先日、日本のエンタメ産業の未来を左右する大きなニュースが入ってきた。あのスタジオジブリが日本テレビの完全子会社になるというのだ。

 社長の鈴木敏夫氏によれば、天才アニメ作家・宮崎駿の「後継者」を育成できなかったなどの問題があり、話し合いを重ねて以下のような結論になったという。

 「この先やっていくときに、やっぱり個人ではなくて、大きな会社の力を借りないと、やっぱりうまくいかないのではないか。そうしないと、ジブリで働いている人たちも安心して働けない」(記者会見での鈴木氏コメント)

 世界に誇るような高い技術を持つ日本の町工場が後継者を育てられずに「個人商店」から脱却できず、大企業の傘下に入るという日本全国で起きている現象が、アニメ産業の最高峰でも起きてしまったことに、やるせないものを感じている人も多いのではないか。

 その一方で、マスコミ報道では日テレグループ入りを歓迎する声も多いという。

 『スタジオジブリ 日テレの子会社化』ネットでは好意的な声「素晴らしい作品を世に送り出してほしい』(中日スポーツ 23年9月21日)

 記事を書いているのが、ジブリパークを共同運営している「中日新聞社」というのがやや気になるものの、確かにこういう考え方もあるのは事実だ。「企業経営」というめんどくさいことは、すべて日テレから派遣される取締役に任せて、ジブリはこれまで通りにアニメ制作に集中して、三鷹の森ジブリ美術館(以下、ジブリ美術館)、ジブリパークの運営に専念できるので、かえってよかったのではないかというのだ。実際、両社が発表した「想定されるシナジー」には、そのようなメリットが強調されている。

●スター作品を活用

 ただ、自分が勤める会社が買収された経験のある人ならば、「そんなうまい話があるわけないじゃん」と冷笑しているのではないか。

 世の中には「カネを出すけど口は出さない」などというもの分かりのいい親会社は、ほぼ存在しない。買収当初は「これまで通りやりたいようにやってください」なんて調子のいいことを言うが、次第に親会社の意向を受けた役員が乗り込んできて、徐々に親会社のガバナンスを強めていく。経営にもあれやこれやと干渉してきて、「親のやり方」を押し付けて管理と監視を強めてくるケースが圧倒的に多い。

 つまり、日テレも当初は「これまでのジブリのやり方」を尊重するが、宮崎氏や鈴木氏が第一線から退くに連れて徐々に、グループメリットを優先した「日テレのやり方」をジブリに押し付けてくる恐れがあるのだ。

 その代表が「資産」の有効活用だ。「宮崎駿の個人商店」ではあり得なかったリメイクプロジェクトが動き出す可能性がある。その代表が、伝説的アニメ映画『風の谷のナウシカ』をリメイクした『シン・ナウシカ』や『実写版 となりのトトロ』『実写版 千と千尋の神隠し』だ。

 今回、日テレがジブリ買収を決断したのは「今後ともジブリ作品を応援し、ジブリが映画をつくり続けられる環境を守ることになるならば」ということだ。だが、慈善事業ではないので当然、一部で300億円とも予想されている買収額に見合うだけの「見返り」がなくていけない。

 しかし、天才・宮崎駿も次の作品がいつになるか分からない。「後継者が育っていない」ということなので、他の人が制作した作品がヒットするとは限らない。となると、残るは「資産」の活用しかあるまい。そう、「ナウシカ」や「トトロ」という資産の有効活用だ。

●子会社化で状況が変わる可能性

 まず『ナウシカ』の続編に関しては、原作者の宮崎氏が頑なに拒否しているので、実現のハードルは高い。となれば、折衷案として可能性が残るのは「リメイク作品」だ。そうなると宮崎氏と「師弟関係」のある有名クリエイターの名が浮かぶ。

