ここまでの稿ではMVNOのこれまでの20年間を振り返ってきました。この稿では未来に向けて、これからのMVNOの発展に目を向けたいと思います。

 筆者が所属するIIJ(IIJmio)は3月にトークイベント IIJmio meeting 29を開催しました。そのイベント内で有識者をお招きしてパネルティスカッションを開催いたしましたが、そこで今後のMVNOが進むべき道として「多様性」というキーワードが提示されました。モバイル業界における「多様性」についてもさまざまな解釈が考えられますが、今回は筆者の考える多様性と、そこに至るために必要な道のりについて考察します。

●5Gで通信サービスはどう変わるのか

 これからのMVNOについて考える前に、MVNOを含めた携帯電話業界全体に与える技術、その中でも5Gについて考えたいと思います。

 携帯電話の技術は継続的に開発が進められていますが、その中でもおおむね十年ごとに大きな世代交代が起きています。これを世代(Generation)の頭文字をとって、1G(1980年台)から5G(2020年台)と呼びます。この1Gから5Gまでの世代交代の中でも、大きな転換点が2つありました。1つはアナログからデジタルへの変化があった、1Gから2Gの移行です。2Gの時代に開発された通信規格GSMは日本以外のほとんどの地域で利用され、その後の3G、4Gに続く技術の礎となりました。

 そして次の大きな転換点は、4Gから5Gへの移行です。1Gから4Gまでの通信規格は、基本的に携帯電話とそれから派生したスマートフォンなどに通信機能を提供することを想定していました。

 ですが、私たちの身の回りで利用されている無線通信は、携帯電話だけではありません。自宅のコードレスホン、PCで使うWi-Fi、居酒屋の店員のインカム、警察無線、無線センサーなどなど、無線通信を使う機器はさまざまな用途のものがあります。これらの無線通信機器は、通信距離や通信内容、消費電力など、それぞれの用途の要求に合わせ別個に開発された異なる無線システムを利用してきました。

 4Gまでの携帯電話システムは、こうした他の無線システムがカバーしていた無線通信の需要はターゲットにしていませんでしたが、5Gではこれらの需要を5Gの無線システムの中に取り込むことを想定して企画が開発されています。つまり、5Gは「携帯電話網」を越えた規格を目指しているのです。

 4Gの開発の後期においても、LTE-MやNB-IoTなど携帯電話以外の機器、特に通信速度が遅くても構わないので消費電力を減らしたいIoT機器向けの規格が追加されています。しかしこれは、あくまでIoTという特定ターゲットに合わせた機能を携帯電話網に追加で組み込んだものです。機能の追加に際しては、全国の携帯電話基地局設備に個別に対応を行う必要がありました。また、あくまで特定の通信需要を満たすための機能を追加したものであり、その他の需要を満たすためにはさらなる個別対応が必要になるものでした。

 これに対して5Gでは、5Gの規格内に定められた範囲で、任意の特徴を持った無線機能を個別対応することなく追加・変更することができるようになっています。

 例えば、5Gの特徴として高速(eMBB)、低遅延(URLCC)、高密度(mMTC)や、通信に必要な電力の削減などが取り上げられますが、これらの特徴は全て同時に実現できるわけでなく、通信の目的によって優先する機能を選択することになります。5Gではこういった要求ごとに異なる機能の集合を「スライス」という概念で表します。

 5Gの無線網では目的に応じた異なる性格のスライスが多数提供され、無線網に接続する通信端末は、自分の要求に応じたスライスを選択して利用することになります。こうしたに仕組みによって、5Gは1つの無線網でありながら、異なる特徴を持った別個の無線システムであるかのように振る舞うことができるのです。

 この「ネットワークスライシング」は、多様な無線通信の需要を5Gの中に取り込むためのキーになるコンセプトです。

●非スマホ領域にMVNOが活躍するチャンスがある

 このように、携帯電話業界が導入を進めている5Gは、携帯電話を含めた多様な無線通信の需要に応えるシステムです。実は、この5Gのコンセプトは、MVNOが現在抱えている課題の解決に相性がいいと考えられます。

 現在「格安スマホ」「格安SIM」として展開しているコンシューマー向けMVNOが抱えている課題の1つに、昼休みを中心とした一部時間帯における大幅な速度低下があります。この問題の一番の原因は、設備投資(キャリアから借り受ける設備の拡張)に十分な投資ができないレベルまでMVNOが価格競争を進めてしまったことですが、状況を悪化させている理由の1つに、コンシューマー向けMVNOの用途がスマートフォンに偏っていることがあります。

