体重計や体組成計など健康計測機器の大手メーカーのタニタは、2008年に創業家3代目の谷田千里氏が社長に就任して以降、社員の働き方を中心とした組織改革を断行している(関連記事「組織改革したくば、まず味方を探せ タニタ3代目が明かす“幹部との全面対決”」参照)。

 その最たる取り組みが、17年から取り組んでいる社員の個人事業主化だ。タニタではこれを「日本活性化プロジェクト」と名付けた。この取り組みは希望した社員を雇用契約から業務委託契約に切り替え、個人事業主となって仕事を継続してもらうもの。元社員にとってはタニタ以外の会社で並行して働けることや、個人事業主化することによって手取り金額が増えるメリットがある。

 大手の会社として画期的な取り組みであり、電通も21年から同様の制度を導入した。ただし、電通は40代以上のミドル世代をターゲットにしているのに対し、タニタは対象世代を特に設けていない。

 なぜ、社員を個人事業主に転換して関係を続けようとしたのか。どのようなきっかけからこの仕組みが誕生したのか。背景と現状を谷田社長に聞いた。(河嶌太郎、アイティメディア今野大一)

●「経費算入で手取り増やし」ばかりに 本来の目的は?

――タニタでは希望する社員を個人事業主化させる取り組みを17年から始めています。施行から7年目となりましたが、いかがでしょうか。

 当初はうまくいっていたのですが、今では「日本活性化プロジェクト」の本質とは異なる利用が増えてしまっています。もともとは働き方の選択肢を広げ、主体性を持って働いてもらうことが狙いだったのですが、個人事業主化によって、自分の使っている金額を経費にすることで、手取り金額を増やすことに主眼を置き、本来の目的が疎かになってしまっている人が増えています。いうなれば、考え方がサラリーマン化してしまっているんですよね。

――社員から個人事業主になった人はどれくらいいるのでしょうか。

 1期生が8人でスタートし、今では社員から個人事業主になった人が累計で34人います。

――社員の個人事業主化を始めたのはタニタが初めてだと思います。どういった経緯から始めたのでしょうか。

 とても優秀な総務課長の方がいたのですが、その人があるときに辞めることになったのですね。それで、その総務課長を飲みに誘って「何が足りなかったのかを教えてほしい」と事情を伺うと、退職する主な理由が介護だったのです。親の介護のため、毎日の出社が難しいと言われました。

 優秀な人材が介護などの理由で会社に出社しにくくなる。会社を経営していくわけですから、こうした理由での退職を増やしてはならないと思い、今後、対応するにはどうすればいいか考えました。現状の人事制度の限界を感じて考えるきっかけになった出来事でした。

 日本の未来を考えても、介護を理由に辞める人がこれから増えると確信しました。優秀な人材を同じような理由で失いたくありません。それが「日本活性化プロジェクト」を作る原動力になりました。

――それがタニタの働き方改革につながったのですね。個人事業主となったあとは、どんな働き方になるのでしょうか。

 社員ではなくなりますので、働く時間や場所は個人の自由です。働く場所は社員でもコロナ禍でだいぶ自由になりましたが、コロナが明けた今では再び毎日出社する動きが強まっています。これが個人事業主の方だと会社側に指示命令権がありませんので、会社に来て仕事をしても構いませんし、自宅などで働いても構いません。

――谷田社長がタニタアメリカにいた時はジョブディスクリプション(職務記述書)を作成するなど人事の仕事も担当していましたが、この経験も生きているのでしょうか。

 その経験が通じているところもあります。「売り上げの8割は2割の社員に依存する」という「パレートの法則」があるのですが、この2割の社員が何らかの理由で辞めなければならなくなったときのシミュレーションを常にしていました。

 いろいろとシミュレーションをした上で、一番多そうな理由が賃金の問題でした。例えば業績が悪化した場合に、愛社精神が高く、能力も高い社員は一生懸命働いて力を尽くしてくれると思います。しかし、家に帰ったときに、パートナーから「なんでこんなに働いても給料が上がらないの」というようなことを言われ続けて、それで退職するといったシナリオも考えられます。

