ソフトバンク 先端技術研究所は、技術展示イベント「ギジュツノチカラ ADVANCED TECH SHOW 2023」を開催。「次世代ネットワーク」「HAPS」「次世代電池」「自動運転」「次世代コンテンツ」「量子技術」の6つのテーマで研究開発中の技術を紹介した。
3月22日に実施した報道向け説明会から、展示の様子をお伝えする。
●ソフトバンク 先端技術研究所とは
ソフトバンクは2022年4月にR&D部門を改組し、「先端技術研究所」を発足した。今回のイベントは同研究所として初のオープンハウス(技術展)となる。
湧川隆次所長は「ソフトバンクの研究開発の特徴について、事業開発としての技術開発を重視していることだ」と説明する。研究サイクルは、大学などの基礎研究が10年程度のスパンで運用されているのに対して、先端技術研究所は3年スパンという短期型を採用。新分野の技術をいち早く社会に取り入れ、役立つサービスへと昇華されることにフォーカスしているという。
●上空から携帯エリア化する「HAPS」と次世代電池
ソフトバンクの研究開発の中でも、特に野心的なプロジェクトがHAPS(ハップス、成層圏プラットフォーム)だ。HAPSとは成層圏を飛行する通信プラットフォームの総称で、モバイル通信規格としては6Gにおける標準化の検討対象となっている。
一般に無線通信網は高い位置から電波を吹くほど広範囲のエリアをカバーできる。高度20キロを飛行する無人航空機に基地局を載せれば、1つの基地局で直径200kmの広範囲をカバーできる。HAPSの導入により山間部の携帯エリア化が実現できる他、ドローンなどで活用するための空中のエリア化も可能となる。
ただし、HAPSの実現には課題もある。とりわけ重要なのは機体の開発だ。HAPSには、モバイル通信用の機器を載せて飛行し、宇宙空間に近い成層圏で長時間対空できる無人飛行機が必要となる。ソフトバンクは傘下のHAPSモバイルという子会社を2017年に設立し、HAPSで活用するための機体の開発と技術実証を進めてきた。
HAPSモバイルは現在、Sungliderという無人飛行機を開発し、米国で試験飛行を繰り返し行っている。Sungliderは、尾翼のないグライダー型の飛行機で、一度離陸すると上空を周回しながら、6カ月滞空できる能力を有する。翼に備えたソーラーパネルで充電し、10個のプロペラを回して高度を保つ仕組みだ。
このHAPSに搭載するため、先端技術研究所ではリチウムイオン電池の研究も行っている。ソフトバンクはEnpower Japanとともに電池セルを開発し、エナックスと共同でHAPS向けの電池パックとしてパッケージ化している。HAPS用に開発したリチウム金属電池は、軽量さと高い出力を両立させており、市場で流通している高性能リチウムイオン電池を上回る高効率だという。
一方で、リチウム金属電池には弱点もある。充放電を繰り返すとセル内にリチウムデンドライトと呼ばれる樹脂状の不純物が堆積し、電池寿命が減少しやすいという性質がある。この性質は充放電中のバッテリーセルに高い圧力をかけると緩和されることが知られている。先端技術研究所では電池に圧力をかけ続ける機構の研究も行っている。
HAPSと地上局とのモバイル通信でも技術開発を進めている。これまでのモバイル通信は地上での利用を前提としたもので、空中環境での利用は想定されてこなかった。ソフトバンクは、空中で電波がどう伝わるのかを確かめるために、セスナ機に基地局アンテナを取り付けて、その性質を確かめる実証実験を行っている。
●遠隔監視プラットフォームで自動運転のコスト軽減を目指す
各国で実用化に向けた実証実験が進められている自動運転技術。ソフトバンクでは、自動運転技術を開発するMay Mobilityと協力し、東京・竹芝エリアで自動運転車両の実証運行を実施している。
先端技術研究所では、自動運転の関連技術として遠隔監視プラットフォームの開発を進めている。鉄道における列車運行管理システムのように自動運転車両を遠隔監視する仕組みだ。
2023年4月の道路交通法改正により、自動運転の「レベル4(特定環境下での無人運行)」が解禁となる。現状の法制度下では緊急時に停止操作が行える運転士が乗車していない場合に自動運転が実施できないが、法改正後は遠隔地で自動運転車両を監視し、緊急時に速やかに停止する体制を整えれば無人での運行が許可されることになる。
ただし、自動運転の普及においては、技術面だけでなく、コスト面でも課題が残されているという。自動運転車両は多数のセンサーや自動運転用のソフトウェアなどを搭載するため、車両1台あたりの単価は割高になる。運転士の人件費がかからないとしても、遠隔地で運行管理を行う人員は必要となるため、現状ではタクシーやバスの有人運転よりも多くのコストがかかる状況だという。
ソフトバンクでは現状、3台の車両を1人で管制する体制で自動運転車両の実証実験を行っているが、その体制を取っても有人運転よりも割高となっている。そこで先端技術研究所では、自動運転の運行コストを削減するための将来的なサービスとして「1人の運行管理者が100〜1000台の車両を管制できる遠隔監視プラットフォーム」の開発を進めている。
次世代の遠隔監視プラットフォームでは、AIによる処理で情報をふるい分け、対応が必要な情報のみを運行管理者に通知する。車両などのカメラ映像を人の目で監視する現状のシステムと比べて、より多くの台数を効率よく管理できるようになるとしている。
