「あんな気持ち悪いことをしていると思ったら、怖くてもう外食できない!」
「いつから日本の若者はこんなバカばっかになったんだ? 再発防止のためにも高額賠償請求で罪を償わせろ!」
連日のように報じられる「外食テロ」を受けて、そんな悲鳴と怒りが入り混じった声がネットやSNSにあふれている。
この騒動のきっかけはご存じ、スシローの店内にいた若い金髪男性が、備え付けの醤油ボトルの注ぎ口を舐(な)めたり、未使用の湯呑みを舐め回したりという「迷惑動画」である。
これがマスコミでも大きく取り上げられた後、九州と山口県で展開する「資(すけ)さんうどん」では客が卓上にあったサービス品の天かすを共用スプーンで食べる動画も注目され、「CoCo壱番屋」「吉野家」でも同じように、卓上の福神漬けや紅しょうが直に食べる動画が拡散されている。
深刻な実害も出ている。報道によれば、動画を視聴した人たちの中で「あのような客がいると思うと怖い」と回転寿司を敬遠する動きがでており、これまでスシローを訪れたことのない芸能人や有名人が「応援来店」するなんてムーブメントも起きている。
このような相次ぐ外食テロを受けて、専門家の皆さんは「食の安全が損なわれた」「安くてうまいというビジネスモデル崩壊する」と危機感をあらわにして、「最新テクノロジーで監視すべき」「目玉が飛び出るほどの高額賠償請求をして思い知らせてやれ」などさまざまな対策が唱えられている。
ただ、残念ながら、犯人とその家族に一生かかっても返しきれない負債を負わせたり、顔写真と実名を晒(さら)して社会的制裁をしても、同様の被害は繰り返されるだろう。若い男性の中でも、特にイキった少年は「ムチャするオレってかっこいい」と自分に酔って、後先考えずに愚かな行為へ突き進むものだ。集団暴行などでも仲間同志で「ビビってんのかよ」なんて挑発し合って、残虐行為がエスカレートしたケースが山ほどある。つまり、「見せしめ」による抑止力は限定的なのだ。
しかも、「外食テロで店がガラガラ」という状況を生み出している“共犯”が野放しだ。犯人を苦しめるだけではなく、こちらの対策もしっかりとやらない限り、焼石に水というか、今後もスシローのような被害者が量産されてしまう。
●共犯はマスコミだ
では、その共犯は誰かというと、他でもないマスコミだ。
なぜスシローから客足が遠のいたのかというと、根本的なところは、若者が非常識な動画を投稿したからだが、直接の原因は、マスコミが朝から晩まで迷惑動画を大量に流して、「スシローではこんな気持ち悪いことがやられている」とネガイメージを煽(あお)ったからだ。
こういう無責任な「祭りだ、ワッショイ」型の報道をガイドラインなどで取り締まらない限り、「外食テロで店がガラガラ」問題はいつまで経っても解決できないだろう。
マスコミ、特にテレビが恐怖や不安を煽ると、一般消費者の行動にダイレクトに負の影響が出ることはさまざまな研究でも明らかになっている。最近の分かりやすい例は「トイレットペーパーデマ」だ。
新型コロナウイルスの感染拡大当初、SNSで「トイレットペーパーが品切れになる」という情報が拡散されたことがある。ほどなくデマだと分かって、拡散した人物が所属していた団体も謝罪し、一件落着となった。
しかし、ワイドショーなど大手マスコミが「SNSでトイレットペーパーが品切れになるというデマが流されました」と大騒ぎをしたことを受けて、トイレットペーパーの買い占め騒動が起きたのだ。番組を見た視聴者は頭では「デマ」だと理解しているが、「もしかしたら本当に品切れするかも」と不安になって、ドラッグストアに押し寄せたのである。
そして、そのパニックをワイドショーが嬉しそうに中継をして、「ご覧ください! あんな行列ができています!」と大ハシャギで報じて、それを見た視聴者が「乗り遅れてなるものか」とさらにドラックストアへ殺到した。
「効果」としては逆だが、「スシローにはヤバい客が多い」と不安を煽って、スシローを閑古鳥が鳴くようにしたスキームとまったく同じだ。
●映像のインパクトと「気持ち悪い」という共感
