●連載:Q&A 社労士に聞く、現場のギモン
働き方に対する現場の疑問を、社労士がQ&A形式で回答します。
Q: 当社の営業部の若手社員Aは、今期の目標が未達の状況です。そんな中、営業部長のBに対し有給休暇の取得を申請しました。すると、B部長が「へぇ……目標未達なのに、有給取るんだ」と発言したことで、問題になっています。
社員Aは「有給休暇を取ることをとがめるような発言をされ、ショックだった。有給休暇は労働者の権利なのに、上長が権利の行使を阻害するような言動を取るのはパワハラにあたるのではないか」と人事部に訴えています。
●明確に拒否はしていないが、パワハラにあたるのか?
A: この上司の一言は、「有休取得を認めない」と明確に拒否しているわけではありません。しかし、「目標未達なのに、有休取るんだ」という発言は、結果として、言われた者が取得することができなくなるような心理的圧迫を与える言動と思われます。
職場におけるパワハラに該当するのかどうかについては、その言動が次の3つの要素を全て満たしているかどうかで判断されます。
・(1)優越的な関係を背景とした言動であること
・(2)業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動であること
・(3)労働者の就業環境が害される言動であること
これらを踏まえ、今回のケースに照らし合わせて考えます。
●(1)〜(3)の要素と照らし合わせると
今回のケースは、営業部長から若手社員に対する発言であり、明らかに職務上の「(1)優越的な関係を背景とした言動である」と言えます。
また本来、部下が目標未達の状況にある場合、上司は目標が達成できるよう適切な業務指導や指示をするべきです。するべき指導や指示をせずに、有休を取ることができなくなるような心理的圧迫を与えた言動は、「(2)業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動」であったと言えるでしょう。
この発言によって、若手社員はショックだったと述べており、精神的苦痛を感じた模様です。「(3)就業環境が害された言動」だったとも考えられます。
従って、この上司の一言は上記3つの要素を全て満たしていると考えられ、職場におけるパワハラに該当すると判断される可能性があります。
●当該の発言で仕事に支障が出るのは、労働者として“普通”?
なお、(3)の「就業環境が害される」とは、その言動を受けた者が身体的または精神的な苦痛を与えられ、能力の発揮に悪影響を及ぼすなど、仕事をする上で見過ごすことができない程の支障が出ることを指します。この判断にあたっては、「平均的な労働者の感じ方」を基準とすることが適当と考えられています。
今回の「目標未達なのに、有休取るんだ」という言葉が、果たして「社会一般の労働者が同じように言われた時に、仕事をする上で見過ごすことができないほど支障が出るのか」については、見解が分かれるところでしょう。
一方で、ハラスメントは、受けた者がハラスメントだと感じれば該当しうるという労働者の主観が重視される一面があることも事実です。このため、当該の行為は「就業環境が害された」と判断される可能性は高いと考えられます。業務上明らかに必要のない言動はしないように心掛けたいものです。
●部下からのパワハラもある
「(1)優越的な関係」についても補足すると、パワハラは、上司が部下にするものと思われがちですが、実はそれだけではありません。先輩・後輩間や同僚間、さらには、部下から上司に対する言動もパワハラになり得る場合があり、注意が必要です。
このため、「職場における優越的な関係」とは、必ずしも職務上の地位が上位ということに限りません。人間関係や専門知識、経験などさまざまな要因で生まれる「優位性」が含まれます。
また、今回のケースでは、そもそも有休取得についても考えさせられる事案です。社員Aが発言しているように、有給休暇取得は労働者の権利です。有給の取得時期についても、「事業の正常な運営を妨げるような場合」を除き、労働者が好きな時期に理由を問わず取得することが可能です。目標未達という理由で有休を取得させなかったり、取得時期を変更させたりすることも労働基準法違反の可能性が高いと言えます。
なお、「事業の正常な運営を妨げる場合」とは、例えば、年度末の業務繁忙期などに多数の労働者が一斉に有休取得を請求するなどしたために、請求した全員に休暇を与えるのが難しいような場合などに限定されています。
単に忙しいからというだけで有休の取得時期を変更することさえ認められていないことから、目標未達を理由に有休を認めないように心理的圧迫を与えるのは、認められる行為ではないと考えられます。
最後に、職場のパワハラについては、ハラスメントを防止するために会社は何を講じていたのか、あらかじめ相談窓口は設置されていたのか、残念なことにハラスメントが発生した場合には迅速かつ適切に対応したのかなども問われます。このため、ハラスメントに関する措置を義務付けている「労働施策総合推進法」や「パワハラ指針」の内容を確認しておくと良いでしょう。
ハラスメントに限ったことではありませんが、起こってしまった際の事後対応については、スピード感と適正さが求められます。形だけの相談窓口とならないよう、相談窓口担当者に対する具体的な研修も実施しておきたいものです。
●著者:近藤留美 近藤事務所 特定社会保険労務士
大学卒業後、小売業の会社で販売、接客業に携わる。転職後、結婚を機に退職し、長い間「働く」ことから離れていたが、下の子供の幼稚園入園を機に社会保険労務士の資格を取得し社会復帰を目指す。
平成23年から4年間、千葉と神奈川で労働局雇用均等室(現在の雇用環境均等部)の指導員として勤務し、主にセクハラ、マタハラ等の相談対応業務に従事する。平成27年、社会保険労務士事務所を開業。
現在は、顧問先の労務管理について助言や指導、就業規則等規程の整備、各種関係手続を行っている。
顧問先には、女性の社長や人事労務担当者が多いのも特徴で、育児や家庭、プライベートとの両立を図りながらキャリアアップを目指す同志のような気持ちで、ご相談に乗るよう心がけている。