スマートフォンの画面に表示したQRコードやバーコードで決済を行う「スマホ決済」が、転換期を迎えている。引き金を引いたのは、ソフトバンクのグループ会社でもあるPayPayだ。同社は、中小店舗の導入を促進するため、サービス開始時からユーザーがコードを読み取る方式を導入した店舗の手数料を無料にしていたが、9月からついに有料化に踏み切る。

 対する楽天グループの楽天ペイは、PayPayの有料化に乗じた形で中小店舗に対する手数料を1年間無料化する。KDDIのau PAYや、ドコモのd払いは手数料改定の動きを静観しているが、KDDIはグループの金融事業との連携を強化する方針を示した。ここでは、PayPayの手数料改定から続く一連の動きをおさらいしつつ、各社のスマホ決済が目指す将来像や、その課題を読み解いていきたい。

●ついに中小店舗への手数料を導入するPayPay、対する楽天ペイは無料化で拡大を狙う

 PayPayは、10月1日から中小店舗に対する決済手数料を導入する。同社の副社長、馬場一氏が「クレジットカードの約半分で、国際水準で見ても引けを取らない」と強調するように、手数料水準は業界最低水準を打ち出した。通常時の手数料1.98%、店舗運営用ツールの「PayPayマイストア ライトプラン」(月額2178円、税込み)を利用すると、手数料率は1.6%まで下がる。同じスマホ決済では、ドコモのd払いやKDDIのau PAYが2.6%、楽天の楽天ペイが3.24%。有料化に伴い、一足先にリーズナブルな手数料体系を発表した格好だ。

 もっとも、手数料導入に伴いキャンペーンも始まるため、最大6カ月間は実質的に無料になる中小規模の店舗は少なくない。期間中に上記のPayPayマイストア ライトプランに加入した場合、決済額の3%が店舗側に戻されるためだ。1法人あたりの上限が100万円で、およそ3333万円の売り上げまではカバーされる。手数料率が1.6%の場合、6250万円の売上にかかる手数料がちょうど100万円。ザックリ言えば、PayPayでの売り上げが月1000万円以下であれば、あと6カ月は無料キャンペーン中と変わらず利用できる。中小店舗の離脱を抑えつつ、PayPayマイストア ライトプランへの加入を促すキャンペーンといえそうだ。

 もともと、手数料の有料化は公言していたPayPayだが、サービス開始から約3年で中小店舗の開拓が十分進んだことが背景にありそうだ。ユーザー数は累計で4100万にまで拡大。加盟店数も340万カ所を超え、決済取扱高は四半期で1.2兆円、決済回数は7.9億回と順調に伸び続けている。スマホ決済単独での取扱高や決済回数を開示している事業者が少ないため、厳密な比較はできないが、ドコモのd払いが取扱高2660億円のため、利用可能な店舗数以上の差が開いていることが分かる。こうした数値を公表できるのも、スマホ決済のシェアで首位になった自信の表れといえる。

 PayPayの手数料導入に伴い、競合他社も改定に乗り出した。先陣を切ったのが楽天ペイメントの運営する楽天ペイ。同社は、中小の新規加盟店の決済手数料を実質0円にするキャンペーンを10月1日から開始する。「まず1年間、楽天ペイのよさをしっかり実感していただきたい」(楽天ペイメント 楽天ペイ事業本部 副本部長 諸伏勇人氏)というのが、その狙いだ。

 楽天ペイの利用可能カ所は500万と多いが、ここには楽天Edyや楽天ポイントカードのみの店舗も含まれる。サービス開始当初から大規模な営業部隊を投入しつつ、手数料無料を武器に中小加盟店を積極的に開拓していたPayPayとは異なり、楽天ペイの導入先は比率で言えば大手が多い印象を受ける。楽天ペイ事業本部 本部長の小林重信氏が「このタイミングだからこそ効率的に増やせる土壌がある」と語っていたように、有料化に伴って離脱するPayPay加盟店を狙い撃ちにすることで、手薄だった中小加盟店を増やす思惑もありそうだ。

 一方で、キャンペーン以外の手数料は3.24%から変えておらず、「1年後以降のことは、そのときの状況を踏まえて検討したい」(小林氏)と述べるにとどまった。楽天ペイは、以前から「持続可能な、地に足の着いたインフラとしてやっていく」ことを公言しており、他社の手数料改定には追随していなかった。キャンペーン終了後の動向次第だが、PayPay並みの手数料引き下げは実施しない可能性も残る。

 同様に、auじぶん銀行をはじめとする自社の金融サービスとの連携を強化したKDDIのau PAYも、手数料競争には何らかの対策を講じていく方針だ。KDDIの金融決済ビジネス部長 長野敦史氏は、「現状はコロナの影響も続き、加盟店はご苦労されている。対策は検討しているので、詳細が決まり次第早期に発表したい」と語る。au PAYはPayPayやd払いに合わせ、9月末まで中小店舗の手数料を無料にしているため、終了までの間に何らかの発表があると見ていいだろう。

●手数料だけでは成り立たないビジネスモデル、経済圏拡大で収益化を狙う

 手数料を有料化したPayPayだが、スマホ決済最安ということもあり、収益への貢献はあまり大きくはなさそうだ。仮に手数料体系が異なる大規模店まで含めて現状の取扱高全体に1.9%の手数料を適用したとしても、PayPayの懐に入る金額は四半期で228億円程度。無料だったころと比べれば収益基盤は強化される形だが、同社は2021年3月期の決算で営業費用として1000億円以上を計上しているため、ほぼ相殺される。ユーザー数や決済頻度には拡大の余地もあるため、よくてトントンといったところだろう。PayPayの手数料値下げに追随すれば、他社も手数料で大きな収益を上げるのは難しくなる。