このような話をすると、マスコミは「報道機関としての使命」がどうしたとか偉そうなことを言うが、そんなたいそうな話ではなく、一連の「外食テロ」報道はシンプルに「数字」(視聴率、部数、アクセス)がとれるからやっている。もちろん、あの行為は決して許されることではないが、世の中にはもっと報道しなくてはいけない問題もあるし、人の命に関わるような事件も毎日起きている。
しかし、マスコミは「映像のインパクト」と、「回転寿司でこんなことされたら気持ち悪いっすよね」という共感が得られて、視聴者の不安を刺激できるコンテンツなので、ヘビーローテーションをしたのだ。
つまり、いま盛んに報道されている「相次ぐ外食テロ」というやつは、視聴者や読者が夢中になる「売れるコンテンツ」なので、マスコミがマッチポンプ的に盛り上げた「タピオカブーム」のようなものなのだ。
ブームなのでそれにのっかる人も多いので、スシローなど回転寿司チェーンはしばらく客足が激減してしまう。これらの企業からすれば、その損害はかなり深刻だろう。その半面、ブームなのでその逆風も長くは続かない。他に大騒ぎできるようなネタがでてくれば、世間の関心はわっとそっちへ流れて忘れ去られて、スシローなどの客足も徐々に回復していくはずだ。
先ほども申し上げたように、卓上の調味料やらにいたずらするような「迷惑客」がこの世から消えるわけではない。繁華街の店舗などでははるか以前から、酔った若者がこんな迷惑行為を繰り返している。というわけでしばらくしたら、スシローも再び同じような被害に遭うかもしれない。だが、ブームは過ぎているのでそこまで大きな騒ぎにならず、「まだこんなバカなヤツがいるんだ」とスルーされるだろう。
なぜそんなことが言えるのかというと、これまで企業危機管理の現場でこういう「ブーム型不祥事」に嫌というほど振り回された経験があるからだ。
平時だと世間の関心事は低いので、まったく誰も問題視をしないような「地味な不祥事」でも、ひとたび世間の注目を集めるようなトレンドが加わると途端に、メディアによって「日本を揺るがす凶悪事件」として大騒ぎされる。
分かりやすい例が、外食の「異物混入」だ。
●毎日のように「異物混入」
外食チェーンなどでバイト経験がある人は分かるだろうが、日本では毎日のように「異物混入」が起きている。衛生管理をどれほどしっかりしていても、やはり人間が調理をしている以上、ビニールやら金属片やら虫などが混入する。
筆者が週刊誌記者をしていた28年前、某外食大手が提供した食事にゴキブリが入っていたということで取材をしたが、編集部ではボツになった。「日常的によくある話なのでネタとして弱い」からだ。
それは調理技術が進歩した現在もそれほど変わらない。例えば、つい先日、丸亀製麺の神戸の店舗で、食事をしたというTwitterユーザーが、かき揚げの中から「英単語帳」に使うような金属リングが出てきたことを、写真付きで投稿した。ちなみに、このユーザー、その場でちゃんと店に報告をして謝罪も受けている。
また、1月23日には「マク○ナルドのポテトにカリッカリに揚がったカメムシ入ってたんだけど」というツイートが、ポテトと小さな虫の写真が投稿された。なかなか衝撃的な写真ではあるが、メディアの「後追い取材」はゼロに等しい。
このように異物混入は、SNSが普及するはるか昔から現在にいたるまで日常茶飯事で、発覚したところで「ふーん、まあ、たくさん店があるからそんなことをやらかすバイトもいるよね」くらいで済む話だった。
だが、そこに世間の注目を集めるようなトレンドが加わると途端に、「食の安全を裏切る極悪卑劣な行為」に格上げされて、メディアが朝から晩までお祭り騒ぎをして、どこからともなく専門家やら評論家があらわれて、立派なご高説を垂れる「一大ブーム」になってしまうのだ。
その代表が、2014年末から翌15年にかけて日本中で大騒ぎにした、マクドナルド異物混入事件である。
●マスコミが積み上げてきた「トレンド」
覚えている方も多いだろうが、マクドナルドの全国の店舗で相次いで、チキンナゲットなどの商品に、ビニール片や人の歯などの異物混入が発覚した騒動である。といっても、正確に言えばこれは「続発」したわけではなく、ワイドショーやらがあまりに大騒ぎをするので、全国のマック利用者が「そういえば私もあったなあ」という感じで次々と情報提供をしたのだ。これまでは店員にクレームを入れて、謝罪を受けて終わっていた事案が、マスコミ報道で掘り起こされたというわけだ。
