アマゾンや楽天など大手ECサイトで商品を購入することは、もはや日常となった。一方、出店企業にとっては、自社サイトで直接、商品を売る方が理想的なビジネスであることは言うまでもない。プラットフォーマーに巨額の手数料を取られてしまうからだ。

 そんな中、消費者が使い慣れたモバイルに最適なフォーマットである縦型ショート動画、さらにはライブコマースを自社のECサイトにノーコードで実装し、オンライン上でも実店舗と同様のショッピング体験を実現できるSaaSソリューションを提供しているのが米Loop Now Technologies社の統合型の動画ソリューション「Firework」だ。

 同社はインタラクティブな動画体験を通じて、企業が顧客との間に直接かつ意義のあるつながりを生み出すことをミッションに掲げる。同社の共同創業者 兼社長のジェリー・ラック氏が来日し、ITmedia ビジネスオンラインの単独インタビューに応じた。彼はFireworkを通して動画ソリューション業界に、どんな変革を起こしたいのか? ラック氏に聞いた。(武田信晃、アイティメディア今野大一)

●各企業サイトに組み込まれる「黒子的ソフトウェア」

 Fireworkは、Loop Now Technologies社がSaaSとして提供する統合型の動画ソリューションだ。スマートフォンでの縦型ショート動画、ライブ配信、動画編集機能、コンテンツ制作など包括的なソリューションを提供する。

 同社は2017年にラック氏とヴィンセント・ヤン氏がシリコンバレーで共同創業した。日本の他、英国、インド、香港、インドネシアなど世界37カ国・地域に拠点を持ち、従業員数は320人だ(日本は30人)。120人以上のエンジニアを擁する。

 もう少し分かりやすくFireworkを説明しよう。ECサイトで商品を買う際、消費者は基本的に写真と文字情報によって商品を購入するかどうかを判断する。こういう場合に、各企業の自社サイトにFireworkを組み込むことによって、写真や文字を動画に置き換えられるようにすることも、同社が提供しているソリューションのひとつだ。

 動画には「ショート動画」「ライブコマース」「1対1での接客」などさまざまな種類がある。一般的に動画の情報量は写真の5000倍と言われていて、質感、色、サイズ感などがクリアだ。ライブコマースや1対1であれば、配信者と利用者が直接やりとりできるので、疑問点がすぐ解決されるなどメリットも多い。もちろん、自社ECサイトでの販売をライブコマースや1対1接客の機能で強化すれば、大手ECサイト以外の販売チャネル拡大にもつながる。

 Loop Now Technologiesによれば、顧客がFireworkを導入した結果、平均購入額は30%以上も増加したという。コンバージョン率も60%以上増え、流通取引総額(GMV)も18%以上増えている。

 ある調査(出展:Hubspot, Mindtree, HBR, VenueX In-store yield higher sales conversion rates)によると、ユーザーが販売スタッフと会話することにより購入意欲が43%向上し、取引金額も81%増加。顧客生涯単価は3.36倍まで増えている。

 FireworkのWebサイトを確認したところ、Fireworkが持つ機能に魅力を感じたリーバイス、花王、GAP、P&G、サムスン、ソフトバンク、ロレアル、アメリカン・エキスプレスなどの大手が自社サイトに導入している。その数は1000社を超えた。

 収益構造は、ソフトウェア費用を顧客がLoop Now Technologiesに支払う。その他、コンテンツの製作料、動画配信のコンサルティング料なども設定している。契約企業が増えれば増えるほど収益が上がる仕組みだ。

●実店舗にいるかのような体験

 ラック氏にFireworkのアイデアを、いかにして発想したのか聞いてみた。

 「米国ではECの売上高の比率が、全体の2〜3割に達しています。ECサイトの需要が高まっているのにもかかわらず、伝達手段がいまだに文字と写真だけという状況に疑問を持っていました。ライブコマースなどの動画を使って店舗と同じ顧客体験を提供できれば、より売り上げに貢献できるのではないか。長年そう考えていました。近年は5Gによって動画のやりとりが容易になりましたし、短尺動画の人気の高まりによって人々の関心も集めやすくなりました。動画の撮影や編集も簡単にできるようになり、構想が実現できる環境が整った感じです」