 トーク番組『ボクらの時代』(フジテレビ、2021年4月25日放送)に出演した鈴木氏がナウシカの続編を「庵野秀明も作りたいって言ってるんです」と明かした。庵野氏といえば『シン・ゴジラ』『シン・ウルトラマン』『シン・仮面ライダー』を手がけているヒットメーカー。となれば当然、続編は『シン・ナウシカ』だ。

 このような構想は、これまでのジブリではあり得なかった。絶対権力者の宮崎氏が乗り気ではなかったからだ。しかし、今回の子会社で状況がガラリと変わる。ジブリの議決権を握っているのは日テレであり、宮崎氏はあくまで子会社の取締役名誉会長だ。親会社が「グループとして進めたい」という事業を、子会社がどこまで突っぱねることができるのかは微妙だ。

 しかも『シン・ナウシカ』を説得している間に、『実写版 トトロ』の制作を着々と進めるという戦略もある。

 実はトトロのリメイクに関しては、既に宮崎氏はゴーを出している。ご存じの方も多いだろうが、英国のロイヤル・シェークスピア・カンパニーが「My Neighbour ToToRo」として舞台化をして、あちらの演劇賞まで受賞をしている。

 英国人のリメイクさせておいて、親会社のリメイクに反対ということはない。つまり、「トトロ」の実写映画化はいつ発表されてもおかしくないのだ。

 『千と千尋の神隠し』も同様で既に橋本環奈さん、上白石萌音さんのダブルキャストで舞台化されている。来年は川栄李奈さんと福地桃子さんも千尋役となって、全国ツアー、ロンドン公演まで予定されている。ここまでリメイクされている作品ならば、日テレとしても「最新VFXで”油屋”を完全再現して実写映画化だ!」となるのは当然だろう。

 しかも、日テレはいかにもそういうことをやりそうな「前科」がある。それは、タツノコプロの子会社化だ。

●ジブリの議決権を握ったら

 14年、日本テレビは『タイムボカン』シリーズで知られるアニメ制作会社「タツノコプロ」を子会社化した。「リメイクとコンテンツビジネスを戦略的に展開」(日本テレビプレスリリース 14年1月29日)できると考えたからだという。

 ただ、これはかなり用意周到に進められていたプロジェクトだった。実は子会社化するはるか前から日テレは、タツノコプロが持つ「資産」を狙って外堀を埋めていたのである。

 「日本テレビは、2009年に映画『ヤッターマン』で30年振りのリメイクを成功させ、『科学忍者隊ガッチャマン』のリメイクについては、情報番組『ZIP!』内のアニメコーナー『おはよう忍者隊ガッチャマン』の放送から昨年8月の劇場映画公開まで、2年をかけて取り組んでまいりました」(同プレスリリース)

 『ヤッターマン』は制作委員会に「日本テレビ放送網」が名を連ねており、06年から『news zero』のキャスターを務める“日テレファミリー”の櫻井翔さんが主演している。またアニメ『ガッチャマン』も同様に日テレグループが制作に関わり、『ZIP!』の中でしつこいくらいずっと猛プッシュしていたのを覚えている人も多いだろう。

 このように歴史を振り返ると、日テレというのは「昔のアニメを現代風に実写映画化したらドカンと大ヒットしねえかな」という思惑が非常に強いと言わざるを得ない。そんな会社がジブリの議決権を握ったらやることはひとつしかないだろう。

 そんな「リメイク、実写化戦略」と並行して、日テレが今後進めていくと予想されるのが、「テーマパーク戦略」だ。

●「ジブリランド」は実現するのか

 先ほどの報道でもあったように「日テレ子会社化でジブリはジブリ美術館とジブリパークの運営に専念できる」という情報があふれているが、正確ではない。実はこれらの施設の運営主体はジブリではないからだ。

 ジブリ美術館の運営元は、「公益財団法人徳間記念アニメーション文化財団」。三鷹市、徳間書店、日本テレビが主体となっている公益財団法人で、ジブリは運営するためのノウハウを提供する立場だ。

