兵庫県の淡路島は近年、大阪・神戸・京都といった関西の大都市圏から日帰りできるリゾート地として、人気が上昇している。休日には神戸と淡路島を結ぶ明石海峡大橋が渋滞して、渡るのに時間がかかる日も珍しくない。

 特に著しく発展しているのは島の北部、淡路市内の西海岸、播磨灘に沈む夕陽の美観から「淡路サンセットライン」と呼ばれる、県道31号線沿いだ。北から、野島地区にはパソナグループが経営するレストランと劇場などの複合施設「青海波」、サンリオと提携したレストラン・ショップなどの複合施設「AWAJI HELLO KITTY APPLE LAND」などがある。

 尾崎地区には「幸せの階段」「幸せの鐘」といったSNS映えするスポットを備えたマジア東京(大阪市)が経営する「幸せのパンケーキ本店 淡路島テラス」がある。郡家地区には、大阪の南船場発祥で、京阪神や東京の都心部でカフェを中心に経営してきた外食企業バルニバービ(東京都港区)のレストラン「GARB COSTA ORANGE」、ホテル「KAMOME SLOW HOTEL」などが集まっている。

 いずれの施設もオーシャンビューを売りにしており、神戸中心部の三宮からアクセスできる。車を運転しなくても、最も遠い郡家地区でも高速バスに乗れば約1時間でアクセス可能である。しかも、各店舗のすぐ前に「野島大川(青海波前)」「幸せのパンケーキ前」「ガーブコスタオレンジ前」といった停留所が設けられ、島の地理に疎くても簡単にアクセスできる。パソナグループの商業施設は淡路市内に分散しているが、各施設を結ぶ無料のシャトルバスや、市内を循環するコミュニティバスも運行されており、観光に活用できる。

●世界で「美食観光」がトレンドに

 食をメインの目的に旅行をする「ガストロノミーツーリズム(美食観光)」が、世界的に盛んになっている。日本ガストロノミー協会会長でガストロノミーツーリズムの推進者・柏原光太郎氏は、著書『「フーディー」が日本を再生する! ニッポン美食立国論――時代はガストロノミーツーリズム』(日刊現代、2023年)で「美味しいものを求めて世界中を旅する人のことを『フーディー』と呼ぶ。いま世界中のフーディーたちは日本の美食に熱い視線を注いでいる。地方の優秀な料理人とその料理をもっと広めていけば、日本は世界からフーディーを呼び寄せる国になるはず」と綴っている。

●淡路島に集結する有名シェフたち

 人口約20万人の地方都市ながら、美食によって成功した随一の都市に、スペイン北東部・バスク地方のサン・セバスティアンがある。近ごろ流行した「バスク風チーズケーキ」誕生の地でもある。サン・セバスティアンは、ガストロノミーツーリズムで活性化を試みる世界の諸地域にとって、目標とすべきアイコンだ。

 実は淡路島には、フーディ―ならば名前を聞けば驚く、著名なレストランのシェフが集結してきている。レストランの質・量ともに淡路島は「日本のサン・セバスティアン」に最も近いといえる位置にまで、ここ10年ほどで急速に伸びてきた。

 ここからは、美食による地方創生から世界的な美食の島へと飛躍しようとしている、淡路島のレストラン事情を見て行こう。

 淡路島西海岸が、休日ともなれば各レストランの前で交通渋滞を引き起こすほどの食のメッカとなったきっかけは、パソナグループが廃校になった野島小学校をリノベーションした「のじまスコーラ」が12年にオープンしたことだろう。

 のじまスコーラは、カフェ・レストラン・ベーカリー・淡路産品の物販・ミニ動物園などを集積させた複合施設で、飲食は淡路産の食材をメインに使っている。施設内にあるイタリアンレストラン「リストランテ・スコーラ」は、山形県鶴岡市でガストロノミーツーリズムを実践する、イタリアン「アル・ケッチァーノ」の奥田政行シェフがプロデュースした関西初の店だ。同店では、瀬戸内海を望む洗練された空間で、淡路島産の魚介や野菜、淡路牛などを堪能できるようにしている。

●ハローキティ関連施設も続々とオープン

 のじまスコーラの成功をきっかけに、パソナグループでは14年にはちみつを使った料理を出す「ミエレ」を、すぐ近くの海沿いにオープン。17年には、兵庫県立淡路島公園内にゴジラやドラゴンクエストなどの世界を体験できる、日本初の体験型エンターテインメントアニメパーク「ニジゲンノモリ」を開設した。パーク内のメインレストラン「モリノテラス」は、東京・六本木で素材の持ち味を最大限に引き出す“新和食”で人気を集める「HAL YAMASHITA」の山下春幸シェフがプロデュースしている。

