値上げの話が相次いでいるが、鉄道も例外ではない。

 2023年3月のダイヤ改正や4月1日の年度替わりに合わせ、運賃や料金を上げる事業者は多い。なぜ、値上げをするのか?

 まずは21年に国によって創設された「鉄道駅バリアフリー料金制度」の導入である。鉄道事業者が都市部において利用者から広く薄い負担を得て、ホームドアやエレベーターなどのバリアフリー設備を導入するものである。

 「バリアフリーのため」という目的があれば、値上げをしやすくなる。鉄道運賃を値上げする際には国土交通省の認可が必要になるが、バリアフリー関連の整備計画を整えれば届出でOKとなる。

 次に、動力費の高騰である。鉄道の運行に必要な電気などの費用が上がっていて、それを運賃に転嫁しないと経営が厳しい状況にある。このあたりは、昨今の電気代やガス代の値上げを考えればだいたい理解していただけると思う。

 そして、コロナ禍で利用者が減少したことによる、収入減の補填(ほてん)である。新型コロナの感染が広がった当初に比べて、鉄道を利用する人は増えつつあるものの、完全に元に戻ったわけではない。鉄道の運行本数を減らして、対応している状態である。

 こうした背景があるので、電車に乗ると「コロナ前のように混雑しているなあ」と感じられるかもしれないが、実際には乗客は減少しているのだ。乗客が減少したので列車を減らす→運賃や料金の収入も減っていく、という状況が続いている。

 というわけで、鉄道会社の経営は厳しい状況に陥っている。「だから値上げが必要なのだ」ということになる。

 鉄道駅バリアフリー料金制度の件は、鉄道利用者の助け合いの観点からまだ理解ができる。しかし、食料品や日用品などの値上げが相次ぐ中で、運賃の値上げが発表されると「え、こちらも?」と感じている人も多いのではないだろうか。経営という側面から考えると、この値上げは仕方がないものの、一般生活者の観点からすると、値上げでさらに苦しい状況を生み出しているようだ。

●運賃激安事業者の値上げ

 東急電鉄は、3月18日に値上げを実施する。初乗り運賃が交通系ICカードで126円のところ、140円に。最長距離の51キロから56キロまでは、471円から531円に。均一運賃の世田谷線は147円から160円になる。

 東急電鉄は運賃の水準が安すぎることで知られている。JRが147円(交通系ICカード、以下同じ)、京急電鉄が136円、小田急電鉄が126円、京王電鉄が126円、西武鉄道が147円、東武鉄道が147円、京成電鉄が136円、相模鉄道が147円、東京メトロが168円、都営地下鉄が178円となっており、小田急や京王と並ぶ低い運賃水準だ。

 ちなみに初乗り運賃が低く、遠距離でも運賃の低い東急、小田急、京王は、沿線住民の所得水準が高く、不動産価格も高いエリアである。そんな地域を走る路線の運賃が、地価など安いエリアを走る路線の運賃よりも安い状況にある。これらの私鉄は利用者も多く、その分、運賃を安く設定することも可能だったと思う。

 だがコロナ禍で東急電鉄は厳しい状況になった。関東圏私鉄では最も充実したホームドアやエレベーター、障がい者対応トイレを備えた東急電鉄は、多くの利用者がいたことで駅設備などの充実を図っていたが、それがこのままでは難しくなってきている。かといって、そのあたりをおろそかにすることは、沿線住民により良い鉄道サービスを提供する東急電鉄の基本方針から逸脱する。

 東急沿線の住民は、コロナ禍で普及したテレワークが可能な職種の人たちが多く、それゆえにほかの私鉄やJRよりも利用者が減少している。22年に運賃改定を発表した際の資料によると、東急電鉄は定期券による運賃収入が31.5%、輸送人員が29.2%減少している。関東大手民鉄では最大幅の減収、減人員だ。参考までにJR東日本は、コロナ禍直後の21年3月で関東圏の輸送人キロ(輸送人員×乗車距離)が定期券利用者で前年比73.9%減、22年3月では同98.2%となっている。

 特に定期券利用者の減少が大きい。よって東急電鉄は、自社の利用者により良いサービスを提供することで、値上げを図る。

 ちなみに、低い運賃で知られる京王電鉄も、運賃値上げを検討している状況にある。

●高すぎる運賃の値下げ

 一方、高すぎる運賃を値下げした事業者もある。北総鉄道だ。同社は22年10月1日、運賃値下げを実施した。子育て世代への配慮や、若い世代の千葉ニュータウンへの入居者を増やすために、通学定期運賃を大幅に値下げした。

