2023年9月13日、JR東海とJR西日本は連名で「この冬、年末年始は『のぞみ』号を全席指定席として運行します」と発表した。

 発表内容を見ると、ゴールデンウィーク、お盆休み、年末年始の3大ピーク時に、東海道新幹線の「のぞみ」を全列車指定席にするという。現在の「のぞみ」は16両編成のうち3両が自由席だ。その自由席をすべて指定席にする。その最初の期間が、23年12月28日から24年1月4日までの8日間だ。

 なぜこうなったか、営業戦略上の意味について考察する。

 しかしその前に1つだけ、利用者向けの注意点をお知らせしたい。「指定席は乗車日の1カ月前発売」だからと、12月28日に発車する列車の指定席を11月28日に予約しようとしても、すでに満席となっている恐れがある。昨年は買えたのに、指定席は増えたのに、今年は買えないかもしれない。

 なぜか。10月1日から東海道新幹線・山陽新幹線・九州新幹線のオンライン予約サービス「EXサービス(EX予約・スマートEX)」が変わるからだ。変更点の1つに「1年前から予約可能」がある。今年の年末年始も例外ではなく、さらには来年のゴールデンウィーク、夏休み、お盆休み、シルバーウィーク(秋の連続連休)も1年前から予約できる。12月28日の指定席を11月28日に買おうとしても、EXサービスの利用者によって、すでに満席になっているかもしれない。

 年末年始に東海道新幹線の指定席を利用していた人にとって「指定席が増える」は朗報だ。しかし、私が見聞きした報道のほとんどが「指定席は1年前から予約できるようになる」まで言及していなかった。もっとハッキリ「年末年始の指定席予約は11月28日ではなく、今年は10月1日からだ」と伝えた報道もなかった。テレビやラジオの限られた時間では説明しきれないし、新聞記事も同様だ。年末年始に東海道新幹線・山陽新幹線・九州新幹線を利用する方はご留意いただきたい。

 確実に指定席を獲得したいなら、「EXサービス」に入会し、会員メニューから予約した方がいい。今年の予約は10月1日から! それ以降は1年前から!

●実は全車指定席で、JR3社は減収かも?

 「年末年始、のぞみ全車指定席」は私の予想以上に報道された。意外だったことは「自由席料金は指定席料金より安い。だから実質的な値上げだ。増収施策だ」という論調だ。これは半分間違っている。自由席利用者にとって値上げになることはその通りだけど、増収施策ではない。増収が目的ならば、むしろ自由席車両を増やして「座れなくてもいい」という客を詰め込んだ方がいい。計算してみよう。

 東京〜新大阪間の運賃は8910円、特急料金(指定席)は通常期5810円、年末年始は最繁忙期料金の400円が加算される。指定席の場合は合計1万5120円だ。自由席特急料金は4960円で、最繁忙期加算はない。運賃と合わせて1万3780円だ。差額は1340円になる。大人2人、こども1人だと差額の合計は3350円。往復だと6700円。自由席利用者にとってこの差は値上げと受け止められる。

 自由席で最も座席数が多い2号車は、1列5席×20列で100席ある。すべて大人が乗った場合、差額の合計は13万4000円だ。増収した気がする。しかし、自由席車の場合は座れない客が座席間の通路に乗れる。1列に付き2人として、1車両に付き40人。立っている人の収入総額は55万1200円になる。つまり、自由席のままの方が41万7200円も売り上げが大きい。自由席は3両だし、最繁忙期はのぞみが1時間に12本も走る。自由席の指定席化によって大きな機会損失が発生する。

 同様の計算は山陽新幹線、九州新幹線でも成り立つ。つまりJR東海も含めたJR3社は全車指定席によって減収になる可能性が高い。自由席利用者にとって値上げ、JR3社にとって減収。両者に利点はなさそうだ。それならば、なぜ「全車指定席」にしたいのか。

 私の見立ては「定時性の確保」と「EXサービスへの誘導」である。

●値上げではなく「定時性」を重視

 まず定時性について考えると、これは駅で観察すれば分かる。プラットホームを見ていると、指定席の乗降はいつもスムーズだ。しかし混雑時、自由席の乗降には時間がかかる。

 東京駅で満員になると、品川駅、新横浜駅は座れずデッキに立つ人がいる。座っている人の横に立つくらいならデッキの方がいい。トイレも近いし。ということで、デッキは満員。入口が狭くなるから客室に移動する時間が増える。駅員さんも「お急ぎの方は指定席車両から乗って自由席に移動してください」と案内するくらいだ。

 一方、JR東海は急増する乗客数に応じるため、「のぞみ」を増発してきた。20年春のダイヤ改正で、ついに「のぞみ」は1時間に12本も運行可能になった。これは車両の性能、運転士の技量とサポートする技術、車掌など乗務員の手配、保線、列車指令、駅員の配置など、あらゆる人員を総動員して達成した。まさに「全社一丸」だ。

 「のぞみ12本ダイヤ」では5分に1本の割合で「のぞみ」が走り、「ひかり」2本、「こだま」2本も通常通り走る。つまり1時間に16本だ。単純計算で3分45秒間隔になる。のぞみのあとに臨時のぞみが続行し、途中でひかり、こだまを追い越していく。まるで大手私鉄の通勤時間帯のような緻密なダイヤだ。オーケストラがひとつの楽曲を乱れずに演奏するような、大変な努力の賜物である。