 では、なぜキャリア各社はスマホ決済に注力しているのか。答えは周辺分野を含めたエコシステムの拡大にあり、この点では4社とも方向は同じだ。PayPayが手数料率の引き下げと同時に導入するPayPayマイストアも、その一環。同社の代表取締役社長、中山一郎氏は、PayPayの優位性としてマイストアを挙げ、「マーケティングに関わる支援をしていきたい」と話す。PayPayマイストアを使うと、店舗は専用ページを持つことができ、クーポンなどの発行も可能になる。こうした施策を軸にしながら、収益化を模索していく方針だ。

 決済アプリはプラットフォームとしての機能を持つため、ソフトバンクが持つ他のサービスとの相性もいい。ソフトバンクの代表取締役兼CEOの宮川潤氏は、その戦略を次のように語る。

 「スマホの中で何回PayPayを開くか(がKPI)。画面の中には、いろいろなアプリの導線が作ってある。その導線に沿って、アプリの経済圏が広がっていく。銀行の振替ができるアプリや、タクシーに乗るアプリなど、さまざまなものが存在する。決済アプリの入口から、金融のエコシステムを作りたい。どれだけ使われているのかは、非常に重視している」

 同様に、楽天ペイも、経済圏の拡大に向けた取り組みを行っている。楽天ペイメントは、8月24日にアプリのユーザーインタフェースをアップデート。楽天グループの持つ「楽天カード」や「楽天銀行」「楽天チェック」「Rakuten Pasha」「ポイント運用 by 楽天PointClub」といった各種サービスへのリンクを追加した。現状では単なるリンクにとどまっており、PayPayやd払いに実装されているようなミニアプリのクオリティーには達していないが、楽天ペイのアプリを中心にしたエコシステムを構築していこうとしている狙いは明快といえる。

 KDDIも、決済金融サービスの入口にau PAYを位置付け、auじぶん銀行の連携を一段強化する。もともとau PAYはauじぶん銀行から残高不足分だけを自動でチャージする「リアルタイムチャージ」に対応していたが、新たに自動払戻機能に対応する。この機能を使うと、あらかじめ決めた頻度で、自動的に余った残高をauじぶん銀行に払い戻せるようになる。しかも手数料は無料。送金などの利用機会が増えてきた際に、役に立ちそうな機能だ。さらにauじぶん銀行側でも、au PAYとの口座連携で普通預金の金利を0.05%上げる「auまとめて金利優遇」を開始。au PAYカードの口座引き落としやauカブコム証券との口座連携で、最大0.2%まで金利がアップする。各社とも、グループ総出で経済圏の拡大に乗り出していることが分かるはずだ。

●スマホ決済はキャッシュレスの主流になれるか? 手数料有料後が真のスタート

 PayPay登場以降、大規模なキャンペーン合戦や加盟店の急拡大で一気に伸びたスマホ決済だが、まだ解決しなければならない課題は残されている。例えば、PayPayはスマホ決済市場の中で3分の2程度と圧倒的に高いシェアを取っている一方で、同社が挙げたデータでも、まだクレジットカードや電子マネーに全体決済回数で及んでいない。市場規模で見てもそうで、クレジットカードの取扱高は2020年の実績で年間約63兆円。PayPayはおろか、スマホ決済全体でも、2020年のクレジットカードの10分の1以下の規模感で、“キャッシュレス決済の主流”になったとは言いがたい。

 手数料の有料化に伴い、赤字を垂れ流すフェーズは終わりを迎えつつあるが、ユーザーと加盟店の双方を増やす取り組みには、本腰を入れていく必要がありそうだ。確かに現金よりは手軽なスマホ決済だが、アプリの操作が必要になるため、非接触ICカードやおサイフケータイと比べるとユーザーにとっては手間が増える。クレジットカードを財布から取り出すよりは手軽かもしれないが、やはり利用を促進する仕組みがまだ十分ではない。一時的なキャンペーンだけに頼らない、送金やポイント運用、ミニアプリといった、アプリを開くからこそ使い勝手がよくなるサービスの開発は不可欠だ。

 また、手数料の有料化に伴い、加盟店が大量に離脱するような事態にはならないとみられるが、獲得のペースは緩やかになることが想定される。PayPayの導入するPayPayマイストアのような機能や、各社の決済サービスにひも付いたポイントがどこまで集客効果を見込めるのかが、今後の行方を左右しそうだ。送客効果が十分でないと、手数料を払う価値がないと見なされてしまいかねない。こうした取り組みをしっかり加盟店側に伝えていくための営業活動の重要性も、増すことになるだろう。

 ユーザーの間で定着しつつあるスマホ決済だが、市場規模を見る限り、まだ発展途上のサービスだ。大規模な還元キャンペーンや無料の手数料でユーザーと加盟店を拡大してきたこれまでは、いろいろな意味でボーナスステージの段階だったといえる。PayPay、d払い、au PAYの手数料無料が終わった後の10月以降や、楽天ペイの無料キャンペーンが終わる2022年が、スマホ決済にとって真のスタートといえそうだ。