先日、仕事でニューヨークへ行ってきました。米国の最新流通事情を視察するのが主な仕事でしたが、合間に何回か食事をして物価に驚きました。ニューヨークの物価は高いと聞いてはいましたが、想像以上。日本の飲食事情がいかに安く、そしておいしいものにあふれているか気付く機会となりました。
賃金も高いとはいえ、飲食価格も高いニューヨーク、そして米国。賃金が安く、飲食価格も安い日本とは対照的です。今後、日本も米国のように飲食価格は上がっていくのでしょうか。そして、そのときには賃金も上がるのか、あるいは日本独自の道を歩むのか。消費トレンドを追いかけ、小売り・サービス業のコンサルティングを30年以上にわたり続けているムガマエ代表の経営コンサルタント、岩崎剛幸が分析していきます。
●ラーメン1杯3000円、カフェは2人で1万円?
ニューヨークに行った大きな目的は流通事情の視察ですが、日本とどれほど物価差があるのかを肌で感じたい思いもありました。こればかりは、現地に行かないと実感できません。
「大戸屋のニューヨーク店は、さば塩焼き定食が4000円近くする」「一風堂など日本のラーメン店は3000円以上するのが当たり前」「カフェに朝食を食べに行ったら、2人で1万円近くして驚いた」――など、ニューヨークに行った知り合いからこの手の話を何度も聞いてきました。
以前から飲食価格が高いと話題のニューヨークですが、物価高と円安傾向が続く昨今、さらに拍車がかかっているようです。5年前にニューヨークへ行った際には、実際にラーメン1杯で2000円ほどでした。「高いなあ」と思っていたのですが、今やその程度の金額では食べられないのです。今回ニューヨークを訪れると、米国に30年以上住む知人からは「食費はかなり上がっており、さらに飲食代金が高い。特に日本食レストランはかなり高い」と言われました。
ここからは、現地で体験した物価をお伝えしていきます。現地に到着した私は、まずカフェで朝食を購入しました。
●クロワッサンとコーヒーで、5000円
現地の人が食べるような普通の朝食を食べたいと思い、クロワッサンとコーヒーを2つずつ、さらに卵とベーコンが入ったクロワッサンを1個購入しました。クロワッサンは2つで9ドル(1個4.5ドル)、コーヒーは11ドル(1杯5.5ドル)。卵・ベーコン入りクロワッサンは12.5ドルでした、合計32ドル50セントに税金が2.88ドル加わり、最終的な価格は35ドル38セント。日本円にして5130円(1ドル=145円計算、以下同)です。
なるほど、高いと聞いてはいましたが実際に支払う段になって驚きました。クロワッサンとコーヒーだけで5000円もかかるのか――と。しかし、現地のビジネスパーソンなどは普通に30〜50ドルを支払っています。いちいち高いなあなどと驚いている様子もありません。クールな顔つきでコーヒーとパンを入れた袋を持って、颯爽とオフィスに出勤していきます。「ああ、これがニューヨーク・マンハッタンの朝なのか」と妙に納得した瞬間でした。
その後は付近を視察し、ミッドタウンのホテルに戻ろうと歩いていると、うどんチェーンの「つるとんたん」を見つけました。メニューを見ると、また驚き。30ドル以上のメニューがずらりと並んでいたのです。「ランチセットメニュー&ハッピーアワー」と書かれており、メニューも二重価格ですべて割引されています。それでも30ドル台の価格です。
中でも目を引いたのは、ランチセットが38ドルもする「プレミアム10握り+おうどんセット」。40ドルから2ドル割り引かれていますが、日本円で5510円です。マンハッタンで生活している人の感覚では「すしとうどんのセットなら、マンハッタンではこれくらいするのが当たり前」というところでしょうか。
ニューヨークの物価において食事はかなり高く、その中でも日本食はさらに高いことを再認識しました。もちろん、つるとんたんを槍玉に挙げたいわけではありません。日本でも、つるとんたんでランチをしようと思ったら1人2000円ほどの予算、2人だと5000円程度を想定して食べにいくはずです。日本国内ではそこそこ高い部類でしょう。
●日本のビジネスパーソン感覚ではランチも難しい
ただ、1人5000円となると話は別です。富裕層の“奥様ランチ会”であればそのくらいの予算感もあり得るでしょう。しかし、日本のビジネスパーソンが持つ一般的な感覚であれば、ランチで2000円は超えられない「壁」です。ちょっと背伸びしても1500円程度でしょう。むしろ、できれば1000円以内で抑えたいというのが、日本のビジネスパーソン一般が持つ感覚ではないでしょうか。
1500円は約10ドルです。ニューヨークのマンハッタンでは、10ドルだと飲食店でランチを食べられません。テークアウトでも難しいでしょう。マンハッタンにあるホールフーズのサラダ&ホットバー(ビュッフェ形式)は、13.99ドル≒2028円もします。これにコーヒーも買えば、3000円近くするわけです。
ホールフーズのような、オーガニック食材などにこだわっている店だから高いわけではありません。他にもマイナーな地元チェーンのサラダ&ホットバーでも、12ドル(≒2175円)程度はします。やはり1500円ではおさまりません。
私自身はサラダ&ホットバーすらあきらめ、スーパーの総菜を買うことで10ドル以内に抑えようとしました。しかし、マカロニサラダとピザの組み合わせでも15ドル。やはり1500円に抑えるのは無理でした。
実際にニューヨークの飲食事情を知り、日本食を中心にマンハッタンと東京でどれほどの物価差があるのか、少し整理してみたくなりました。当社で使用している「プライス設定表」に日米価格を落とし込んでみると、その差は一目瞭然です(23年9月初旬時点でのマンハッタンと東京の価格基準)。
日米で全く同じメニューを展開していない場合には、類似メニューで比較しています。従って、全て同条件での比較ではありませんが、日本企業各社が設けている日米での価格差は明白です。
吉野家の「牛丼並盛(店内)」は448円です。一方、ニューヨークでは1432円です。差は約3倍に及びます。ゴーゴーカレーの「ロースカツカレー(S)」は、国内750円に対して米国は2385円と、こちらも3倍ほどの価格差があります。マクドナルドの「ビッグマックセット」は約1.8倍と、こちらが値ごろに感じてしまうほどです。日米価格差は予想以上に大きいというのが正直なところです。
参考までに、日本で展開するサイゼリヤの「ハンバーグステーキランチ」は500円、餃子の王将「炒飯」は550円です。米国と比較して、驚くほどの安さではありませんか。ニューヨークで働くビジネスパーソンが、東京でランチに出かけたら、あまりの安さに腰を抜かすのではないかと思うほどです。日本では物価が上がっており、飲食店各社の値上げも続いているとはいえ、いかに恵まれているかを実感させられる内容です。
●米国人の目で見てみるとどうなるか?
