新型車両の登場は楽しみである。特に有料特急となると、どんな車両が登場するか、わくわくする。
その意味では2023年最注目の特急車両は、東武鉄道の特急「スペーシア」新型車両N100系(愛称:「スペーシア X」)である。既に告知がなされているように、100系スペーシアの後継車両として、日光・鬼怒川方面への輸送を担うことになる。
100系スペーシアは内装の豪華さや座席のゆとり感で人気が高かったが、新しい「スペーシア X」は快適性を向上し、ラグジュアリー路線を進化させるという。
どんな車両なのだろうか?
●贅を尽くした車両
東武鉄道の日光・鬼怒川方面へ向かう特急は、1700系、1720系「デラックスロマンスカー」時代から、私鉄特急では随一の豪華さを示してきた。もともとは国鉄の日光方面への観光輸送へ対抗するため、車両を豪華にしていった経緯がある。
「デラックスロマンスカー」の登場以降、国鉄を圧するようになり、国鉄は日光への観光輸送から撤退した。「日光への旅行は東武」といった傾向が今なお続くのは、かつて同社が国鉄を打ち負かし、その状況が現在もなお続いているからである。
「デラックスロマンスカー」の置き換えにスペーシアが登場した後も豪華さは続いた。シートピッチの広さや座席のゆったりさは、JRの特急ではグリーン車に相当するレベルであり、登場した時点では優雅さはほかの私鉄には圧勝するレベルだった。
その伝統が、新しいスペーシア Xにも受け継がれている。
江戸文化の伝統工芸をイメージしたエクステリア、日光東照宮の陽明門を意識した胡粉塗りを彷彿(ほうふつ)させる白い塗色といった見た目だけではない。車内も、座席車はスタンダードシート、プレミアムシートに加え、東武特急伝統の個室や半個室のボックスシート、展望席のコックピットスイートを用意。ラウンジにカフェカウンターも設け、クラフトビールやクラフト珈琲も提供する。
スペーシア Xは4編成で導入予定であり、現在のスペーシア9編成(稼働中8編成)を置き換える予定である。まずは2編成が7月25日に登場する。
さて、東武鉄道は最近、500系「リバティ」を導入したばかりではないか? と思う人も多いかもしれない。この車両はスペーシアほど豪華ではないものの、下今市で日光・鬼怒川方面へと分割できたり、野岩鉄道へ乗り入れたりと、利便性の高い車両として評価されている。
なぜ、500系リバティではいけないのだろうか?
●便利な車両があっても豪華な車両をつくる意味
リバティは便利な車両である。3両1ユニットで、2編成まで併結して運行が可能。分割併合も容易だ。この特性を生かして、東武日光行きと会津田島行きを併結したり、近距離特急の「アーバンパークライナー」でも併結運転を行ったりと、利便性の高い特急型車両として東武鉄道の利用者には受け入れられている。
筆者が東武特急に乗った際は、スペーシアは経年が長い車両であるせいかリバティに対して「これで十分ではないか」と思ったほどである。
少なくとも、リバティは近年のJR特急に比べても遜色がないレベルの車内設備を備えている。6両編成で東武日光や鬼怒川温泉方面に向かう列車まで存在する。
ではなぜ、豪華な車両を4編成だけつくるのか?
東武鉄道はスペーシア Xを「フラッグシップ車両」と位置付けている。リバティとは格が違う扱いということだ。スペーシア Xは日光への旅をより快適なものにし、観光需要を喚起する狙いで投入した。
リバティが通勤やビジネス目的の特急として便利さを追求するのに対し、スペーシア Xは観光特急としての快適さや豪華さを追求している。便利な車両だけでは、日光・鬼怒川方面への観光体験の魅力を増すことはできないのだ。
●日光・鬼怒川方面の観光戦略を担う車両に
日光・鬼怒川エリアは、東武鉄道が長い時間をかけて開発してきた観光地である。鬼怒川温泉は近年人気がなくなっているようだが、「SL大樹」の運行を開始し、地域の観光振興などに力を入れている。
観光客に人気の日光エリアをさらにテコ入れするためにスペーシア Xを導入し、特急に乗ったときから旅行であるという高揚感を強める。現地ではSL大樹が迎え、鉄道に乗る楽しみを十二分に味わえるようにする。そして世界的にも有数の観光地・日光の旅を味わってもらう。そうした「おもてなし」戦略のもと、スペーシア Xは生まれることになる。
スペーシア Xはまず2編成で導入し、続いて2編成。ということは、まずは観光に便利な時間帯に運行し、その他の時間帯は旧来のスペーシアか、リバティを運行する。館林・太田方面の「りょうもう」用の車両も老朽化が進んでおり、500系リバティへの置き換えを進めなければならない状況にある。もちろん、日光・鬼怒川方面の100系スペーシアも老朽化が進む。
となると、リバティは東武鉄道の普段使いの特急として、さらに増備を進め、多くの特急列車をこの車両で走らせることになる。日光・鬼怒川方面でも観光ではなくビジネスで利用する人の多い時間帯は、徐々にリバティに置き換えられることになる。
リバティは普段使いの車両とはいえ、乗客として快適な時間が過ごせる車両であることは確かである。また、編成のフレキシブルさにより、野岩鉄道方面から浅草に直行できる利便性も確保している。分割併合の容易さにより、さまざまなバリエーションの列車を運行させる可能性を秘めている。
一方、日光・鬼怒川という一大観光地を沿線に抱える東武鉄道にとって、それだけで誘客できないのは確かである。それゆえに豪華で快適なシートやカフェサービスも備えた列車を運行し、それを東武特急のフラッグシップ車両とする。
便利さだけでは、乗客を引き付けられない。非日常の快適さ、華やかさもあって初めて観光客の誘客も可能になるというわけだ。ここで妥協することは戦略的に不可能だからこそ、東武はスペーシア Xを世に送り出す。最高の体験を鉄道で味わってもらうことが、観光客を集めるためには必要なのである。
(小林拓矢)