Appleは、6月8日(日本時間)の未明に、WWDCの基調講演を開催。iOS、iPadOS、watchOS、macOSなどの最新バージョンを、CEOのティム・クック氏らが披露した。現在はデベロッパー向けのβ版が公開されており、7月には一般のユーザーが利用できるパブリックβに移行する予定。正式版のリリースは秋を予定しており、例年通りのスケジュールであれば、次期iPhoneが登場する前のタイミングになりそうだ。

 基調講演では、同社の扱う製品に搭載されるOSを横断的に紹介したため、内容は多岐にわたるが、どのOSも進化の方向性は共通している。最大公約数のキーワードになりそうなのが、「コロナ禍」「機械学習」「デバイス連携」。ホーム画面を刷新してウィジェットに対応したiOS 14ほどの大規模なアップデートではなかったが、どのOSも着実に進化している。ここでは、3つのキーワードを軸にしながら、新OSの中身やAppleの狙いを解説していきたい。

●コロナ禍で変わったユーザーのライフスタイルに寄りそうiOS 15やiPadOS 15

 iOS 15やiPadOS 15には、コロナ禍で大きく変わったライフスタイルに合わせた機能が複数搭載される。2020年のiOS 14やiPadOS 14も、コロナ禍で発表された新OSだが、感染拡大からあまり時間がたっていなかったこともあり、関連した機能が手薄だった。マイナーアップデートでApple Watchを使ったマスク着用時のロック解除などは追加されたものの、メジャーバージョンアップに合わせて、OSそのものを“新しい生活様式”に合わせてきた格好だ。

 代表的な機能の1つは、Zoomなどのオンライン会議アプリに対抗するFaceTimeのアップデートだ。これまでのFaceTimeは、どちらかといえば電話やビデオ電話の延長線にある機能だった。電話番号やApple IDで発信し、着信側がFaceTimeを受け入れたらコミュニケーションが始まるという作法は、電話のそれに近い。これに対し、新しいFaceTimeは、URLを発行して、あらかじめビデオ通話を“予約”できるようになる。

 発行したURLは、メールやメッセンジャーで相手に送ったり、カレンダーに登録したりできる。まさにZoomなどのビデオ会議アプリのように使えるというわけだ。ブラウザでFaceTimeにアクセスできるようになるのも大きな変化といえる。これまでのFaceTimeはiOSやiPadOS、macOSに閉じたコミュニケーションツールだったが、ブラウザ対応することで、AndroidのスマートフォンやWindowsのPCでも利用可能になる。ビデオ会議アプリを志向するうえで避けて通れない、デバイスの拡大も実現する。

 ただし、1対多数の講演形式に近いウェビナーのような機能はなく、あくまでコミュニケーションツールである点は変わっていない。ポートレートモードのように背景をボカす機能にも対応するが、ビデオ会議アプリで主流の、背景合成機能にも未対応。既存のツールを完全に置き換えるまでには至らないだろう。役割を拡大したFaceTimeだが、あくまでその第一歩を踏み出した段階といえそうだ。

 iOS 15やiPadOS 15に搭載される「集中モード」も、コロナ禍のテレワーク環境を意識した機能といえそうだ。自宅での仕事は、オンとオフの切り替えが難しいのが課題だが、集中モードはそれを助ける機能の1つと捉えられる。集中モードは「仕事」や「プライベート」などのモードを設定することで、着信や通知を許可した人やアプリのみに制限できるのが特徴。位置付けは現行バージョンに搭載される「おやすみモード」に近く、機能的にもこれを拡張したものだ。

 一方で、着信や通知だけでなく、ホーム画面までシーンに合わせて変更可能なのが、集中モードとおやすみモードの大きな違いだ。「仕事」に設定した場面では、ゲームや個人用のSNSアプリなどは非表示にして、Officeアプリやメールなど、業務に必要なものに特化させることができる。シーンの設定や、許可する通知、表示させるアプリなどはユーザー自身で選択できるため、テレワーク以外の場面でも幅広く活用できる。

●機械学習をフル活用、デバイス上で完結する機能を多数搭載

 変化したライフスタイルに対応する新機能は目を引くが、Appleの戦略的により重要性が高いのは、機械学習を活用した機能の広がっていることだ。Appleは、自社開発のプロセッサをiPhoneやiPad、Macに搭載し、デバイス上での機械学習の処理能力を年々向上させている。特に「iPhone X」の登場以降、その傾向は顕著になった。とはいえ、単に処理能力が高いだけでは宝の持ち腐れになってしまう。土台である処理能力を生かし、どのような機能を実現できるかは重要なポイントだ。

