ニチバンが「お客様相談室」の改革を進めている。情報共有などの面でデジタル化を推進し、応対品質の向上に努めた結果、「エスカレーション(一次対応できない電話を責任者に引き継ぐこと)」を大幅に減らせたという。

 具体的にどういった点を変えていったのか。同社お客様相談室長の木村隆行氏に話を聞いた。

●正社員だけで運営

 同社では「セロテープ」などの文具だけでなく、救急絆創膏(ばんそうこう)の「ケアリーヴ」、野菜を結束する「たばねら」など幅広い商品を扱っている。一般ユーザーだけではなく、看護師、農家、ドラッグストアの従業員などからの問い合わせも多い。問い合わせは電話もしくはメールで受け付けており、その総数は年間で約1万1000件だという(2021年度の実績)。

 相談室には6人のスタッフがいるが、全て同社の正社員だ。正社員だけで運営しているのは、専門的な内容を分かりやすく説明したり、デリケートな情報を適切に扱ったりするためだという。

 顧客から寄せられた情報は、毎月開催される報告会で共有する。同社の社長、各分野の営業責任者、開発責任者、工場の品質責任者などが参加する。木村氏は、「苦情だけではなく、『この製品を使ってよかった』というお褒めの言葉を伝えるようにしています」と説明する。例えば、傷あとのケアテープ「アトファイン」を使っているユーザーの「助かっている」という声を紹介したことがあるという。これは、製造現場で働く従業員のエンゲージメントを高めるのが目的だ。工場にはお客様相談室や営業担当者から苦情が寄せられることも多いが、自社製品が役に立っているということを実感してもらっている。

●職人技が必要な職場

 木村氏が5年前に相談室に着任した当初、相談室を支えていたのは知識が豊富なベテランの“職人技”だったという。例えば、机の大引き出しには過去のカタログが約80冊(商品カタログ4種×20年分)並んでおり、問い合わせのたびに該当する商品を探していた。

 カタログには「セロテープの厚みは●ミリ」「●●テープの耐熱温度」といった、カタログに載っていないような手書きの情報も記されていた。10年以上前の製品に関する問い合わせなどが多かったことも背景にある。各自がカタログにメモした内容をExcelにまとめて保存したが、検索しにくかったことからあまり活用されなかったという。

 そのため、この部署に着任した新しいメンバーは、ベテランに聞きながら仕事を習得していくのが一般的だった。「背中を見て覚えろ」という要素が強く、新メンバーが顧客対応に苦慮するシーンも多かったという。さまざまな情報を共有する体制をつくる必要性があると判断した木村氏は改革を進めていくことになる。

 具体的には、これまでのカタログ情報、FAQ、製品パッケージ画像などを登録している総合的なデータベースである「ナレッジベース」の構築をスタート。20年から運用を開始した。

 まず、過去30年分の製品総合カタログをPDF化した。PDFにはナレッジベースで検索できるように透明な文字を埋め込んだという。

 各自がカタログにメモしていた情報はFAQとして登録した。登録件数は1000件を超えた。検索サイトのように利用するイメージで、新メンバーでも自分で必要な情報を探し、問い合わせに回答できるようになった。登録する際には、正しい情報かどうか関連部署に問い合わせ、確認をとるようにした。さまざまな点で検索をしやすくして、利便性も向上させた。こうした改革を進めた結果、質問に対する回答内容が統一され、全員が全ての商品に対応可能になった。

●迫られた在宅対応

 ナレッジベースの導入を進める一方、新型コロナウイルスの感染拡大を受け、同社では在宅勤務を開始した。すると、出社時と変わらない顧客満足度をどう保つかというのが緊急の課題となった。

 出社していた時は、相談室にあった製品を見ながら対応ができた。例えば、品番を確認する際には「お手持ちの製品の右側面をご覧ください。そこに白い文字で品番と書いてあり、続けて右側にローマ字3文字が書いてあります。その3文字を教えてください」といったやりとりができた。しかし、自宅ではそうしたことが難しいので、製品を360度ビューで閲覧したり、必要なところを拡大したりできるシステムを導入することで乗り切った。

●エスカレーションに至る回数が激減

 木村氏が次に目指したのは顧客への公正公平な対応の実現だ。これまでは、対応した社員によって異なる回答をしてしまうことがあった。「お前じゃ話にならない! 上司を出せ!」といったエスカレーションが年間30件程度発生していたという。

 そこで、対応する際の基準作成や、各メンバーの教育を目的に、Web上で全員参加による話し合いを定期的に実施するようにした。テーマは、個人情報の取り扱いなど多岐にわたる。作成した基準をナレッジベースで検索できるようにした結果、個人ではなく、会社としての最終回答を早い段階で伝えられるようになったため、エスカレーションに至る回数が激減したという。

●Web上で工場見学

 顧客からの質問に自信を持って回答できるようにするためには、生産現場を知ることが必要だと木村氏は説明する。しかし、コロナ禍の影響で工場に実際に足を運ぶのが難しくなった。

 そこで、工場の様子を動画で撮影し、Web工場見学会ができるようにした。見学用に作成された資料も動画とあわせて保存。新メンバーの勉強用資料としても活用できる。

 例えば、同社の製品に両面テープ「ナイスタック」があるが、顧客から「粘着テープ部分が上になっていて逆に巻かれている、はく離紙しか出てこない」という質問が相次いだ。担当者は生産上の問題があるのかもしれないと不安な気持ちを抱いていた。そんなとき、工場見学をしたことで逆転した状態で生産することはできないことを理解。その後、顧客の問い合わせに自信を持って対応することができるようになった。また、逆転した状態からどのようにしてなおすかということを公式Webサイトに掲載することで、顧客に説明しやすくなったという。

●製品改善に活用

 顧客の声を新製品開発や製品の改善に活用するケースにはどのようなものがあるのか。例えば、足にできた魚の目やタコに貼り付ける医療用医薬品である「スピール膏M」がある。同製品には「病院用」とパッケージに表示されたものと、表示されていないものがあった。その状態が何十年と続いていたが、ある日「スピール膏には病院用と表示されているが、調剤薬局でも取り扱えるか?」という質問が寄せられた。医薬分業が進む前の名残であり、調剤薬局で取り扱うことには何も問題はないことから、「病院用」の表示をなくした。

 ニチバンのお客様相談室改革プロジェクトの背景にはこうした地道な改善活動があったのである。