 ライブコマースは中華圏では大きな影響力を持っている。だが、日本ではまだ始まったばかりだ。

 「当社はB2Bの中でもSaaSに徹している点が競合とは異なっています。クライアントが成功しない限り、私たちの成功もあり得ません」

 動画を始めるにあたり最初のハードルは「画面に誰が登場し、商品を紹介するのか」だ。 

 「社員さんや販売員さんに登場してもらうのが一番です。インフルエンサーたちが話すと広告っぽくなりますが、社員が話すと思い入れが伝わり、商品知識があるので見ている人からの質問にも的確に回答できます。利用者はまるでお店にいるかのような体験ができるのです」

 成功事例として挙げたのは花王だ。

 「動画配信に登場する人は店頭に立っていた美容部員です。一方、花王のECサイトにアクセスするのは、商品の購入を迷っている方たちです。そういう方へは、良い意味で生々しいアドバイスが重要になります。だから担当者へは『プロのしゃべり手のような感じではなく、いつもの接客と同じように話してください』と伝えています」

 Fireworkにはコンテンツに関わる部署もあり、企画、カット割り、ライティングなどのアドバイスをする。より良いライブコマースができるバックアップ態勢を整えているのだ。

●各企業が顧客データを集める時代に

 ラック氏によると、欧米や日本企業はプラットフォーマーを使っての販売から、自社サイトでの販売にシフトしつつあるという。

 「プライバシーに絡んで、今後ターゲティング広告の根幹であるクッキーを通じたデータが取りにくくなる点があります。もう一つは新型コロナウイルスによる外出制限の影響があり、行動変容が起こったからです。多くのプラットフォーマーではフォーマットが決まっているので、自社店舗に来店した際の体験を顧客に与えることはまず不可能です。

 自社サイトで動画を使うと、ドラえもんに登場する『どこでもドア』みたいなもので、場所を超えてアドバイスを届けられますから、実店舗と似たような体験を提供できます。これは、クライアントにとっては魅力的な仕組みのはずです」

 クッキーに関連するデータの話も出たが、大手ECサイトに出店しても全ての顧客データは得られない。このことも、差別化の要素だという。

 「今はプラットフォーマーがデータ、客の属性、そこから広げられるビジネスについても全てコントロール可能な状況です。それに対して、各ブランドがFireworkのツールを組み込んだ自社のECサイトを使えば、動画を閲覧したユーザーがどの商品を購入したかどうかの履歴、さらには動画視聴後に店舗での購買があったかまで顧客データを把握できるようになります。その上、新しいユーザー体験を提供でき、通知機能もあり、将来の計画も構築しやすくなります」

 データはマーケティング、売上予測、製品開発の際に活用できるという。

 「マーケティングでいえば、ライブ配信中の店員の話に対するユーザーの反応は、実は重要なデータなんです。最近はデータマネジメント事業を手掛けるトレジャーデータ社とも提携しました。登録者の承認を得た顧客データと連携することによって『Aさんは、この商品をこの店舗で買っている』というデータと、『Aさんはオンライン上でこのコンテンツを見ている」という別々のデータを、AさんのIDを通じて1つに統合できるようになりました。

 だからお客さまが何を求めているのかをより把握しやすくなります。情報もホットなものにブラッシュアップされます。そしてLINEでメッセージを送ったり、さらに興味を持ってもらえる動画を送ったりすることによって、購入を促せるのです」

●「文字と写真」の時代から「動画」の時代へ

 ラック氏の話を聞いてみると、文字と写真が中心のアマゾンなど従来のECサイトの時代が、いつか終わるかもしれないという印象すら受けた。これについてラック氏は「カテゴリーによるでしょう」と話した。「ファッション、ビューティー、家電、クッキング(=レシピ、調理法)、金融サービスといった分野では、動画を使ったサイトの方が優勢になる」と分析する。

