MVNOの日本通信が、来週、音声定額サービスを投入する。同社の代表取締役会長である三田聖二氏が、Twitterで新サービスの投入を示唆しており、「合理SIM」や「音声定額SIM」などの名称になることがうかがえる。背景には、不調に終わっていた日本通信とドコモの協議に、総務大臣裁定が下されたことがある。一方で、現時点ではまだ協議が完全に合意に達したわけではなく、日本通信とドコモの間には、認識の相違も存在する。その中身を読み解いていきたい。

●2019年11月から続いた日本通信対ドコモの戦い、総務大臣裁定までを振り返る

 日本通信の申請した総務大臣裁定が確定したのは、6月30日のこと。もともと同社は、2019年11月15日に、ドコモとの協議が進まないことを受け、総務大臣の裁定を求める申請を行っていた。その目的は、音声通話サービスをより廉価にすること。日本通信が求めていたのは、音声通話サービスの卸提供の料金見直しや、かけ放題オプションなどのプランを卸に加えることだ。2020年2月4日には、総務省が裁定案を電気通信紛争処理委員会に諮問。卸価格を原価に適正な利潤を加えた額に設定するよう求めた一方で、定額プラン、準定額プランの提供については却下されている。

 新型コロナウイルス感染症拡大の影響もあり、総務大臣への答申が遅れたが、6月10日、11日に文章での審議を行い、定額プランの提供は、原案通りに日本通信の主張が退けられている。これに対し、卸提供の料金見直しについては、総務大臣が両社からの意見聴取したあと、裁定すべきとの意見が添えられた。2社からの返答を踏まえ、6月30日に正式な裁定がくだされた格好だ。裁定までの経緯は、以下の記事が詳しいので、流れをつかむ上で一読しておくといいだろう。

 日本通信が主張していた卸提供の料金とはどのようなものか。日本のMVNOは、データ通信に関しては自社で交換機などを持ち、ドコモやau、ソフトバンクといったMNOと相互接続している一方で、音声通話はMNOの設備をほぼそのまま利用している。ドコモの約款を見ると、その料金は30秒20円。定期利用3年、1001回線以上で17円、2001回線以上で14円と、いわゆるボリュームディスカウントも実施している。MVNOの通話料が、おおむね30秒20円程度に設定されているのは、こうした卸料金に基づいているからだ。

 一方で、料金は定額ではなく、従量課金のため、MVNOを契約するユーザーには少々使いづらい料金設定といえる。こうした不満の声を受け、MVNO各社は中継電話と呼ばれるサービスを導入している。ドコモの設備を迂回(うかい)して電話を発信することで、料金を下げる仕組みのことだ。各社ともサービス名称は異なるが、仕組みは同じ。発信時には「プレフィックス」と呼ばれる識別の番号をつける必要があるが、スマートフォンでは、これをアプリで行っている。

 日本通信にも「b-mobile電話」というサービスがあり、iPhone、Android向けにアプリが用意されている。料金は30秒10円と、通常の電話の半額。5分までの通話がかけ放題になるオプションも用意されており、月額500円で利用できる。他のMVNOも、仕組みはおおむね同じで、中継電話サービスを利用すると、通話料はおよそ半額になる他、定額、準定額プランなどのオプションに対応する会社も少なくない。

●日本通信はなぜ通話料にこだわるのか、鍵はイコールフッティング

 中継電話サービスがあり、準定額プランも用意している日本通信が、なぜ音声卸の料金の値下げをドコモに求めたのか。同社で代表取締役社長を務める福田尚久氏は、音声通話の料金が、MNOとの競争にとって「最大の阻害要因」だと語る。「詳しい方には『えっ』と思われるかもしれないが、お客さまに格安SIMをお勧めするとき、最初に聞くことが1カ月に何回電話するのかということ。データ通信は確かに3分の1や4分の1の価格になっているが、通話が多いと逆転してしまう」(同)とその背景を説明する。

 プレフィックスを使った中継電話サービスも、「どのぐらいの比率で使われているのかを考えなければいけない」(同)という。アプリをインストールしてもらわなければならず、スマートフォンに詳しくないと、利用開始までのハードルが上がる。仮にアプリをインストールできたとしても、電話アプリが同じ端末上に複数存在するのは少々分かりづらく、通常の電話として誤発信してしまう可能性もある。通常の通話料が30秒20円だと、「MVNOをなかなか検討しづらい」(同)のが現状だという。