 MVNOの例として筆者が関わっているIIJmioモバイルサービスの時間帯ごとのトラフィック(通信量)をグラフで見てみると、午前8時台の通勤時間、12時〜13時の昼休み、夕方18時以降に通信量の増加が見られます。中でも最も激しいのが平日12時〜13時で、12時になった瞬間に急激に通信量が増え、13時を過ぎるとストンとグラフが落ちています。話を聞いていると、他のコンシューマー向けMVNOでも同様の傾向があるということです。これは昼休みになった学生や社会人が一斉にスマホを操作し始めるためだろうと想像しています。

 前述の通り、現在のコンシューマー向けMVNOではこの需要に応えられるだけの設備を用意できず、それが速度低下として現れています。その中でも各MVNOは、できる限り大きな容量の設備を確保して速度低下の緩和に当たっていますが、そこで新たな悩みが生まれます。

 大きな容量の設備を借り受けることで昼休みの混雑は緩和できますが、その代わりに通信需要がさほどでもない時間帯においては、借り受けた設備が使われないまま余剰として放置されることになってしまうのです。これは、MVNOにとっては借り受けた設備の稼働率が低く、投資効率が悪いことを意味します。

 こうした状況に対する1つの策としてIIJが進めているのは、MVNOの利用者を「格安スマホ」以外にも広げる、通信の用途を多様化することです。スマホと異なる利用パターンの通信需要、できれば設備の余剰がある時間帯での通信需要を獲得できれば、スマホによる通信需要とその他の需要がうまく組み合わさり、設備の稼働率を向上させることができます。設備の稼働率が高くなれば投資もやりやすくなり、結果的に昼休みのスマホの混雑緩和にもつなげることができます。

 幸いにしてIIJはもともと法人向けの営業部隊がある会社であり、さらにMVNO以外にもクラウドなどのビジネスを行っています。こうした環境を生かし、法人向けにモバイル通信とクラウドを組み合わせた、いわゆる「IoT」サービスを強化しています。実際にIIJが提供するMVNOサービス全体の中でも、こういった法人向けIoTを中心とした非スマホ向けの回線数の伸びが大きくなっています。

 前の節でも述べた通り、5Gではネットワークスライシングを核にして、これまでの携帯電話網がカバーしてこなかった需要にも対応する方針です。これはMVNOが進める通信用途の多様化と同じ方向を向いています。

 こうした非スマホ用途の通信需要は、その要求がさまざまです。IIJの法人向けモバイル回線で利用の多い「ネットワーク型監視カメラ」を例にすると、同じ監視カメラでも防犯用途、設備の監視用途、農業用途などによって映像を送信するタイミングや画質(データ量)などが変わってきます。そしてこれは監視カメラの用途によって通信サービスに対する要求が変わって来ることを意味しています。単に「監視カメラ用通信サービス」というような大ざっぱなくくりではなく、そのカメラをどのような用途で利用するか、それによってどういった通信が発生するのかをしっかりと想定して通信サービスのスペックを決めていく必要があります。

 しかし、機器の利用者やメーカーが無線網の特性を把握して通信サービスのスペックを決めることは難しいのが実際です。そのため、通信事業者のスタッフが最終的な需要を含めてしっかりとコンサルティングを行う必要が出てくるでしょう。

 もちろんキャリア自身もそういったコンサルティングの強化は行っていくでしょうが、これまで以上に多様化する需要に対して、キャリアだけで対応していくことは、案件の量的に困難になってくると思われます。こうした場面で、MVNOが通信の専門家としてキャリアと横並びの立場で活躍していけるのではないでしょうか。

 キャリア、利用者、機器メーカーの間に立ち、実際の用途に沿った通信サービスのスペックをデザインしつつ、スマホを含めたさまざまな通信需要を束ねて、一定容量の無線システムを高稼働率で運用する……そうした姿がMVNOの1つの未来のありようになるかもしれません。

●MVNOがフルスペックの5Gを導入する上での課題

 一方で、MVNOが5Gの時代において前述のような役割を果たすためには、技術的な課題と制度的な課題を解決する必要があります。

 現在、日本で利用可能なキャリアの5G網は、5G NSA(ノンスタンドアロン)と呼ばれるものです。5G NSAは4Gの携帯電話網を管理しているコアネットワーク(EPC)に5Gの基地局を接続したものです。フルスペックの5Gの提供には時間がかかるため、5Gの機能の中でも高速性だけを先行して取り入れる形で整備が進められたものです。MVNOにとっては、5G NSAで提供されるネットワークは4Gと同様に扱えるため、現在のキャリア・MVNO間のインタフェース(接続点)をそのまま利用してすることができます。

