気温35度以上の「猛暑日」日数が東京都心で過去最高を更新した今夏。暑さに苦しんだのは、ビジネスパーソンだけではない。小学生も同様だ。児童たちは教科書を入れた重いランドセルを背負い、炎天下の中、登下校を余儀なくされている。そんな彼らの味方として、セイバン(兵庫県たつの市)がランドセル用の冷却パッドを独自に開発。今夏発売し、好調な売り上げを記録している。同社に開発の経緯や反響を聞いた。
●保冷剤付きの背あてパッド 都市部向けの販売好調
「ひんやり背あてパッド」(3190円)はランドセル用に開発した保冷剤付きの背あてパッド。吸水速乾素材「COOLMAX fabric」を使用し、凍らせた専用保冷剤を商品のポケットに入れることで、背中の蒸れを防ぐとともに小学生の背中を冷やし、熱中症を防ぐ。他社製のランドセルにも対応している。
年々、夏の暑さが厳しくなっていることを背景に、同社はランドセル用の対策グッズを商品化。これまでランドセル用に通気性を高める「背あてパッド」(1980円)を発売していたが、保冷剤で直接冷却する商品は同社にとって初めて。7月に今夏の新商品として発売したところ、登下校用の全グッズでの売り上げ(7月〜8月末)が前年同期比で2.2倍に増加。全グッズの中で新商品が占める割合が4割を記録するなど販売が好調だ。
特に東京都、兵庫県、神奈川県、大阪府、愛知県からの購入が多いという。ただ、同社は商品単体の販売数は開示していない。
●「帰宅するとフラフラ」 行政動かした小学生の陳情
冷却パッド開発のきっかけの1つになったのが、小学生からの陳情だった。兵庫県たつの市在住の小学生が2022年7月ごろ、炎天下での登下校環境の改善を求め、市長宛ての手紙として匿名で投函。手紙の内容は、教科書入りのランドセルが約5キロもの重量があることに加え、ランドセル以外にもプール授業用の水着セットや熱中症対策として水筒を持って登下校しており、帰宅する頃には「フラフラになる」という辛さを記したものだった。
その小学生は家族の協力を得て、学校から自宅までの所要時間、距離も計測。客観的な数値も手紙に盛り込み、建設現場の労働者が使用する「ファン付きウェア」と、日傘代わりになる大きな帽子を市内の小学校に通う全児童に配布するよう要望した。データに基づく論理的な陳情は、市職員や市長も驚く大人顔負けの内容だった。
●地元自治体からのオファー こだわった重量と素材
だが、ファン付きウェアはバッテリー込みで約1万円程度。全児童4000人に配布するには財源が不足していた。そこで市教育委員会が相談を持ち掛けたのが、同市に本社を構えるランドセル製造大手セイバンだった。
タイミング良く、新商品の開発を進めていたこともあり、セイバンは地元自治体からの要望を快諾。市教育委の要望が翌年の夏本番が到来するまでに全児童に配布し終えるというものだったため、開発を急ピッチで進めた。
当初は水に濡らし、振ると冷たくなるタオルや、高い温度で凍るネックリングの素材を活用できないか模索した。ただ、猛暑の環境下では濡らした直後は冷たさを感じる一方、背中を濡らすことで蒸れてしまい、逆に気持ち悪くなってしまう点や、服の上から当ててもと「ひんやり感」を感じづらいといった点が課題となった。最終的に凍らした保冷剤を使用する方向で企画が進んだ。
開発する上では保冷材の軽さにこだわった。下校時まで保冷剤の効果が長くなるにつれて、重量が重くなるためだ。近年、教科書ページ数の増加やタブレット端末の持ち運びなどにより、登下校時の荷物量は増加していることを考慮し、小学生の負担をいかに増やすことなく機能(冷感)を維持するかが開発上の最重要事項となった。
●99%の小学生が「通学1時間以内」 同社調べ
冷却機能はどの程度必要なのか。同社は小学生の通学時間に関する調査を実施。99%の小学生が「通学1時間以内」と判明した。「通学の1時間は確実に快適に冷たく」「その中でも最軽量」ということにこだわり、保冷剤の専門会社とともに通学に適切なサイズを試行錯誤した。完成した商品は、低温やけどや冷え過ぎなど安全性にもこだわった他、保冷剤が溶けた下校時も背中が快適になるように吸水速乾の素材を使用した。
市は、購入費用として847万円を今年度予算に計上。完成した商品はたつの市内の全児童に配布され、好意的な意見が多数寄せられているという。
●下校時は「冷たくない」課題 登校後に回収→冷凍する動きも
商品開発は一旦完了したものの、課題は残っている。それは下校時の対応だ。軽量化にこだわった結果、下校時には保冷剤が溶けてしまうのだ。同社も課題として認識しているといい「帰宅時に冷却機能がなくなる点はやはり課題と捉えている。できれば帰りも冷たい冷却パッドを使いたいという声をいただいているため、引き続き開発は続ける」としている。
地元紙の神戸新聞は8月31日付の記事で、同市が校内の不要になった給食用の冷凍庫の再利用や、家庭用の冷凍庫を追加購入したと報じた。登校後にクラス単位で冷却パッドを回収し、帰りに受け取る方式で、下校時も冷たい状態で利用できる環境を整備したという。
「他の自治体からも問い合わせが増えている。会社としても、より多くの子どもたちに快適に通学してほしいという思いから、説明にうかがっている」。セイバンの担当者は発売後の反響をこう明かす。各メディアで商品の開発劇が報道されたことで、その反響は大きいようだ。
同社は「今後も多くのお子さまに使っていただけるよう、生産体制を整えて大口の発注にも対応できるように準備していく」としている。