 一部のサブブランドを除くMVNOは苦戦を強いられているが、福田氏は、こうした音声通話の料金差にも要因があると見ているようだ。同氏は「MVNOが苦戦しているのは、イコールフッティングではないから。データ通信も安いので、それに合わせて音声も安いと言い切れるとだいぶ違ってくる」と語る。

 一方で、先に挙げた通り、準定額プランや定額プランの提供を義務化することは、総務大臣裁定で却下されている。今、焦点となっているのは、30秒20円の卸料金の値下げだ。これに対し、日本通信は定額プランの投入を示唆している。同社が定額プランを提供できる理由はどこにあるのか。福田氏によると、「卸料金が原価ベースであれば、定額はまったく問題ない」と語る。卸の料金がある程度低ければ、定額プランで使われすぎるリスクは日本通信側で負うというのが、福田氏の主張といえる。

 単純化して、1700円で完全定額の音声プランを提供する場合を考えてみると分かりやすい。卸料金が今の30秒20円のまま、ユーザーが平均42分30秒通話するとちょうど1700円になり、日本通信の収支はトントンということになる。仮にこの卸料金が30秒10円に下がっていたとすると、収支上は、倍の85分までユーザーの通話を許容できる。音声通話の卸料金が下がれば、定額プランを導入するための経営リスクを取りやすくなる。現時点では卸料金の金額は合意が取れていないが、裁定日にさかのぼって適用されるルールを使って、定額プランを投入するという。

●原価の根拠はアクセスチャージ? ドコモは代替手段の利用を主張

 では、30秒20円の料金がどの程度下がる可能性があるのか。福田氏は、「アクセスチャージ」をその根拠に挙げる。電話のサービスは、各事業者同士が接続することで成り立つ。ドコモから発信したとしても、au、ソフトバンクや固定電話網まで、着信先はさまざまだ。この例だと、他社に接続するときには、ドコモがau、ソフトバンクや固定電話のネットワークを利用していることになる。これを事業者間で清算するために設定された金額が、アクセスチャージだ。

 2019年度のアクセスチャージは、ドコモが1秒あたり0.041272円。KDDIは1秒0.055947円、ソフトバンクは0.053303円に設定されている。ドコモのケータイからauに発信し、1分通話した場合、ユーザーには20円が課されるが、アクセスチャージとして、KDDIが3.35682円をドコモから受け取る。逆の場合は、KDDIからドコモに対して2.47632円の支払いが発生する。日本通信は、「この数字を発信、着信で足し合わせたものが原価になる」(同)という考えを示す。今の30秒20円に単位を合わせるとすれば、おおむね30秒3円弱になるというわけだ。卸価格が7分の1程度になれば、確かに定額プランを提供しても採算は合いやすくなるのかもしれない。

 一方で、ドコモの考えは、日本通信と異なることもうかがえる。同社の代表取締役社長、吉澤和弘氏は「絶対値として、10年以上同じ料金できていた。高いことは否めないので、安くなければいけないと思っている」と日本通信の主張に一定の理解を示しつつも、卸料金の値下げ以外の方法もあることを強調し、以下のように反論する。根拠となっているのは、同じ総務大臣の裁定だ。

 「裁定にも書いてあるが、音声接続という方法もあり、音声接続で代替性が確保できれば、そちらでやっていいとなっている。われわれはそれでやり、開発も進めている。今年(2020年)いっぱいで提供できるが、それで有効性を確認していただき、いけるとなれば、全MVNOにそれでお願いしようと思っている」

 吉澤氏の言う接続とは、ドコモが開発を進めるプレフィックスの自動付加機能を指す。交換機側でプレフィックスを付与することで、ユーザーが手動で入力したり、アプリをインストールしたりする必要がなくなるというものだ。実際、ユーザーに対する通話料を値下げしつつ、アプリのインストールをする手間を省けるという意味では、MVNO側の目的に沿った機能といえる。

 ただ、福田氏は「音声の場合、接続をしても付加価値をつけづらい。基本的に接続でやるのは無駄が多く、卸ではやらせたくない主張だと思っている」と、ドコモの考えに反発する。音声定額の導入は決まり、大筋は通話料も値下げになる方向性は見えてきた一方で、実現方法は平行線をたどっているといえる。あるMVNO関係者が「場合によっては日本通信からの再提訴や、ドコモからの逆提訴もあるのでは」との見方を示したように、両社の戦いが第2ラウンドに突入する可能性もありそうだ。