 18年にはハローキティの世界観を体験できるシアター・ショップと、山下シェフがプロデュースした創作オリエンタルレストランを備えた「HELLO KITTY SMILE」をオープン。19年はショーと食事が楽しめるシアターレストラン「HELLO KITTY SHOW BOX」、22年にもリンゴ型のプロジェクションマッピングや食事が楽しめる「HELLO KITTY APPLE HOUSE」を合わせてAWAJI HELLO KITTY APPLE LANDを形成している。

 4施設を複合した青海波は20年8月にオープン。演劇、ミュージカル、アニメ、落語などの公演・興行を開催する約190席の劇場「波乗亭」が核となっている。劇場以外のやや高級なレストランとして、和食「青の舎」と洋食「海の舎」と、10年以上熟成させた古酒を集めたショップ&バー「古酒の舎」のバーは、山下春幸シェフがプロデュースした。

 この他にも、パソナグループが経営する淡路島の商業施設・店舗は、全部合わせて15カ所ほどあり、島の活性化に大いに貢献している。

●被災地にとって光となる取り組み

 同社が主に開発してきた西海岸は、山が海に迫り農地にできる場所も少なく、淡路島でも過疎が進んだ場所だった。阪神・淡路大震災では震度7の揺れが襲い、野島断層が最大で水平方向に2.1メートル、上下方向に1.2メートルのズレを起こすなど壊滅的な被害を受けている。

 復興は絶望的と思われた限界集落を、一大観光地に変えたパソナグループの功績は、三陸や能登などの大震災の被災地に希望をもたらすものではないか。被災した過疎地の復興に注ぎ込む税金が無駄だといった論議もあるが、人道上のみならず経済的にも間違っていると筆者は考える。

 パソナグループが淡路島の地方創生に乗り出したのは08年で、野島地区で農業体験プログラム「パソナチャレンジファーム in 淡路」をオープンした。収穫した農産物を使って販売所やレストランを経営し、6次産業化ができないかという発想の下で開業したのがのじまスコーラで、以降も横展開を行っている。

 パソナチャレンジファームを発展させ、21年10月には「Awaji Nature Lab & Resort」がオープンした。約3万8000平方メートルの広大な敷地に、農業体験ができる農園、さらに農家レストランとマルシェ、自然と一体になった住環境を体感できる自然循環型滞在施設、SDGsの専門家が情報発信するラボなどのコンテンツを整備している。

 同施設内の農家レストラン「陽・燦燦(はるさんさん)」は、自社栽培の採れたて野菜や淡路島産食材にこだわり、奥田政行シェフと発酵醸造料理人の伏木暢顕シェフが監修に付いている。茅葺き屋根の建築は、世界的建築家の坂茂氏が監修。環境に配慮して再生紙による「紙管」を柱の建材に使用するなど、挑戦的な空間に仕上がっている。

 また、22年4月には禅をテーマにした「禅坊 靖寧」をオープン。山間に立地する高低差を生かした建築も坂茂氏が設計した。空中に浮遊したような独特な感覚で座禅体験ができ、インバウンドからの人気が高い。レストランも有し、料理監修は伏木暢顕シェフとなっている。

 このように、パソナグループのガストロノミーツーリズムの試みは地産地消をベースに、有名シェフを要所に起用してレベルの高い食を提供している。しかも食にとどまらず、農業、芸術、文化と広範な分野を巻き込んだ、多彩な淡路島の魅力を引き出している。

●「人っ子一人歩いていない」場所がにぎわうまで

 パソナグループに匹敵する勢いで、西海岸の殺風景だった場所に圧倒的なにぎわいをもたらしているのがバルニバービだ。同社は1995年、大阪の南船場にオープンしたカフェ「Hamac de Paradis(アマーク・ド・パラディ)」がヒット。98年にオープンした2号店「CAFE GARB」も人気を博し、人通りが少なかった南船場に若者を呼び込み、先進的なカフェやダイニングの集積地に発展させた実績を持つ。創業者で同社会長の佐藤裕久氏は「南船場の仕掛け人」と呼ばれてきた。

 そのノウハウを応用して、2011年から東京の蔵前や両国などの23区東部エリアに着目し、同様のにぎわいを創り出している。大都会の中心から少し外れた、さびれたシャッター街を活性化させることに長けている同社であるが、郊外の案件を手掛けたのは16年にオープンした滋賀県大津市のJR大津駅に直結する商業施設「ビエラ大津」のキーテナント「ザ・カレンダー」が初のケースだった。カフェ・レストラン・カプセルホテル・BBQテラスなどを集結させた複合店である。

 バルニバービのグループ会社、バルニバービ オーガスト(兵庫県淡路市)の取締役・井上隆文氏は「淡路島に店を作るといい出したときは『人っ子一人歩いてない場所に、いったい誰が来るのか』と社員でも疑問に思った」と振り返る。