こういうブームになると数字が稼げるので、マスコミはさらにハッスルする。マクドナルド本社に「なぜ会見を開かないのだ」と詰め寄って、発覚2日後に役員による「謝罪会見」を開かせたが、そこでは「やれ態度が悪い」「なぜ社長は出てこないのか」とボコボコに叩いて、マックの株価もガクンと落ち込んだのはご存じの通りだ。
ワイドショーではコメンテーターたちが渋い顔をして、「もうマックは利用できない」「こういう問題を解決しない限り食の信頼回復はできない」なんてプリプリ怒っていたが、実は消費者への「実害」はごく小さなものだった。福島県郡山市の店舗でアイスクリームを食べたお客さんが、混入したプラスチック片で口の中を切ったくらいで、腹を壊したとか、嘔吐したという、命に関わるような健康被害はなかったのである。
そこで気になるのは、なぜはるか以前から日常茶飯事で令和の時代もSNSでスルーされている異物混入が、8年前の日本では、マスコミが連日連夜お祭り騒ぎをする「極悪非道な不祥事」にレベルアップしてしまったのかということだ。
これにはいろいろな意見があるだろうが、筆者は当時のマスコミが報道で積み上げてきた「トレンド」が影響していると思っている。この問題が発覚する前、マックに対してはこんなトレンドがあった。
・マックは当時、前年に中国産ナゲットが不衛生な工場で加工されたり、使用期限切れの肉を使っていたりという問題がすでにあった
・マックの異物混入が発覚する前、ペヤングの焼きそばにゴキブリが混入していた事件が世間で注目を集めるなど、異物混入ニュースが視聴率を獲得するというトレンドがあった
・米国のブランドで、グローバル企業なので、国内企業よりも叩きやすい
・過去には「ミミズバーガー」が都市伝説になるなど、品質に懐疑的な人が多い
●マスコミの無責任報道にメスを
こういうネガティブなトレンドが風船のように膨らんでいた。そこで異物混入という問題が起きて、風船がはじけるように「大事件」となった。コロナの不安を煽れば煽るほど視聴率が上がったように、事件も大騒ぎをすればするほど、マスコミはチャリンチャリンとお金が入るシステムだ。だから事件がブームへ格上げされていくのだ。
それを踏まえると、今回の外食テロにも前兆はあった。騒動の発端となったスシローは、22年から「おとり広告」問題などで不祥事が続いていて、ネットやSNSではスシローのニュースというだけでバズるという土壌もあった。
そこに加えて、22年末、韓国人観光客が福岡の寿司屋で、ワサビを異様に盛り付けられた「ワサビテロ」の被害にあったとSNSで報告した。かの国ではテレビでも取り上げられるような大ニュースになって、日本のマスコミも大きく取り上げた。SNSでは「いつもの自作自演だ」「あの盛り付け方を見たが、いたずらとしか思えない」など議論が盛り上がっていた。
つまり、スシローというパワーワードに「寿司にいたずら」というトレンドがかけ合わさったことで、今回の迷惑動画がかなり拡散されたという見方もできるのだ。こういう「強いネタ」なので、マスコミも飛びついて、堅苦しいニュースそっちのけでお祭り騒ぎをしたというワケだ。
今回の問題で、非常識な行為をした「犯人」が悪いのは言うまでもない。個人的には、今後の抑止力のためにも、高額賠償請求も致し方がないと思う。ただ、異物混入と同じで、ブームが過ぎ去ってしまえば、同じような非常識なことをしても、店側に「ごめんなさい」と謝罪してチャンチャンとなるだろう。つまり、今回スシローで迷惑動画を投稿した若者は多額の賠償金を請求されて、3年後にまるっきり同じことをしても訴えられないなんてこともあるのだ。
両者の違いは、マスコミが騒ぐか騒がないかしかない。ニュースとして消費できる迷惑動画は「一生償え」で、そうではない場合は「若者のいたずら」扱いというのはかなり理不尽だ。こうした問題を解決するためにも、犯人の厳罰化とともに、マスコミの無責任報道にもメスを入れるべきではないか。
(窪田順生)