女性社員にお茶くみや菓子配りをさせる。飲み会で上司の空いたグラスに気付かないと「女子力がない」と評価される――。2020年代の日本に存在する、職場のジェンダー格差のほんの一例だ。性別による仕事の押し付け、不当な評価。誰もが「おかしい」と感じているのに状況が一向に改善されないのは、一体なぜなのか。背景を探ると、日本社会に特有の「同調圧力」の正体が浮かび上がる。
「日本にはタリバンがいないのに、なぜ女性の地位がこれほど低いのか」
日本のジェンダー格差は、海外からこのような表現で不思議がられるという。1月17日に都内で開かれたジェンダーギャップに関する有識者会議。こう話し始めたのは、司会を務めるジェンダー問題に詳しい治部れんげ・東京工業大リベラルアーツ研究教育院准教授だ。
治部氏によると、育児休暇などの制度自体は充実しているにもかかわらず、先進国でも最低レベルの日本のジェンダー格差は、海外から特筆すべき事態として受け止められているという。
●「波風を立てたくない」
この会議は、求人検索サイトを運営する「Indeed Japan」が、職場や仕事探しにおけるジェンダー格差の解消を目指し企画した。
同社が2022年に5000人から回答を得た調査では、2人に1人が「今の職場ルールや慣習におけるジェンダー格差に違和感がある」と回答した。具体例として上位に挙がったのは「男性の方が昇進しやすい」(18.5%)、「男性の方が責任ある仕事を任される」(16.5%)、「男性は長期(1カ月以上)の育児休暇を取得しづらい空気がある」(16.4%)――。
この調査で際立つのは、違和感を抱える一方で、「おかしい」と声を上げられず、現状を甘んじて受け入れている人が多くいることだ。
「職場に何かしらのジェンダーギャップが存在する」と回答した人のうち、理不尽な慣習やルールについて、指摘できなかった経験のある人は6割に上った。理由のトップ2に挙がったのは「どうせ変えられないと思ったから」(45.9%)、「波風を立てたくなかったから」(39.7%)。
あきらめや、事を荒立てたくないという意識が先行している様子がはっきりと見える。ジェンダー格差が是正されない理由を尋ねたところ、「日本人は同調圧力に弱すぎる」「他人の目を気にしすぎて自分の意見が言えない国民性」といった回答が寄せられた。
同調圧力――。作家・演出家の鴻上尚史さんは著書『同調圧力 日本社会はなぜ息苦しいのか』(講談社現代新書)の中で、同調圧力を「多数派や主流派の集団の『空気』に従えという命令」だと定義する。そして、同調圧力を生む根本にあるのが、「世間」と呼ばれる「日本特有のシステム」だと指摘する。
同書の共著者で、今回の会議に出席した「世間学」が専門の佐藤直樹・九州工業大名誉教授は、日本の職場でジェンダー格差が一向に改善されない理由を「世間」に見出し、次のように説明する。
「世間の中には先輩・後輩、格上・格下といった『身分制ルール』と呼ばれる古い人間関係が存在する。男性と女性の関係もこの身分制ルールに組み込まれている」
●同調圧力を生み出す「世間」
世間とは何なのか。佐藤氏は「日本人が集団となったときに発生する力学」だと定義する。それは一種の人間関係の作り方で、そこに同調圧力などの権力的な関係が生まれるという。世間という言葉は、日本最古の歌集『万葉集』に収められた歌にも登場し、1000年以上の歴史を持つ。
「世間」に対比するのが「社会」という言葉だ。明治時代に英語のソサエティ(society)を翻訳して作られた言葉で、佐藤氏は「社会」について「ばらばらの個人から成り立ち、個人の結びつきが法律で定められているような人間関係」だと定義する。
佐藤氏によれば、「社会」を支えるのが「法のルール」や「制度」である一方で、「世間」を支えるのは「世間のルール」だという。男女平等、育児休暇といった法律や制度を重んじる「法のルール」と、先輩・後輩、格上・格下といった上下関係を重んじる「世間のルール」が二重構造となって存在しているのが、日本の姿だという。日本では、社会はタテマエ、世間がホンネとして機能しているのだという。
2021年2月、元首相で当時、東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会会長の森喜朗氏が、日本オリンピック委員会(JOC)の臨時評議員会で「女性がたくさん入っている理事会の会議は時間がかかります」と発言。女性蔑視の発言に国内外から厳しい批判が集まり、会長辞任に追い込まれた。
「あれはオリンピックという国際社会、まさに『社会』を相手にしていたので森氏は辞めざるを得なかった。しかし、森氏の周りの『世間』ではほとんど問題にならず、どうしてあれで辞めなければいけないのかと感じるおじさんたちが多くいた」(佐藤氏)
森氏はその後も「女の人はよくしゃべると言っただけだ。本当の話をするので叱られる」「本当の話を政治家がしないから、世の中がおかしくなっている」などと、自民党議員のパーティーで不満を語ったと報じられている。