 バルニバービと淡路島との最初の接点は、食材の調達だった。十数年前から各地の良い食材を探している中に、淡路島産品もあったという。同社広報によれば「淡路島から調達する量が大きくなってきて、淡路島に出店したらどうかという発想に至った」とのことだ。

 GARB COSTA ORANGEは19年4月のオープン。水平線に沈むオレンジ色の夕陽が望める海辺に位置し、約300席を擁する。特に島外向けへの宣伝をしなかったが、日商で平日20万円、休日に40万円が売れれば良いと考えていたにもかかわらず、初月から100万を超えていて驚くほどの反響があった。自転車やバイクツーリングで来店する人も多く「来店した人がSNSに投稿してくれて、大きな集客となったのではないか」と、井上氏は感謝している。

 GARB COSTA ORANGEの料理はイタリアン。大阪・天神橋で予約の取れない店として知られた「il cipresso(イル・チプレッソ)」出身の高島朋樹シェフが腕を振るう。地元の食材を重視し、野菜はシェフが島内の産地直売所を駆け巡って仕入れる。

 「淡路島」と名前に入っているメニューが人気で、地元のものを食べたい顧客ニーズが明確だ。顧客単価は2000〜2500円で、若い女性のグループやカップルが多い。コロナ禍では「密」を避けられる換気の良いテラス席が充実していたことで、同店など淡路島の店舗がグループ内で好調だったという。

●社員30人が移住 コロナ禍の集中出店でも好調

 GARB COSTA ORANGEが人気になると、せっかくなのでお酒も飲みたいといったニーズも増えてきた。飲酒すると車は運転できないので、宿泊できる場所がほしいとも要望があった。そこで20年7月、すぐ近くにKAMOME SLOW HOTELをオープンした。全16室がオーシャンフロントで、室内にあえてテレビを設置せず、代わりにレコードプレーヤーとアナログレコードが置いてある。リゾートに来たのなら、日常を忘れて、ゆったりしたときを過ごしてほしいという提案だ。

 21年6月には「中華そば いのうえ」をオープン。屋台をコンセプトとし、シンプルなしょうゆラーメンを提供する。店舗デザインには、淡路島出身である大地真央氏の夫で世界的インテリアデザイナーの森田恭通氏を起用。同店はフランスのデザイン表彰「DNA Paris Design Awards 2022」で特別賞を受賞した。

 21年8月には回転寿司「淡路島 回転すし 悦三郎」を出店。淡路島の水産会社・森水産との共同事業で、獲れたての地魚をふんだんに使った寿司を提供する。地元の人にも人気が高い、ありそうでなかった店でよく行列ができている。22年4月には、地元の住民に人気の焼きたてパン専門店「ローカル湯だねパン しまのねこ」もオープンしている。

 これら以外にも、BBQやグランピング施設などもあり、バルニバービが淡路島で展開する店舗は、現在23店に及ぶ。1店目であるGARB COSTA ORANGE以外は、全てコロナ禍の3年間で集中的にオープンした。

 バルニバービでは社員の30人が移住。家賃不要の社宅を完備しているが、自分で賃貸を探す人には月に2万円の家賃補助もある。井上氏は「淡路島の人たちは新しいものが好きで、次に何ができるのか、楽しみにしてくれている。混まない雨の日にも来てくれる。彼らにとってオレンジのサンセットは日常のことで、毎日見ているから、わざわざお店で見なくても良いからかもしれません」と笑った。

●パンケーキ店もリゾート感ある店舗で人気

 最後に、「幸せのパンケーキ淡路島本店 淡路島テラス」は19年7月のオープン。「3時間待ちの店」「島の外れにあるのに200人が並ぶ」などと、TVのバラエティ番組で何度か放映されている。人気の理由は“ふわとろ”の生地やマルカハニーと発酵バターを使ったホイップバターといった、パンケーキの魅力だけではない。

 敷地内には幸せの椅子・幸せの鐘・幸せの階段といった海を背景にした絶景のフォトスポットを配置。店内も全席がオーシャンビューとなっており、景観と料理が一体となった多幸感を演出している。

 この他に本店は窯焼きピザやパスタなどのイタリアンも楽しめる「カフェ&レストラン」、土曜・日曜・祝日のみオープンする「プールサイドバー」、テークアウト専門店「スイーツテラス」と「フィナンシェファクトリー」と複数の店舗で構成されている。パンケーキの店としては国内最大規模で、ここまでリゾートに振り切った店は競合他社にないのではないか。なお、幸せのパンケーキは、15年7月に1号店を東京・表参道にオープン。順調に店舗数を伸ばし、国内24店、海外は香港に2店がある。

 この他にも多くの外食企業やシェフが淡路島の魅力に気付き、出店している。古代の淡路島は「御食国(みけつくに)」と呼ばれ、朝廷に食材を貢いだほどの食の宝庫だった。現代に再定義された御食国・美食の島として、さらに発展する勢いは増すばかりだ。

(長浜淳之介)