 プロセッサと端末、さらにはOSやOSの上で動くソフトウェアまでを一気通貫で手掛けているAppleは、スペックにバラつきが大きいAndroidより、この点で優位に立ちやすい。ユーザーに対してメリットを提示しやすいのは、垂直統合の強みといえる。WWDCで発表された新しいOSを見ると、以前よりも機械学習の活用が進んでいる印象を受けた。その証拠に、iOS 15やiPadOS 15には、「オンデバイスインテリジェンス」を使った新機能の数々が搭載されている。

 代表的なのは、オンデバイスでのSiriだ。もともと、Siriはクラウド上でユーザーの声を分析し、発話された内容をもとに回答を返していたが、iOS 15やiPadOS 15では、この処理を端末内部で完結できるようになる。メリットは、プライバシーの強化だ。クラウドで処理しているからといって、Appleがデータを保存したり、中身を見たりしているわけではないため、必要以上に不安視する必要はないが、端末内部で処理されれば安心感はより高まる。電波の状況が悪いときや、フライトモードに設定しているときに利用できるのも、利点の1つ。クラウドを介さないことでレスポンスの向上も期待できる。

 カメラで撮った文字を認識してテキストとして利用できる「ライブテキスト」も、機械学習をフル活用した機能だ。基調講演で、看板を撮った写真からそのままお店に電話する様子がコミカルな調子で披露されたように、翻訳やネット検索など、さまざまな機能と写真が有機的につながるのが、ライブテキストのメリットだ。残念ながらOS公開時には日本語には未対応だが、2020年のWWDCで発表されたiPadOS 14の「スクリブル」が2021年のiPadOS 15で対応するなど、新機能のローカライズは徐々に進められているため、ライブテキストも今後利用できるようになる可能性は高い。

 他にも、通知のサマリーを作成したり、FaceTimeでバックグラウンドのノイズをカットしたりと、iOS 15やiPadOS 15では、さまざまな場所に機械学習が活用されている。こうした機能をデバイス上で実現でき、かつ適用される端末の範囲が広いのは、Appleならでは。iPhone X発表時に、Appleフェロー(当時はワールドワイドマーケティング担当上級副社長)のフィル・シラー氏は「iPhoneの次の10年の始まり」と述べていたが、3年半が過ぎ、その全体像が徐々に明らかになってきていることがうかがえる。

●デバイス間連携を強化、Safariは3つのOSで同時に刷新

 異なるカテゴリーの端末同士がシームレスに連携するのも、Appleの強みだ。iPhone、iPad、Apple Watch、Mac、HomePod、Apple TVなど、製品のジャンルや利用シーンは多種多様で、OSもそれぞれに合わせて最適化されているが、きちんとそれぞれが連携するのは、1つの会社が手掛けている製品だからこそ。同一企業でも部門が違って連携が取れないケースがある一方で、Appleの製品は体験の連続性が重視されている。新OSでは、こうしたデバイス間連携も強化された。

 象徴的なのは、macOS MontereyとiPadOS 15の「ユニバーサルコントロール」だろう。MacとiPadは、これまでもクリップボードを共有する「ユニバーサルクリップボード」や、iPad側をサブディスプレイとして使う「Sidecar」で連携してきたが、ユニバーサルコントロールは、その両方を合わせたような機能。同一Wi-Fi環境下にあるMacとiPadを近づけるだけで、Mac側からiPadを操作できるようになる。Macのキーボードやトラックパッドを使ってiPadを動かし、必要なデータをコピーして、そのままMac側にペーストするといった使い方が可能になる。まさにシームレスという言葉のお手本のような機能だ。

 iPhone、iPad、Macに共通して採用されるブラウザのSafariも、それぞれの最新バージョンで大幅に強化され、ユーザーインタフェースのデザインやタブの機能が一新される。URL/検索の入力欄がシンプルになり、iOS版は片手操作がしやすいよう、画面下部に配置され、スクロールすると自動的に消える。タブもグループ化に対応し、端末間で同期される。グループ化したタブを、他のユーザーと共有することも可能になるなど、使い勝手が大きく変わる。

 MacのSafariで利用できた「Web機能拡張」が、iPhoneやiPadに対応するのも、大きな変化といえる。ブラウザ上に表示されているページを丸ごと翻訳したり、サードパーティーのパスワード管理機能を追加したりといったことが容易になる。こうした拡張機能は、GoogleのChromeが先行しているが、流通台数の多いiPhoneやiPadでWeb拡張機能が利用できるようになることで、この市場が活性化することが期待できる。

 ホーム画面にウィジェットを配置できるようになったiOS 14が登場した2020年や、iPad用のOSがiOSから独立した2019年のWWDCと比べると、派手な新機能が少なかったように見えるが、いずれのOSも着実なバージョンアップを遂げている。地味ながらも、Appleの強みを生かすという意味では重要なアップデートといえそうだ。一般のユーザーがβ版を利用できるようになるのは、7月から。秋の正式版が配信されるのも、今から楽しみだ。