働き方改革や若手人材の不足を背景に、働きやすく、上司も優しい「ホワイト企業」が増えている。その一方で、職場や仕事が「ゆるすぎる」「ここにいたら成長できない」と危機感を感じて辞めていく若者が増えている――。こんな「ホワイト離職」現象が、メディアで取り沙汰されている。
「ほらみろ。周りが残業してても帰らせて、ミスしても『パワハラだ』って言われるのを恐れて怒らないなんて、甘やかし過ぎなんだよ。やっぱり若いうちはキツイ仕事を与えて、修羅場を経験させなきゃね」なんて言い合う上司たちの声が聞こえてきそうだ。
でも、「ホワイト離職急増」のニュースを真に受けて、急に若手に対する態度や与える仕事を変えるのは待ってほしい。
●せっかく「ホワイト化」したのに、どうして辞めちゃうの?
まず「ホワイト離職」は問題になるほど増えているのだろうか?
少し古いが、2018年に行われた調査で、正社員として勤務した経験がある20〜33歳の人に対し、最初の会社の離職理由を聞いたものがある。
これによると、男性が1年以内に辞めた理由の1位と2位は「労働時間・休日・休暇の条件がよくなかったため」(31.2%)、「肉体的・精神的に健康を損ねたため」(29.7%)。1年超3年以内の場合は「賃金の条件がよくなかったため」(28.5%)、「労働時間・休日・休暇の条件がよくなかったため」(28.0%)だ。
女性の場合は、1年以内に辞めた理由の2トップは「人間関係がよくなかったため」(39.4%)、「労働時間・休日・休暇の条件がよくなかったため」(38.1%)。1年超3年以内の場合は「肉体的・精神的に健康を損ねたため」(28.6%)、「労働時間・休日・休暇の条件がよくなかったため」(27.4%)となっている。
入社1〜3年目に辞める理由はどちらかというとブラックな状況を想像させるもので、「ホワイトすぎるから」は多数派ではない。
しかし問題は、ここで上位に挙がっているような問題にきちんと対処し、働きやすい環境を整備している企業でも、若手が辞めていくケースがあるということだろう。「せっかく努力してホワイト化したのに、どうして辞めちゃうの?」というわけだ。
この問題を解くカギになるのは「キャリア安全性」という考え方だ。
●ゆるすぎても、きつすぎても、辞めたくなる
「キャリア安全性」はリクルートワークス研究所の造語だ。同研究所は2022年に大手企業に所属する若手社員への定量調査を実施し、入社3年目までの新入社員の36%が、職場を「ゆるい」と感じているという実態を明らかにした。
その上で、職場がゆるすぎても、きつすぎても「ここで長くは働きたくない」と感じる若者が増える傾向が見えている。
今の職場を「すぐにでも退職したい」「2〜3年は働き続けたい(5年以上は働き続けたくない)」の合計が、「ゆるい」と感じている若手では57.2%、「ゆるくない」と感じている若手では52.9%と、半数を超えているのだ。
これを日本経済新聞が「職場がホワイトすぎて辞めたい 若手、成長できず失望」(22年12月15日)という記事で取り上げ、世の中に「ホワイト離職」現象が知られるきっかけとなった。
●ホワイト離職をするのは「自信家」の若者ではない
では、なぜゆるいと辞めたくなるのか? リクルートワークス研究所の分析を簡単に紹介しよう。(参考:「心理的安全性」が高い大企業で、若手の早期離職が加速する皮肉 足りないのは何?)
