銀行間の資金移動における手数料である「送金手数料」が大きく変わろうとしている。2021年10月からは送金手数料は値下げされるが、これをさらに安価に、利便性高く送金できるような仕組みを、メガバンク5行が構築しようとしている。その実務を担う「株式会社ことら」が7月20日に設立された。

 2022年度上半期にサービス開始予定のため、現時点では決まっていることは少ないが、ことらが目指す新たな送金の仕組みや今後の展開について、ことらの代表取締役社長である川越洋氏に話を聞いた。

●ことらが狙うのは個人の送金ニーズ

 ことらは、みずほ銀行、三菱UFJ銀行、三井住友銀行が25%ずつ、りそな銀行と埼玉りそな銀行がそれぞれ18.75%、6.25%を出資して設立。もともとこの5行による「ことらプロジェクト」の検討が2020年8月からスタートしており、結果として新会社の設立につながった。川越社長は三井住友銀行から派遣されており、事業開始に向けて陣頭指揮を執っている。

 ことら設立の背景にあるのは、世の中のニーズの変化だ。キャッシュレス決済の進展や各種金融サービスの発展に伴い、資金移動のニーズは高まっている。そうした状況の中で発生した新型コロナウイルスの流行は、さらにその流れを加速させている。

 日本では、個人の銀行口座保有率が世界と比べても多いため、支払いに銀行口座の振り込みを使う例が多い。自動引き落としに加え、毎月決まった日に定期的な支払いのために他行へ送金するという人も多いだろう。こうした支払いで発生する送金手数料は、一定のコストとして社会に発生してきた。

 さらに、コード決済などで少額の決済が頻繁に行われるようになり、それに伴って銀行口座を決済サービスに接続して入金する例も多いが、この場合、それぞれの銀行に接続するために決済サービス事業者と銀行でさまざまな取り決めをして、1つずつ接続していくという手間も発生していた。

 銀行間の送金システムは全国銀行資金決済ネットワーク(全銀ネット)が運営する全国銀行データ通信システム(全銀システム)が担っており、国内の金融機関はほぼ接続しているが、資金決済事業者は接続できていない。そのため、銀行と決済サービス事業者の接続に口座振替の機能を使っている例が多いが、本来の使い方ではなく、これを悪用した事件も発生してしまっている。

 従来のクレジットカードのようなサービスでも、少額の決済でも頻繁に使われるようになったことで振り込みが多く発生し、手数料が課題となってきている。こうしたさまざまな課題を解決することを、これまでも銀行界では検討してきた。

 そうした流れの中で、政府も成長戦略の中で手数料問題に言及。

 次世代資金決済システムに関する検討タスクフォースで議論を進めてきた他、公正取引委員会が銀行間手数料に関して引き下げを求める報告書も発表している。

 銀行の課題意識と社会の要請が手数料削減へと向かう中、5行が検討してきたのが「多頻度小口決済システム」の実現だ。そうして設立されたことらが狙うのは、まずは個人が利用する銀行間の送金。年間市場規模は20兆円程度とされ、手軽かつ安価に個人間送金を実現するネットワークの構築が目標だ。

●ことらで1000以上の金融機関と手軽に送金できる

 川越社長によれば、日本には8億口座程度が存在しており、普通預金口座がその半数だとしても4億口座で、人口から考えると1人3口座以上を保有している計算になる。

 これは用途などに応じて口座を使い分けていることもあって、例えば給与振込や家賃引き落とし口座が指定銀行のみということもある。そうした場合、メイン口座との間で送金が発生するが、これまでは他行宛は一定の手数料がかかるため、給与日付近にATMから現金で下ろして、そのまま別ATMから現金を入金する、といった手間が発生していた。

 手数料がさらに安価になれば、こうした手間をかけずにオンラインで銀行間の送金を行うユーザーも増える、というのがことらの目指す世界の1つだ。

 ことらのネットワークを実現するために、既に1000を超える金融機関が接続するJ-Debit基盤を利用し、APIを経由することで各行を接続する仕組みを採用する。これは単にJ-Debitをそのまま使うという意味ではなく、J-Debitで口座処理をする際に使われるネットワークや電文、プロトコルなどを流用することで、初期コストを削減する。

 これによって、既にJ-Debitと接続している金融機関同士ならAPI経由で容易にことらに接続できる上に、J-Debitと接続していない決済事業者でも、ことらのAPIを利用することで、個別に金融機関と交渉しなくても1000以上の金融機関に送金ができるようになる。既存の仕組みを使うため、ことらへ参加するためのコストは抑えられ、早期に幅広いネットワークを構築できるというのが強みだ。