ここまでは、日本人の貨幣価値を基準にした価格差の視点で見てきました。しかし、ニューヨーク・マンハッタンなどに住む米国人は、日本円に換算して考えません。ここからは、ドルベースで考えます。
前述の、ミッドタウンにあるつるとんたんで38ドルのランチセットを食べている人が、日本のつるとんたんでお昼を食べようとしたら、どんなものを頼めるのでしょうか。探してみると、ランチメニューに同様の価格帯のものはなく、宴会メニューの「おうどんのお鍋(関東限定)」に行き当たりました。1人前で5500円です。
まさに「ご馳走」です。ニューヨークでランチに38ドル程度を支払っている人が、予算を変えずにそのままの感覚で日本でうどんを食べようとしたら、これだけの豪華メニューに変わるということです。
●どんどん賃上げする米国、あまり上がらない日本
なぜ、これだけの高いランチ価格をニューヨークの人たちは支払えるのでしょうか。それはシンプルに「給料が高いから」です。完全に日米の賃金格差が出ているのです。
ニューヨーク市で、雇用労働者の最低賃金は15ドルです。地域や職種によってかなりばらつきがあるため、実際は15〜20ドル程度の幅があると考えるのが現実的でしょう。最近では、低賃金とされてきたギグワーカーでも“賃上げ”が見られます。労働政策研究・研究機構によると、ニューヨーク市では、フードデリバリー従事者の最低賃金を全米で初めて設定したそうです。
個人請負労働者であるため報酬が低く、安定しないといわれていたところにメスを入れた形です。23年7月から、17.96ドルがギグワーカーの最低報酬として設定されました。日本円で約2604円です。24年以降も引き上げが決まっています。報道によると、事業者側の反発により、7月末時点で最低賃金規則の施行差し止めが認められましたが、9月末にニューヨーク州最高裁判所がこの請求を棄却したようです。
今後、仮にこの規則が施行されれば、ニューヨークのギグワーカーは1日10時間(待機時間4時間)働けば179.6ドルを稼げます。週5日・月に20日間働けば、1カ月で3592ドル。年間では約4万3000ドル≒625万円の稼ぎです。ここから労災や社会保険などは引かれますが、チップなどをもらえば、年収5万ドル以上≒700万以上を稼ぐことも可能でしょう。
なお、最低賃金の引き上げは全米各地で起こっています。労働政策研究・研修機構のデータを掲載します。
例えば、ロサンゼルスでは、客室60室以上のホテルで働く従業員の時給は19.73ドル≒2860円です。まさに米国は賃金の引き上げが精力的に行われており、収入が伸びているからこそ、高い飲食代金でも支払えるのです。
一方、日本でも23年7月に厚生労働省の審議会で、最低賃金の引き上げ目安がとりまとめられました。全国平均が初めて1000円を超え、1002円となりました。東京では23年10月から1113円、神奈川でも1112円と1100円のラインを超えています。一方で、1000円を超えた都道府県は8つのみ。9位の静岡は984円と、1000円に届いていません。日本のデリバリー事業者で働くギグワーカーの東京における時給は平均して1500〜1600円です。ドル換算で10〜11ドル程度です。米国との大きな差を感じます。
ニューヨークと東京は、違う国かつ違う都市です。国や都市として何を目指すのかが異なるわけですから、当然、物価の考え方や賃金の扱いも変わります。しかし、現状の差はあまりにも大きいといわざるを得ません。時給視点での賃金格差は2倍以上です。
日本が今のままの生活コストで移行することが確実ならば、低賃金でも何とかなるかもしれません。しかし、安定して低水準の生活コストが続くはずがありません。税金を含めて、あらゆるものが値上がりしていく時代です。実際に、物価がさらに上がる要素こそあれ、下がる見込みは当面ないでしょう。
低いコストの都市で、高い収入を得られる生活ができるに越したことはありません。しかし、現実には難しい話です。日米の飲食物価比較から、日本が目指す豊かな暮らしとは何かをしっかり考えていく必要がありそうです。
(岩崎 剛幸)