 ジブリパークも運営元は「株式会社ジブリパーク」。先ほども触れたように、ジブリと中日新聞社が合同で立ち上げた会社で、社長も中日新聞の社長が務めている。

 つまり、ジブリは自社でテーマパークを運営しておらず、自治体や他の企業とコラボして一歩引いた立場で任せているのだ。これまでのジブリは、自分たちはあくまで「アニメ制作者集団」という位置付けなので、コンテンツを用いたテーマパーク事業にそこまで積極的ではなかったのである。

 では、この方針は、日テレ子会社化でも変わらないのか。当初は鈴木氏や宮崎氏の意向を尊重するだろうが、徐々に日テレグループの事業戦略に合わせて変更を余儀なくされるだろう。

 では、どう変わるのか。個人的には、ディズニーリゾートやUSJに匹敵するような「ジブリランド」のような巨大テーマパークが建設されるのではないか、と思う。

 この「ジブリランド」は、広大な園内の中にいくつかのエリアがある。例えば「トトロ」の世界を再現して、猫バスなどを走らせる「トトロの森」だ。あるいは『千と千尋の神隠し』の舞台となった湯屋の「油屋」を再現して、水着でまわって楽しめるような「ウオーターパーク」をつくってもいい。デジタル技術を用いた体験型のアトラクションがあってもいい。例えば『天空の城ラピュタ』で描かれたような空の旅が楽しめるアトラクション「ラピュタ・ザ・ライド」なんてどうか。

 「そんなの宮崎駿氏が絶対に認めない思う」という声が聞こえてきそうだ。筆者も同感である。ただ、これからは子会社なので、もし日テレグループで「多角経営の一環としてインバウンド需要を見込んでテーマパーク事業に力を入れる」という戦略が定まったらどうなるか。世界的に人気のあるジブリ作品を活用すべきという話になるはずだ。

●テーマパークの運営であれば

 その可能性はかなり高いと考えている。これからの日本は毎年、鳥取県の人口と同じ数だけ日本人が減る「縮みゆく国」だ。半導体や電気自動車という「ものづくり」も、他国にお株を奪われている。かといって、優秀な外国人を迎え入れる「移民政策」もできない。

 となると、残るのは「日本のコンテンツを生かして外国人にカネを落としてもらう」という稼ぎ方しかない。つまり、フランスやタイのような「観光大国」と同じくインバウンドを基幹産業にしていくのだ。

 そういう未来が見えたので、フジテレビはお台場に「カジノ」を誘致しようと躍起になっていた。Netflixなどの「黒船」が続々と上陸する中で、放送・映像配信だけでメシが食えるわけがないからだ。

 この状況は日テレも変わらない。生き残っていくために「ジブリ」という世界に通用するコンテンツをフル活用して、骨までしゃぶっていくのは巨大企業グループの戦略として当然だ。では、どうやってジブリコンテンツの価値を最大化していくのか。

 本来はディズニー、マーベル、ピクサーのようにIP(知的財産権)ビジネスを世界に展開するのが理想だが、日本企業、しかも規制ビジネスをしてきたテレビ局には難易度が高い。しかし「日本国内でのテーマパーク運営」ならば、テレビ局でもできそうだ。国内でも数多のノウハウがあるのでそれらを活用すればいい。

●吉と出るか凶と出るか

 このようにジブリの日テレ子会社化は長い目で見ると、これまで宮崎駿氏らがつくり上げてきた「アニメ製作者集団」というカルチャーを破壊する可能性が高い。多くのジブリファンを失望させて、ブランド価値を低下する恐れもある。

 しかし、一方で新たなコンテンツ、新たなテーマパーク事業という可能性も広がった。これが吉と出るか凶と出るかはまだ誰にも分からない。

 ただひとつだけ断言できるのは、「日テレ傘下になったことで安心していい作品がつくれるようになった」という単純な話ではないことだ。

(窪田順生)