 こうなると、1本の列車の発車時刻が遅れただけで、その遅れが後続の列車に波及する。列車が遅れるとプラットホームに自由席利用者の滞留が増えて、その乗降にも時間がかかり……という連鎖だ。ダイヤを復旧させるために、最悪の場合は列車を何本か運休する必要も出てくる。だからお客様には速やかに乗降してもらいたい。オーケストラが「のぞみ12本ダイヤ」を演奏するためには、「お客様」という演奏者の協力が不可欠だ。観客でいてもらっては困る。「のぞみ12本ダイヤ」に必要な最後のピースは「プロのお客様」だ。

 もちろん、客の立場からすれば「プロになれ」といわれても困る。聞き分けのいい大人ばかりではない。子どもだっている。ではどうするか。JR東海の要望は「整然と、スムーズに乗降していただきたい」だ。ならば、乗降時間に難のある自由席車両を廃止して、「指定席のお客様」になっていただく。これが当面の解決策になる。たとえそれが減収になっても、後続の列車が運休、あるいは2時間以上遅れて特急料金の払い戻しになればもっと大きな損失になる。「のぞみ全車指定席」は「リスク管理」である。

 一方で、「ひかり」「こだま」の自由席は維持する。自由席利用者がこちらに集中すればやっぱり遅延問題になる。しかし、比較的に空いている「ひかり」「こだま」に誘導しようという意味があるのかもしれない。

 私の懸念は、全車指定席であっても「自由席特急券で指定席車両のデッキに乗車できる」というルールは残っていることだ。私が体験した「大雨運休後の東海道新幹線」でも、「全車自由席の臨時のぞみ」を増発したにもかかわらず混乱が続いた。定期列車のぞみまで大幅に遅れた。その理由は自由席車両の乗降に時間がかかったからだ。9月の大雨運休でも同様だろう。制度変更は長い間に慎重に検討していたはずだ。しかし、今年に何度も起きた大雨の混乱が決定打になったことは想像に難くない。

 全車指定席のぞみであっても、デッキが混雑するかもしれない。乗車整理をどうするか、これがJR3社の課題だ。鋭意検討中といったところか。近日中に解決策を示す「新たなお知らせ」があるかもしれない。

●割引制度「EXサービス」値上げで、救済措置も「焼け石に水」だが……

 もう1つの理由は「EXサービス」の推進だ。東海道新幹線の会員制予約サービスとして始まり、列車が直通する山陽新幹線、九州新幹線へ利用範囲を拡大してきた。ただし西九州新幹線は線路がつながっていないので対象外だ。

 EXサービスは2種類あって、「EX予約」はクレジットカードと年会費1100円が必要。ただし、規定として割引運賃となっており、東京〜新大阪を往復すれば年会費の元は取れる。早期購入割引も設定されている。乗車変更は乗りたい列車の5分前まで何度でも無料だ。紙のきっぷは1回だけ無料で変更でき、2回目からは手数料を払って払い戻して買い直しとなる。

 「スマートEX」はクレジットカードが必要だが年会費は不要。早期購入割引もあるし、乗車変更回数の制限もない。ただし割引率は下がる。年会費のモトを取る自信がなければ「スマートEX」で十分だ。私も「スマートEX」を利用している。

 東京〜新大阪間の正規運賃は前出の通り1万5120円だ。「EX割引」は繁忙期、最繁忙期の加算はない。通年で1万4230円だ。つまり年末年始は980円の割引となる。正規運賃の自由席は1万3780円だから、いままで自由席を愛好してきた人は450円高くなる。「スマートEX」の東京〜新大阪間は1万4520円。こちらは繁忙期に200円が加算されるから1万4720円になる。指定席より400円安く、自由席より940円高い。

 EXサービスは9月30日に価格改定が行われて、割引率が低くなった。上記は値上げ後の比較だ。いままでは指定席でも正規の自由席料金よりも安い区間も多かった。EXサービスにも自由席料金が設定されており、自由席同士の比較だとEXサービスの方が安い。ただし今年の年末年始から自由席特急料金では「のぞみ」には乗れない。

●「1年前から予約可能」で旅客機に対抗できる

 しかし、EXサービスは「1年前から予約可能」という強みができた。自由席からの比較では高くなるけれど、指定席は正規料金より安い。また年末年始には除外されるけれども、乗車日28日前までに予約すると、席数限定の「EX早特28ワイド」があり、東京〜新大阪間は1万2240円だ。このほか、乗車ポイント還元サービスが始まる。

 さらに、EXサービス会員向け専用サイト「EX旅のコンテンツポータル」があり、新幹線以外の旅行商品もある。ホテルや観光アトラクションの予約も可能な「旅のデパート」だ。そのなかには「EXサービス会員限定企画」もある。なお、「EX旅のコンテンツポータル」は10月1日にアプリ内に統合されて「EX旅先予約」「EX旅パック」に進化する。

 要するにJR東海としては、お客様に「EXサービス」を強くオススメしたい。新幹線を割引しても、リピーターが増えれば良し。指定席利用者が増えれば定時性の維持につながるし、旅行商品の購入を期待できる。

 その「EXサービス」の呼び水が、「最繁忙期も含めて1年前に予約可能」というわけだ。用途は年末年始に限らない。2カ月以上先に行きたいイベント、重要な会議があり、ホテルを確保できたけど新幹線の手配ができない。これでは旅の予定が立たない。一方、旅客機はANAが333日前から、JALは330日前から予約可能だ。それなら旅客機で旅程を確定しよう、となってしまう。

 つまりJR3社としては、予約が1カ月前というしばりのために、航空機にお客を奪われていたともいえる。JR3社が訴えたいことは「1年前から予約可能」であり、それを周知するための「今年の年末年始から、のぞみ全車指定席」である。

(杉山淳一)