職場を「ゆるい」と感じている若者は、その会社を嫌いなわけではない。むしろ「どちらでもない」とか「どちらかといえばゆるいと感じていない」という層と比べ、会社への評価は高い。でも「このままでは成長できない」という不安も、他に比べて強く感じている。
これは「心理的安全性は高いが、キャリア安全性が低い」状態だ。
「キャリア安全性」は、以下の3つの要素からなる。
(1)このまま所属する会社の仕事をしていても成長できないと感じる(時間視座)
(2)自分は別の会社や部署で通用しなくなるのではないかと感じる(市場視座)
(3)学生時代の友人・知人と比べて、差をつけられているように感じる(比較視座)
この3項目に対して「そう思う」度合いが高ければ「キャリア安全性が低い」ということだ。
この調査は大企業の若者が対象だ。それでも、入社3年以内の若者の7割近くが「キャリア安全性」の低さを感じているという。大企業に入ったからといって、将来を楽観視できないのが今の時代の若者たちなのだ。
「職場がゆるすぎて辞める」と聞くと、自分に自信があって「他の会社で力試しをしたい」と転職するような、強い若者の姿がイメージされる。しかし実際は、自信がある若者は少数派で、不安を抱える若者が多いのだろう。
「この会社で、こんなプロジェクトで、こんな成果を出しました!」と言えるような実績がないまま年次だけ重ねていけば、自分は価値のない社会人になってしまう。転職しようにもどこにも拾ってもらえないかもしれない――。そんな不安が、今の会社に見切りをつけ、もっと成長できそうな環境へ移る、という行動に走らせるのだ。
●若手が定着し、力を発揮できる会社にするには
リクルートワークス研究所は、若手社員のワーク・エンゲージメント(今の仕事に関連するポジティブで充実した心理状態)を高めるには、心理的安全性とキャリア安全性の両方が必要だと指摘している。
筆者が思うに、10年くらい前の日本の企業は、心理的安全性どころか、マズローの欲求5段階説でいうところの生理的欲求や安全欲求すら満たされない職場が多かった。それゆえに、離職理由の上位は「賃金がよくない」「労働時間・休日・休暇の条件がよくない」といったブラックな職場を想像させる理由が占めていたのだろう。
ところが、世の中全体で働き方改革が進み、人材不足やパワハラ防止法の制定などもあって「若手に優しく」という意識が高まった。その結果、特に大企業では「心理的安全性」が高まり、これまで隠れていた「キャリア安全性」の低さという問題が顕在化してきたのではないだろうか。
だから「ホワイト離職」が増加しているらしいと聞いて「若手を厳しく指導していいんだな」と考えるのは早計だ。それでは心理的安全性が低下して、やっぱり退職者が増える可能性がある。
では、不安な若手を組織の戦力としていくには、どうすればよいのか。
「キャリア安全性」を高めるには「今担当している仕事にはこんな意味があって、評価のポイントはここだ」とか、「この会社でこんな仕事をすることで、こんな力がつく」といった話を丁寧にし、今後の成長やキャリアの見通しを持ってもらうことが重要だ。
また、客観的に見ても「ゆるすぎる」状態では、いつまでも戦力にはならない。成長につながる仕事を与えるべきだろう。仕事の渡し方が雑だと「できない!」「評価が下がるかも」などと思わせて心理的安全性が下がってしまう。やり方や目指すゴールを丁寧に伝え、適切なサポートをすることが必要だ。
現役大学生と日々接する大学教授による書籍『先生、どうか皆の前でほめないで下さい: いい子症候群の若者たち』(金間大介著、東洋経済新報社)を読むと、今の若者は目上の者の前でとても上手に「いい子」を演じ、なかなか本音を出さないことが分かる。口では「分かりました。頑張ります」と言っていても、「ここでは成長させてもらえない」と感じれば、上司と話し合うこともなくさっさと辞めてしまうかもしれない。
時間をかけて心理的安全性を高め、本音を言える関係性を作ることはもちろん大事だが、その関係ができる前に辞めていかれると元も子もない。社員の性格や心の状態などを診断するサーベイなど、テクノロジーを活用するのも効果的だ。少子化で若手人材がどんどん希少になっていくこれからは、あの手この手で若手の気持ちに寄り添いつつ「ゆるく」ではなく適切に育てていく必要があるだろう。