「あの先輩はいつも就業時間中に職場を抜け出して、タバコを吸いに行くんです。私は1時間のお昼休憩しかないのにずるくないですか?」

 「職場でパンを食べていたらAさんに注意されたことがありました。Aさんはよくメーク直しをしていますが、メーク直しはいいのに間食はだめなのでしょうか」

●日常的な私的行為への不満

 このような就業時間中の行為はどれも職場でよく目にする光景です。日常的な私的行為について、従業員から質問されたとき、あなたならどう答えますか。タバコを吸いに行く人がベテランの従業員だったら、対応にも困りますよね。どうすればいいか分からず、触れずに放置しているケースもあるのではないでしょうか。

 SNSでもたびたび話題になりますが、現状を把握せずそのままにしていると、周囲の従業員のモチベーションに影響してくることがあります。今回はそんなグレーな私的行為について、労働時間と休憩時間の法的な観点を交えて解説したいと思います。

●就業時間中の私的行為はOK?

 就業時間中にタバコを吸うことやメーク直しといった私的行為は認められているのでしょうか?

 まず、従業員は会社と労働契約を結んでいます。労働契約とは、会社が従業員に指揮命令をし、その労働に対して賃金を支払うことについてお互いが合意することで成り立ちます。そして、労働契約には明文化されてはいないものの、「職務専念義務」と「誠実勤務義務」が当然に含まれていると考えられています。

 「職務専念義務」とは、就業時間中は業務に集中して取り組まなければならないというものです。「誠実勤務義務」とは、誠実に業務に取り組まなければならないというものです。

 つまり、労働契約を結ぶと従業員は自らの労働力を提供する義務が発生し、就業時間中は会社の業務命令や指示に従って誠実に業務に勤めなければならないのです。トイレといった生理現象などの必要不可欠なことを除き、基本的には休憩時間以外の私的行為は認められず、業務に専念するのが原則です。

 また、会社の懲戒ルールを定めた規程に、「誠実に勤務せず職務を怠ったとき」「正当な理由なく職場離脱があったとき」と記載している会社も多いのではないでしょうか。私的行為をしないよう繰り返し指導をしても改善されないようであれば、規程に沿って懲戒の対象となってもおかしくありません。

●休憩時間の賃金を控除することはOK?

 私的行為をしている時間を休憩時間とし、会社が賃金を支払わないことはできるのでしょうか。

 まず、労働時間とは使用者の指揮命令下に置かれている時間を言います。使用者とは会社や社長、労務管理において実質的に権限を持つ人まで幅広く定義されていますが、それらの影響下にある時間は労働時間となり、賃金が支払われることになります。

 一方、休憩時間とは労働者が権利として労働から完全に離れることを保証されている時間を言います。そのため、休憩時間は労働者が自由に利用できる時間でなければなりません。例えば、実際には作業をしていない時間であっても、会社から指示があれば即時に業務に就かなければならない状況であれば、いわゆる手待ち時間となり、休憩時間として扱うことはできないのです。

 タバコを吸いに行く時間やメーク直しなどの時間を取っている人の場合でも、一般的には会社の指示があればすぐに職場に戻り、業務に取り組まなければならないため、会社が勝手に休憩時間として賃金を控除することは難しいでしょう。

 賃金を支払わないようにするのであれば、私的行為で中抜けする時間を休憩時間と規定することが必要となります。中抜けの回数に上限を決めるのか、事前の承認制とするのか、中抜けした時間分をどのように取り扱うかなど細かなルールを考えることが必要です。

●実はたくさんある私的行為

 まずはあなたの職場の現状を把握しましょう。タバコを吸いに行くことは職場を離れることで目につきますし、喫煙者が減ってきていることでやり玉に挙げられがちですが、実は私的行為をしている従業員はたくさんいます。隣の人と業務に関係のない雑談をしている人、お菓子休憩を取っている人、別室でスマホをいじっている人などもいるかもしれません。

 ただ、全ての私的行為を禁止にすると、息抜きができず従業員の生産性が下がり、単に働きづらい職場になる可能性もあります。業務に関係のない雑談がビジネスの糸口を見つけたり、メンバーの信頼関係を築いて風通しがいい職場を作ったりしていると考える人もいます。バランスや公平性を保ちながら、どこまでをよしとするのか考えることが求められます。

 そのためにもまずは一人一人の働きぶりに目を配り、メンバーの現状を知るところから始めましょう。管理者の中には職場にいるだけでマネジメントできていると安心している人も多いようですが、私的行為をどこまで許容するかを考えるためには正しい現状把握が必要になります。

●私的行為が多い従業員にどう対処する?

 あまりにも私的行為が多い従業員がいた場合はどうすればいいのでしょうか。その従業員は集中して業務に取り組めていないために、業務の効率は下がっていると考えられます。また、その従業員のパフォーマンスが良くて業務の成果が出ているとしても、私的行為が目立つことで周囲の人のモチベーションを下げ、結果的に会社全体の生産性を落としている可能性が十分にあるため、放置しない方がいいでしょう。

 職場環境や働き方によって状況は異なりますが、コミュニケーションを取って就業時間とは何かを認識させることが必要です。法律上、就業時間中は職務専念義務と誠実勤務義務があり、私的行為は認められていないことを説明しましょう。

 ただ、全てを禁止にしてしまうと本人にとって働きづらい環境にしてしまうので、初めのうちは自重してもらうように促す程度がいいでしょう。その行為が習慣化している場合には、理解してもらうまでに繰り返し説明しなければならないので、時間がかかることもあります。改善が見られなければ懲戒の対象になる、という点を伝えてもいいかもしれません。

 また、私的行為に対して明確な基準を作り、ルール化するという方法もあります。これは日々対面でコミュニケーションを取ることが難しい業種にも有効かと思います。例えば、業務時間中のタバコを吸いにいく回数は一日3回までとする、たばこを吸わない人には一定の手当を支給する、通常の休憩時間とは別に休憩時間を付与する、などです。

 このようなルールを作るうえで最も大切なことは公平性です。どこまでの私的行為を線引きするのか、そのルールが本当に不公平感を生まないように設定できているのかなど難しい部分もあります。時代の変化に伴い、私的行為自体も変わるため、いたちごっこにもなりますが、職場の現状を把握しながらルールを見直していくことも大切でしょう。

 価値観が異なる全従業員が不平不満なく、成果を上げながら働くのは難しいことです。ただ、私的行為や不平不満を放置せず、お互いに妥協点を探って減らしていくことは可能です。職場の現状を適切に把握し、あなたの会社にあった有効な手段を真剣に考え、選択していくことが最善の道と言えるでしょう。

著者:馬場順也 (社会保険労務士法人 大槻経営労務管理事務所)