 銀行などの金融機関が提供するアプリから送金する場合だけでなく、決済サービスアプリからことらを利用して銀行口座への送金も可能になる。ことらは既に、銀行口座に直結するJ-Coin Payや銀行Pay、Bank Payに対する話し合いを始めているという。公式アプリがないような小さな金融機関などでも、こうしたアプリに接続すれば、同様にことらを使った安価な送金が可能になるからだ。

●携帯番号やメールアドレスを指定するだけで送金

 こうした決済サービスのアプリや金融機関のアプリで送金を行う場合、今までは相手の口座番号などを指定するか、同じアプリの利用者同士である必要があった。そうしたアプリに「ことらで送金」といったボタンが用意され、送金相手の携帯番号やメールアドレスを指定するだけで、相手の銀行口座に安価に送金ができるようにする、というのが現在のことらの構想だ。

 これは、あらかじめ送金を受けたい側が自分の使うアプリから電話番号やメールアドレスなどの一意のIDを口座にひも付けるための申し込みを行うことで実現する。このデータベースをことら側で保持して、送金する側が指定したIDを元に、ひも付けられた口座に送金を行う、という仕組みになる見込みだ。

 これによって、使用しているアプリを問わず、相手の口座番号が分からなくても気軽に送金が行えるようになるというわけだ。

 ことらはあくまで裏側のシステムに相当するため、ことらがアプリなどを開発することはない。あくまで、J-Debit基盤に接続するためのAPIなどを提供し、それを事業者側が自社のアプリに組み込む形だ。

 送金額は現時点で最大10万円。これは何らかの法的根拠などではなく、既存の決済事業者の取扱金額から、ユーザーのニーズに応えられる金額を想定した。今後のニーズの変化などに応じて変動する可能性はあるとしている。

●決済サービスの垣根を越えた送金も可能に

 銀行口座直結以外の、例えばPayPayのような決済サービスだと、基本的には銀行口座やクレジットカードから残高をチャージして決済を行う。送金する場合も、残高内のバリューを送り合う形だ。そのため、例えばPayPayからd払いに残高を送る、というような相互運用性は成り立ちにくかった。

 ことらは、こうした相互運用性の実現にも取り組んでいく考え。実現方法は検討段階だが、例えばPayPayに「ことらで送金」ボタンが加わり、送金相手の電話番号を入力すると相手の決済サービスを問わずに登録された口座にPayPayの残高が送金される、という方法などがあり得る。この場合、これまでのように「一度残高から自分の銀行口座に出金し、それを改めて相手の銀行口座に送金する」という二度手間が発生しない。ことらの手数料はかかるが、銀行での送金よりも有料だが安価に送れる。これまで通りPayPay同士の送金なら無料で済む、といったすみ分けになるだろう。

 pringを買収したGoogleも、ことらを使えばpringの資産を使わずに金融機関と接続できる。ことらと接続するためのAPIの開発を、国内の開発者を抱えるpringが担う、という可能性もありそうだ。

 ことらの手数料は、銀行間の送金手数料よりは安価なので、決済事業者によっては優良顧客には月数回無料にする、といったサービスもあり得る。ことらの手数料にはJ-Debitのネットワーク利用料も含まれるというが、それでも従来よりも安価になるため、手軽に送金が可能になることが期待できる。

 銀行間の送金でも、基本的には個人同士をターゲットにしているため、例えば法人口座ではことらを利用できないようだ。今後は法人利用も検討するとはしつつ、まずは個人間の利用で全銀システムとのすみ分けを図る狙いだ。

●資金決済インフラをブレークスルー

 さらに、税金の支払いにことらを利用する計画もある。現在、税金の支払いなどでは、自動引き落としや役所の窓口に加え、請求書記載の番号を入力して振り込むPay-easyや、コンビニエンスストアで支払うという方法はある。昨今ではコード決済アプリの中で請求書のバーコードを読み込んで支払う方法も出てきている。

 総務省は請求書にQRコードを付与して振り込みを容易にする計画を示しており、ことらではこのコードを読み取って送金できるようにしたい考えだ。これもJ-Debit基盤を使うことらならではで、新たに自治体などと交渉しなくても、コード決済事業者がことらのAPIに接続すれば、請求書払いに対応したほとんどの自治体で、QRコードを使った支払いが可能になるとみられる。

 こうした機能は、一部の地方銀行から要望があったとのことで、窓口に行かなくても容易に税金の支払いができるという点がメリットだ。

 今後、次期全銀システムの議論も始まるが、そうした議論にはことらとしても参画し、全銀ネットとの役割分担も議論して、決済システムとしてのあるべき姿を議論していきたい、と川越社長。

 川越社長は「全銀ネットにはない機能をことらで提供する。全銀ネットには流れない、(個人間送金という)キャッシュの部分を拾い、ことらに接続する事業者がエンドユーザーに対して新しいサービスを提供できるようにしていく」と意気込む。ことらによって、「日本の資金決済インフラをブレークスルーするために取り組んでいる」と川越社長はアピールしている。