コロナ禍以前、採用説明会では、会場となる場所を確保して申込者を何回かに分けて開催していた。その場合、事実上の第一次選考も兼ねる企業説明会の募集では、偏差値上位校の大学グループごとに申し込みサイトを優先的にオープンし、時間差を使って絞り込む手段を取る企業があり、こうしたやり口は“学歴フィルター”と呼ばれてきた。
筆者が以前取材した企業の担当者も、次のように話していた。
「会場のスペースの関係もあり、当社の採用実績校など一定の大学と、そうでない大学に分けて開催しています」
しかし、今はZoomなどのオンライン開催であれば多くの学生が参加できるはずだ。大学フィルターをかける必要はないと思っていたが、実はそうではなかった。
中堅物流会社の人事担当者は「Web説明会でも特定の大学に分けて開催しています。Web説明会でも学生の質問を受けたり、こちらから質問をすることもあります。当社の社員とグループ分けした学生との双方向の意見交換の場を設けているので、人数を限定せざるを得ません」と話す。
2021年にマイナビが「大東亜以下」と題したメールを就活生に誤送信した問題で「学歴フィルター」ではないかとネット上で騒ぎになったことがある。実は今も大学フィルターによる選別は今も続いている。都内の私立大学のキャリアセンターの担当者もこのように明かす。
「説明会に申し込むときに大学名を入力させる企業は多いです。学生からも複数の人気企業に申し込んでもすぐいっぱいになるという話をよく聞きますし、大学フィルターをかけている可能性は高いと思っています」
●なくならない「学歴信仰」
特定の大学群を採用活動で優先的に扱う大学フィルターの存在は、偏差値上位校から採用したいという“学歴信仰”が今も企業に根強いことを示している。企業の求人媒体の営業を担当している人材サービス会社の社員もこう話す。
「採用に際しての学歴フィルターや男女差別はなくなったと言われることもありますが、採用現場ではそんなことはありません。企業の人事担当者から『ウチの営業部は女性はすぐ辞めるから男性を採用したい』とか『最低でもMARCH以上じゃないと即戦力にならないよ』といった要望を受けることも多いです。ただし、さすがにそうした要望に合わせた募集の掲載は禁止されています。結果として採用担当者が応募者の書類を見て、大学名などで判断しているので、応募者はどうして落とされたのか分からない、というブラックボックス化しているのが実態です」
●インターンシップにも広がる「学歴フィルター」
実は、学歴フィルターは採用と直結しているインターンシップでも行われているという。
大手医療機器メーカーの人事部長は毎年8月のサマーインターンシップ選考で大学名によるフィルタリングをしていると率直に認める。その上でこう語る。
「インターンシップ参加者の選考では偏差値上位校を優先的に選んでいるのは間違いありません。ただし、インターンシップで上位校の学生を囲いこんでも採用までフォローするには労力がかかります。それができるのは資力・体力のある業界でもトップクラスの優良企業です。偏差値上位校の学生はライバルの大手企業に流れるし、学生のフォローには苦労しています」
同社は業種の特殊性もあって、東工大など技術系の大学や国立大の薬学部などの学生を優先的に選考しているという。
では文系学生も多い金融機関はどうなのか。金融業の人事担当者はこう語る。
「採用選考の前段階なので本当はたくさんの学生にインターンシップに参加してほしいのですが、担当社員の選任など各職場との調整など労力や手間もかかり、どうしても受け入れ人数に限りがあります。そうなると当社の採用実績校や優秀な学生が多い旧帝大などの国立大学や早慶の学生などに参加してもらいたいという気持ちになる。その上で就業体験を通じて観察することもできます」
インターンシップの参加希望者は人気企業ほど多い。採用選考の一環となると、どうしても学歴優位になりやすいということだ。
同社はインターンシップに参加した学生を観察し、その中から内々定者を出すという事実上の採用選考を行っている。一方、エントリーシート提出による一般選考枠でもフィルターを使っている。具体的には「エントリーシートのデータから旧帝大と早慶、MARCH、関関同立、日東駒専レベルに分類し、体育会系所属の有無、性格テストなどを使った属性を入力して、当社に合う学生を選び出すというデータマッチングを行っています」という。
●AO・推薦フィルターも? 貧しい日本の採用基準
こうした大学フィルターは会社ぐるみの仕組みであるが、採用担当者の中には独自のフィルターをかけている人もいる。その一つが“AOフィルター”と呼ばれるものだ。文部科学省の「2022年度国公私立大学・短期大学入学者選抜実施状況の概要」によると、私立大学の入学者のAO(総合型選抜)の入学比率は11.6%、推薦が42.6%で計54.2%を占める。
AO・推薦入試では、本人が大学に入って何をやりたいのか、具体的なビジョンがあることを重視し、学力だけでは分からないポテンシャルを評価する。
しかし、採用担当者の中には「基礎学力が低い」とみなし、面接でAOや推薦入学かどうかを聞き出して、落とす人もいるという。つまり一般入試で合格したという事実だけを評価し、入学後の成長度合いを評価しないという学歴至上主義であり、その構造は大学フィルターと変わらない。
いずれにしてもなぜフィルターをかけるのか。前出の金融業の人事担当者は正直にこう語る。
「大学名で分けるのはある程度意味があると思っています。偏差値の高い大学に入るということは、少なくとも受験プロセスとして受かるための学習をしているわけで、社会人になってもそれと同じことができるだろうと見ています。逆に偏差値の低い大学に入った人よりも勉強のやり方は知っている。大学フィルターは会社にとって必要な人材を採るための確率論としても有効だと思っています。もちろん入口の目安であって、実際に採るかどうかはその後の選考で判断します」
つまり、難易度の高い大学の合格という目標達成力に加えて、そのプロセス修得した学習の仕方の方法論を知っているからだという。
また、前出の中堅物流会社の人事担当者はこう話す。
「学生にどんな大学でどんな講義を受けてきたかというところは見ています。なぜかと言えば、大学のランクによって提供される講義は、偏差値が高い大学ほど講義の内容も高度であり、そこで揉まれてきているか、いないかは経験として大事だと思っている。そこで得た経験や知識は企業に入ってもある程度、再現性が期待できると考えています。仮に最終選考で5人残り、誰か1人を落とす場合、大学の偏差値の低い学生を落とすことになるでしょう」
もちろん、偏差値の高い大学の学生の全てが有能というわけではなく、企業に入っても成果を出すとは限らない。
採用活動では本来、自社のビジネスの方向性やビジョンに合致した人材を探し出す工夫が求められる。だが、実際は効率や合理性の関係から、こうしたフィルターを使わざるを得ない状況となっているようだ。こうした実態を聞くと、現在の採用・選考基準の画一性と貧しさを感じずにはいられない。
●著者プロフィール
溝上憲文(みぞうえ のりふみ)
ジャーナリスト。1958年生まれ。明治大学政治経済学部卒業。月刊誌、週刊誌記者などを経て独立。新聞、雑誌などで経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍。『非情の常時リストラ』で日本労働ペンクラブ賞受賞。