 しかし5G NSAでは、非スマホ用途で期待される高速性以外の機能が利用できません。高速性以外を含めたフルスペックの5Gは、今後導入される5G SA(スタンドアロン)で利用可能になります。このために、5G SAではコアネットワークが刷新されるのですが、それに伴い、キャリアとMVNOを接続するインタフェースも変更されてしまうのです。さらに、この新しいインタフェースについては業界内での標準がまだ定まっておらず、どのようにしてキャリアとMVNOを接続するかの検討から始めなければなりません。

 キャリアからは、5G SAにおいても4Gに類似した携帯で接続が可能ではないかという発言が出ています。しかし、5G SAで4Gと類似したインタフェースとした場合、4Gと同様の通信は実現できるかもしれませんが、5Gのキーコンセプトであるネットワークスライシングを制御することができない恐れがあります。5Gの無線システムを5Gらしく活用するためにはネットワークスライシングの利用が重要です。キャリアがスライシングを自由に活用できる一方で、MVNOはスライシングが利用できない、あるいは利用に制限があるとなると、キャリアとMVNOが同等の環境で公正に競争することができなくなるかもしれません。

 MVNOが引き続き携帯市場の競争に参画するためには、MVNOも5G SAのネットワークスライシングを制御するための新たな接続モデルが必要だと考えられます。そこでIIJは、テレコムサービス協会 MVNO委員会の一員として、5G SA時代の新たな接続モデルとして「VMNO」と呼ばれるモデルを提唱しています。

 VMNOでは「ライトVMNO」と「フルVMNO」と名付けた2つの接続形態を想定しています。ライトVMNOは、無線網・ネットワークスライシングの管理はあくまでキャリアが一元的に行い、VMNOはキャリアが用意したAPIを経由して、スライスの作成などの制御を要求するというものです。これに対してフルVMNOは、VMNOが5Gコアネットワークを運用し、5G無線網の制御に直接関与するという点が異なります。

 いずれの接続形態でも、これまでのMVNOに相当する「VMNO」が必要に応じてネットワークスライシングを利用できることが前提です。こうすることによって、MVNOとキャリアが同じ土俵に立って公正に競争できるようになるのではないかと考えています。

 このVMNO構想は技術上の課題であると同時に、国の制度上の課題でもあります。現在日本のMVNOは「第二種指定電気通信設備制度」に大きく依存しています。第二種指定電気通信設備制度では、MVNOがキャリアに支払う「接続料」はキャリアが運用する無線網が均一な機能を提供している前提で、キャリアとMVNOが無線網を負担した割合においてそのコストを分担するというモデルとなっています。

 5Gではさまざまなスペックのスライスが混在することになり、無線網が均一であるという前提が崩れます。また、スライスなど、無線網に新たに追加された機能のコストを算定する方法はまだ定まっていません。仮に技術的にVMNO構想が実現できたとしても、不均一な無線網やスライスなどのコストをどのように算定し、キャリアとMVNOがどのように負担を分担するのかといったことについて、改めて議論を行わなければならないでしょう。さらに、これらの議論が最終的に国の制度、法律として落とし込まれる必要があり、それには今しばらくの時間がかかるものと思われます。

 5Gは携帯電話技術の大きな転換点であると同時に、MVNO制度にとっても大きな転換点なのです。

●これまでの20年、これからの20年

 この特集の前編でも触れた通り、ITmedia Mobileがスタートした2001年は日本でPHSを使ったMVNOが登場した年でもあります。最初は市場の中で全く存在感がなかったMVNOですが、ITmedia Mobileはその頃から継続的にMVNOという存在をニュースとして取り上げてきた数少ないメディアの1つだと思います。業界の端くれとして、その見識に感じ入り、また、感謝しています。

 2021年の携帯電話業界は、技術では5G SAによる無線網の多用途化が迫り、ビジネスではキャリア・MVNOのポジションの再構成、そして、政策面でも大きな変化が起りつつあります。この先20年の携帯電話業界のなかで、2021年はターニングポイントとして振り返られる年になるのではないでしょうか。

 ターニングポイントを経て時代を刻み続けるメディアとして、ITmedia Mobileがますますご活躍されることを祈念しています。