世間は狭く閉じている。職場や学校、隣近所など、身近な人が集まる場所にはどこにでも形成される。とりわけ職場などは、外部に晒されることがないため、ジェンダー格差、女性差別といった問題が構造化されてしまい、制度では解決できない状況になっていると佐藤氏は指摘する。
●世界一手厚い日本の「育休制度」
制度が整っているにも関わらず、制度として機能していないことを如実に物語るデータがある。21年に国連児童基金(ユニセフ)が発表した報告書「先進国の子育て支援の現状」。これによると、日本の育児休業制度の評価は、経済協力開発機構(OECD)および欧州連合(EU)に加盟する全41カ国中1位となった。父親に認められている育児休業の期間が最も長いことなどが評価された。
一方で、報告書は育児休暇取得率の低さを指摘する。厚生労働省によると、21年度の取得率は、女性85.1%に対し、男性は13.97%。女性は9割以上が6カ月以上取得しているが、男性は「5日〜2週間未満」が26.5%で最も多く、7割弱が1カ月未満だった。
22年10月からは新たに「産後パパ育休」制度も始まり、男性がより柔軟に育休を取得できるようになった。制度は世界トップクラスを誇る一方で、取得率は低い。このアンバランスに、佐藤氏は「社会」と「世間」の二重構造を読み取る。
Indeedの調査には「夫が育休を取りたいと上司に相談したら『奥さんが取ってほしいと言っているの?』と複数人から嫌味を言われた」「男性が育休を希望した際、社内で『人手はどうする』などと議論され、結局、男性社員は育休と言う名の在宅ワークをしている」といった回答が寄せられた。まさに、制度が看板倒れとなっている状況が見て取れる。
●長時間労働の是正急務
制度と実態のこうした埋めがたい溝は、どのように変えていけばいいのか。
会議では、制度の側から見直すことで、理不尽な労働慣行やルールの解消を図るべき側面があるといった意見も挙がった。NPO法人Waffle(ワッフル)代表理事で、IT分野のジェンダー格差解消に取り組む田中沙弥果氏は、ジェンダー格差が是正されない根本的な課題として、労働時間の長さを挙げる。
家族社会学が専門の永井暁子氏の国際比較調査に基づいた研究(家計経済研究所、06年)によると、夫が午後7時までに帰宅する割合は、ストックホルム8割、ハンブルグ6割、パリ5割に対し、東京は2割だという。
田中氏はこうした調査結果を示した上で、「帰宅時間が遅い男性は家事ができない。長時間労働や残業が当たり前となっている雇用慣行が、女性はアシスタント職、男性は管理職といった性別役割分業を根付かせている」と指摘する。
その上で、長時間労働を是正するために、最大残業時間の設定や短時間正社員制度の導入、長く働くことで目標に達成することを是とする現行の評価制度の見直し――などが必要だと説明する。
●「空気を読んでも従わない」ために
佐藤氏も「世間変革という言葉はないが、社会変革はある。現状を打開するためには、社会を作っていくしかない」と強調する。佐藤氏によれば、日本の労働時間が長い背景にも、「一緒に時間を過ごすことを重視」する世間のルールが作用し、自分の仕事が終わっていても誰かが働いていると帰れない、といった状況が生まれるという。
こうした状況を変えることはできるのか。佐藤氏は「『空気を呼んでも従わない』という小さな勇気を持とう」と訴える。そのためには、「小さな緩い世間」をたくさん構築することが大切だという。
「会社の内外に限らず、小さな緩い世間をたくさん作る。色々な世間に所属していると、多様な見方ができる。サークル活動でも何でもいい。職場だけでなく自身のネットワークを複数構築してほしい」(佐藤氏)
「空気が読めない」を意味する「KY」という略語が流行語大賞にノミネートされたのは07年。以来「空気を読め」という同調圧力は、年々強くなってきていると佐藤氏は話す。同調圧力が高まる中で、ジェンダー格差は改善はおろか、より固定化しているかもしれない。
世界経済フォーラムが公表した22年版のジェンダーギャップ指数ランキングで、日本の総合ランクは対象国146カ国中116位(前回は156カ国中120位)。先進国の中で最低レベル、アジアでは韓国(99位)や中国(102位)、ASEAN諸国より低い結果となっている。
「どうせ変えられないから」という人々のあきらめムードを改善するのも、より悪化させるのも、国や企業が現状をどのように受け止めるかにかかる。
一方で、良い兆しもある。企業のトップが問題に真正面から取り組む好事例が生まれている。住宅メーカー大手の積水ハウスは18年から、仲井嘉浩社長のイニシアチブにより「男性社員1カ月以上の育児休業(育休)完全取得」を推進。「キッズ・ファースト企業」を標榜し、子育てを応援する社会を先導している。
会議の司会を務めた治部氏によると、大学で教えているZ世代の学生らは、こうした育休制度が手厚い企業に強い関心を示し、ハラスメントや「ブラック企業」などの問題には、ひときわ敏感だという。従来の価値観に左右されない新世代の台頭が、企業や社会に変革を促す重要なファクターとなってくるのかもしれない。