国営ひたち海浜公園への延伸が決まった。便利にすれば鉄道を再生できるというお手本だ。

・JR只見線

 11年の豪雨被害で鉄橋が流され一部区間が不通になる。JR東日本はバス転換を提案するも、沿線自治体と福島県が「地域の観光需要喚起のために必要」と判断し、上下分離、JR東日本の負担を最小にして復旧を決断。「全列車が満員でも赤字」という状況にもかかわらず支援している。22年10月に復旧し、紅葉シーズンの休日は増便、増結が必要なほどにぎわった。鉄道で地域を楽しく、という方向性だ。

・JR木次線

 JR西日本の路線別平均通過人員で最下位が大糸線。次が木次線。沿線自治体は09年から観光列車「奥出雲おろち号」の費用を負担している。16年に前身の簸上(ひかみ)鉄道から開業100周年、翌年の全通90周年ごろから活性化の気運が高まり、利用促進協議会や自治体の観光部署、住民団体によるイベント、観光PRを実施。「地域に必要になること」だけではなく、「観光集客によってJR西日本の集客に貢献すること」などを目指す。予断を許さない状況ではあるが、JR西日本と連携を深めており、廃線論議は起きていない。

●鉄道が鉄道たるために

 国の地方鉄道に対する支援はいくつかある。「安全性の向上に資する設備更新等」「インバウンド対応型鉄軌道車両」「LRTシステム」「全国共通ICカード」「コミュニティー・レール化」だ。それぞれ設備投資に関する制度で、赤字を補てんする制度はない。

 しかし鉄道事業者の自助努力には限界があるから、鉄道の存続支援については沿線自治体の負担になる。設備投資にしても国の全額補助はなく、自治体と同比率にとどまる。つまり、「鉄道を残す」には、地域と自治体の覚悟がいる。それを国が全て面倒を見なさいという考え方は果たして正しいか。JRが「公共交通の維持のために、低コストのバスにしたい」というなら、国民も同じ。血税の無駄遣いはやめてほしい。

 沿線自治体は地域公共交通を真剣に考えているか、その上で鉄道を残す覚悟があるか。そこに知恵を絞らない地域に対しても「国が鉄道を残せばなんとかなる」でいいのか。

 私はガラ空きの車内でのんびり走る鉄道が好きだ。乗り鉄のほとんどが混雑を嫌う。ローカル鉄道がなくなっても、葬式鉄が終ったら、別の路線に乗って楽しむ。それだけだ。つまり、乗り鉄なんて鉄道事業にとって本質的にはアテにならない存在だ。

 もう一度問う。

 そのローカル鉄道は「便利」ですか。「楽しい」ですか。

 その地域にとって「鉄道」が本当にベストな選択ですか。

 その結果として鉄道を残せるとしたら嬉しい。鉄道ファンとして、本来の機能、役割を果たしてる鉄道が頼もしく、ありがたい。

(杉山淳一)