 業績が悪いときのために、実質給与の増額ができないのが前提ですが、個人事業主になるので手取り金額は増えます。これにより(その人は)会社を退社しているものの、2割の人と1年でも長く一緒に働ける一発逆転のチャンスになると思いました。これが個人事業主化の仕組みの始まりです。

――いろいろな会社が正社員として囲い込む動きもある中、対照的な取り組みですね。

 そうですね。この仕組みで一番他社に訴えたいのは「副業」という言い方はやめるべきだという点です。「副業」という言葉は、その仕事の依頼者に対してすごく失礼です。

――所属している会社の仕事を「主業」とするのに対した「副業」ですものね。発注する人にとっては「副」という意識はないでしょうし。そう考えると確かに想像力のない安易な言葉ですね。

 そうです。会社の仕事こそが「主」だという考えが根底にあるのでしょうね。本来、仕事に「主」も「副」もなく、受けた仕事は全て真剣に取り組むべきです。

 もう一つお伝えしたいのが、個人事業主との仕事の方が、実は機密が守れる点です。例えば営業の人が会社を辞めて転職活動をする場合、何をアピールするかというと、今の勤務先の営業のノウハウを持っていることだと思います。転職先も、それを評価して雇うわけです。そうなると、そのノウハウは転職先に吸収されてしまいます。

 これが個人事業主の場合、依頼主はそのノウハウをこの人が持っているからその人と業務委託契約を締結します。その人の専門性として、ノウハウを評価しているわけですから、その人がその営業のノウハウを広めてしまったら、依頼主はその人と契約する理由がなくなってしまいます。

――つまり、社員ならば会社のノウハウだと思っていたものが、個人事業主化することによって本人のノウハウだと捉えるようになって慎重に取り扱うことになるわけですね。

 そうです。個人事業主としてそのノウハウを持っているから、あなたに発注しますといったように関係もクリアになります。ですから、こうして見ると個人事業主の方が、会社のノウハウは守られる可能性が高いと考えています。機密性の問題は、個人事業主の方が危ないのでは? という声がよく聞かれるのですが、私は逆だと言いたいですね。

――社員の個人事業主化が、タニタにプラスに働いたことはありましたか。

 今の時代、単独会社での業務では限界があるため、皆さんの会社でも、自社と他社で新しくプロジェクトを始めることがあると思います。自社の社員と他社の社員の混合チームでは、やはりそれぞれ自社の事情を優先しがちになります。しかしながら、個人事業主化した元社員は、この考え方から脱却しやすく、両社の立場で物事を考えやすくなります。

 もちろん、同業種だと仕事を発注しづらい部分もありますが、タニタの場合、食品業界のような他業種だと、さらにこうしたしがらみから解放されます。双方のノウハウを持ち寄ったときに真価を発揮しやすく、会社間、特に他業種で活躍する人も多い特徴があります。

――タニタは12年から「丸の内タニタ食堂」を展開しています。この事業も強化されることになったわけですね。

 優秀な人材は社内で囲い込まず、幅広く活躍してほしいですね。競合に人材を出しづらいのなら、違う業界だったらいいのではと思います。その方が、日本経済が活性化し、最終的に自社にも還元されると確信しています。国際競争の中、日本人が敵対しあうのではなく協力してやっていけるように「日本活性化プロジェクト」と名付けた由来がここにあります。

――社員の個人事業主化について今後どのように進めていきたいですか。

 例えばですが、プロ野球の球団職員や芸能事務所のマネジャーのように、一部の業界では定時という概念がほとんどなく、個人事業主のタレントにつきっきりで仕事をする必要がある業種があります。こうした仕事の場合、社員という働き方では限界があります。

 こういった働き方をしている業界に、社員の個人事業主化をおすすめしたいですね。実は、社員の個人事業主化の仕組みづくりを行った元総務課長で、今は日本活性化プロジェクトメンバーでもある人に、この仕組みの伝道師として活躍してもらっています。

 昨今では労働時間に関するコンプライアンスも厳しくなっているので、社員という働き方に限界が来ているように思います。社員の個人事業主化が、日本が活性化するきっかけになると信じていますので、他社や他業種にもどんどんこの働き方が広まっていくとよいと思います。

(河嶌太郎、アイティメディア今野大一)