 つまり付加価値が低く、その中で似たような商品を比較するのであれば、文字と写真が中心のプラットフォーマーの方が利用しやすいのかもしれない。分野によっては、まだまだプラットフォーマーを利用する世界が続きそうだ。

 ラック氏は動画の次のムーブメントとして、AIに注目しているという。

 「といっても、AI自体がECサイトの在り方を変えるわけではありません。むしろ私たちはAIを使って、サイトをよりよく改善したいと考えています。具体的には2つの改善が見込めます。1つ目は、動画製作では技術的なことが大きな壁になっている一方、AIを活用することによって早く、簡単に、コストを下げられる利点があります。

 2つ目は、ライブ配信でないとインタラクティブなコミュニケーションは取れませんが、6月にはアーカイブにAIを組み込んだ機能の提供を始めました。アーカイブ動画を視聴中に何か質問をすると、AIがテキストメッセージで最適な回答をしてくれるのです」

 AIが質問に答えてくれるのは便利なことではあるものの、実際に気になるのは、生成AIが時に間違った答えを提示する点だ。

 「間違って答えるような心配はありません。モデリングをするときに、当該ブランドの情報しか組み入れないからです。もし答えられない質問が出れば、素直に『分かりません』と回答するアプローチを採っています」

 もう1つ、1対1の接客の際にもAIを活用する方法があるという。これは経験が浅い販売員には心強いはずだ。

 「AIは接客中の会話も分析します。そこから顧客ニーズを把握して、販売員用の画面では『こういった商品を勧めたほうがいい』『こういう風に話してみるといい』という助言を表示させるのです」

●リンクトイン出身の創業者「エンジニアというより起業家」

 同社の共同創業者であるラック氏は、もともとプロダクトエンジニアだった。過去には、iPhone発売初期からインストールされていたリンクトインのモバイルアプリ開発を主導した実績を持つ。その後、ネット教育の事業に携わり、現在に至る。

 Fireworkの累計資金調達額は2億3500万ドル(約300億円、シリーズB)で、投資家の中にソフトバンクグループのソフトバンク・ビジョン・ファンド2も名を連ねる。つまり、Fireworkのビジネスモデルのポテンシャルは高く、機関投資家からも評価されているということだ。

 今は経営者として活躍しているラック氏。同氏は自身を起業家だと考えているのか。それともエンジニアだと考えているのか。どちらなのかを聞いてみた。

 「正直、自分のことを顧みることはあまりなかったのですが、私は起業家だと思っています。といっても起業家は、最初のうちは何でもするんですけどね(笑)。顧客の問題をどう解消すべきかをいつも考えています。だから私のことは『問題解決者』としておいてください」

 世の中をより良くしたいという思いが伝わってきた。

●データの民主化 大手ECサイトが抱えるジレンマ

 新型コロナが5類に移行し、リアル店舗の勢いが復活した。ラック氏は「当社も売り上げが下がることを懸念していたものの、意外に落ちませんでした」と話す。

 消費者は、文字と写真だけで構成されたWebサイトには限界を感じていて、一度、動画を使った購買行動を体験すると、もう逆戻りはできなくなるからだ。今後のEコマースは動画に対応できるかが、大きなカギになることは間違いない。アマゾン、楽天といったプラットフォーマーでも動画機能をより充実させるはずだ。

 ただし、プラットフォーマーがデータをいつまでも自分たちだけで囲い込み、顧客に提供することをしなければ、それは結局ビジネスモデル上の弱点となる。

 そうなるとメーカーなどの顧客は自社サイトで販売することにシフトしていくだろう。そう考えるのが自然だ。

 そこでプラットフォーマーは大きなジレンマを抱えることになる。しかも出店企業からすれば、自社サイトでの販売にシフトすれば、プラットフォーマーに手数料を払う必要もなくなっていく。

 Fireworkは、プラットフォーマーが独占していたデータの一部を民主化させるソリューションになり得るかもしれない。数年後、ECサイトを巡る環境がどのように変わるのか注目だ。