 一例を挙げると、京成高砂〜印西牧の原間の通学定期運賃を、1カ月1万4990円から4990円に、6カ月を8万950円から2万6950円とし、家計への負担を減らすことにした。初乗り運賃も203円から188円とし、北総線内の移動を促進するようにした。中距離帯を重点的に値下げし、沿線全体の活性化を目指す方針だ。通勤定期も値下げする。

 高過ぎる定期券が雇用者側の通勤手当に跳ね返ることもあり、企業側からは「北総線利用者を採用したくない」という声もあったといわれている。

 北総鉄道では、累積損失解消を機に、ポストコロナにおける輸送動向や沿線の将来を考え、利用者の声や沿線自治体のまちづくりも勘案。利便性を向上させて事業基盤の維持、向上のために値下げを行った。

 いまいち発展の進まない千葉ニュータウンの開発促進や、運賃が高すぎることで敬遠される自社路線の利用促進などを目的にし、会社の経営状況を見つつ今後のことを考えて運賃を値下げしたといえる。

 もちろん、現在は物価が急激に上昇し、鉄道の運行に必要な動力費も高騰しているものの、利用促進のために値下げをし、自社の沿線価値を向上させようとする経営判断は一理ある。

 東急電鉄が路線の価値を下げないために値上げし、北総鉄道が沿線価値向上のために値下げをするというのは、相反するように見えて共通した価値観がベースになっている。

 さらにこの春、興味深い定期券を発行する事業者も現れた。一律の値上げや値下げではないその施策は、波紋を広げている。

●JR東日本の「オフピーク定期券」はうまくいくか?

 JR東日本は3月18日、東京圏を対象に「オフピーク定期券」を発売する。ピーク時間帯以外は定期券として利用可能で、改定前の通勤定期運賃から約10%値下げするという。それに「鉄道駅バリアフリー料金」(大人1カ月280円)を加算する。

 一方、通常の通勤定期券は1.4%値上げ、それに「鉄道駅バリアフリー料金」を加える。オフピーク定期券は平日のピーク時間帯は定期券としての利用が不可能であり、その時間帯に乗車する際には交通系ICカードでの通常運賃が必要である。

 この定期券を買う人にとっては値下げ、買わないで普通の定期券を使用する人は値上げということで、ラッシュ時の混雑緩和を目的としている。

 これには「値上げ」と「ラッシュ時の混雑緩和」という2つの狙いがある。オフピーク定期券での利用はおそらく限定的になるため、多くの利用者は値上げになると考えられる。ただ、通勤定期代を支給する企業としては、どうしたらいいか難しいところではないだろうか。

 値上げと値下げを組み合わせる事業者はほかにもある。

●京急電鉄は近距離値上げ+遠距離値下げを実施

 「値上げ」「値下げ」「沿線価値の向上」の3点を同時にやろうとしている事業者も現れた。京急電鉄だ。

 京急電鉄は23年10月の運賃改定に向け、国土交通大臣に鉄道旅客運賃の変更認可を申請した。初乗り運賃は交通系ICカードで136円から150円にアップする。品川から京急蒲田までは199円から228円、横浜までは303円から347円になる予定だ。

 一方で、遠距離は値下げする。品川から横須賀中央までは650円から620円、京急久里浜までは796円から710円となる。

 京急電鉄では、41キロ以上の区間を現行よりも値下げすることで、三浦半島の新たな需要創出と沿線活性化を成し遂げたい考えだ。観光や定住の両面から、多くの人に三浦半島を訪れてほしいという意図がある。

 一方、短距離の値上げも鉄道施設の価値に寄与するものとなっている。品川、羽田、川崎エリアの改良工事や、ホームドアやバリアフリー設備の整備などに当てる費用を、近距離での利用者に負担してもらう考えである。

 遠距離では、通勤利用者や観光利用者などの負担を減らし、利用者の満足度も高める。品川から横須賀まではJR横須賀線で814円(交通系ICカード利用時、以下同)、久里浜までは935円と、JRのほうが高い状況にある。しかも久里浜の場合、京急電鉄のほうが短時間で行ける場合が多い。

 値上げ部分で鉄道施設の価値を向上し、値下げ部分で誘客する。これが、京急電鉄の狙いである。

 運賃を変えるにあたって、鉄道会社はそれなりの“意味”を持っている。単に物価が向上するから値上げするのではなく、鉄道と沿線の価値を高めるために、工夫しているのだ。

(小林拓矢)