車両側の対応だけでなく、道路におけるセンシングや、デジタル地図の整備などの技術的な課題も存在する。前者においてソフトバンクでは、セルラーV2Xを活用して路上の障害物を検知するシステムの技術検証を行っている。デジタル地図の整備については、点群データなどを韓国NAVERグループの開発したデジタルツイン技術を採用し、航空写真などを活用した効率的な地図整備を進めている。
●テラヘルツ波、光無線通信――6G時代の無線通信技術
2023年時点では5Gが普及途上にあるが、その先の世代、いわゆる6G/Beyond 5Gを見据えた次世代ネットワークの開発が始まっている。ソフトバンクでは、モバイル通信サービスを構成する無線アクセス、RAN、コアネットワークの3つの要素でそれぞれ研究開発を行っている。
無線アクセスでは、6Gではテラヘルツ波の活用が視野に入る。テラヘルツ波は5Gのミリ波よりも高く、電波と光の境界面となる帯域だ。ミリ波の3倍以上の広大な帯域幅の活用が見込まれるが、直進性が高く、障害物の影響を受けやすいという性質がある。
ソフトバンクは、テラヘルツ波を活用するために「回転反射鏡アンテナ」を開発している。端末の位置に応じて360度回転し、効率的な通信を実現するアンテナだ。高速な回転も可能としており、テラヘルツ波のビームを全方位でスキャンし、通信効率を高められるという。
イベントでは、回転反射鏡アンテナがデバイスの位置に応じて回転し、300GHz帯テラヘルツ無線の電波を回転反射鏡アンテナで受信するデモンストレーション展示が行われた。将来的にはアンテナをチップ化し、小型化した上で実用化を進める方針だという。
テラヘルツ波のさらに先、光の領域における無線通信技術の開発も行われている。いわゆる光無線通信で、赤外線から可視光線までの間の波長の電磁波を用いて遠方の機器との通信を行う技術だ。
光は数十キロ先まで通信できる直進性を持つが、その直進性の高さゆえに活用が困難とされてきた。例えば、無線発射角が1度ずれると、10km先の到達地点は174mものずれが生じてしまうという。また、遮蔽(しゃへい)物にも大きく影響されるため、例えば「雨が降ると通信できない」など通信品質が気象に大きく左右される。これらの課題から、これまでモバイル通信としての実用化は困難とされてきた。
ソフトバンクは、光無線通信を実用化するため、数年にわたって検証を重ねている。発射角・入射角のコントロールにおいては、鏡によって正対制御機構を備えた通信装置を開発しており、今回のイベントでは撮影不可の展示として公開した。
光無線通信の2つ目の課題となる気象への対応については、1年間の技術検証でデータを蓄積し、空気中の水分量がどの程度あると通信への影響が生じるのかを検証しているという。デモでは、光無線通信のためのシミュレーターを開発し、反射光を制御して通信を行う仕組みも紹介した。
ソフトバンクは、光無線通信を商用の無線サービスのバックホール回線として活用できないか検討を進めている。光無線通信を離島との通信網のバックホールとして活用することで、晴れた日には5Gによる高速通信が可能となるという。
3月には小豆島に光無線通信を行う試験局を開設し、実環境での検証を開始している。今後、1年程度かけて通信品質を検証し、一定の通信品質が確保できる場合は、商用サービスへの導入も検討するとしている。
ソフトバンクは今後、ドローンやHAPSと地上局の通信への、光無線通信への応用も模索していくという。対ドローンでは、最大10Gbpsの高速通信が可能となるため、4Kや8Kの大容量映像を圧縮なしで送信するなど、新たな用途の発掘も期待される。
●vRANにNVIDEAの技術を活用し、通信負荷に応じてMECと使い分ける
vRANでは、ソフトバンクが検証している2つのアプローチを紹介した。vRANとはvirtual Radio Access Networkの略称で、無線アクセスネットワーク携帯電話基地局のアンテナからコアネットワークまでをつなげる部分(RAN)の機能を、汎用(はんよう)プロセッサを用いて実装し、カスタマイズ性を高める取り組みを指す。
ソフトバンクはvRANにNVIDEAの技術を活用し、5G RANとMECを融合した通信環境の構築を検証している。MECとは5G基地局内でエッジコンピューティング処理を行う技術で、自動運転車の映像の処理や対戦ゲームのストリーミング配信など、即応性の高い処理への活用が期待されている。通信負荷が高い状況では汎用GPUをvRANで活用し、負荷が低い状況では汎用GPUをMECとして用いることで機器の使用効率を高め、ネットワーク運営全体のコストを抑えることができるという。
また、ソフトバンクは日本に本拠を置くスタートアップ企業EdgeCortixと提携し、AIを高速で処理する技術を無線アクセラレーターに応用する検証を進めている。この技術を適用するのはRANの中でも「低密度パリティチェック(FDPC)」という処理で、vRANの実現を進める中で計算負荷が課題となっていた部分だ。この処理にEdgeCortixの推論技術を適用することで、市販のFPGAエンコーダーによる結果と比較して10倍高速な、36Gbpsのスループットで処理が行えることを確認したという。
●通信障害に強い新たな5Gコアネットワークを構築
コアネットワークでは、東京大学と共同で開発している「プロシージャ型処理を用いたステートレスな5Gコアネットワーク」を紹介していた。これは、モバイル通信網の中枢部分を見直し、通信障害に強い形へ再構築しようという提案だ。
モバイル通信のコアネットワークは、ネットワークの機能ごとにNF(Network Function)と呼ばれるノードの集まりで構成されている。各NFで端末の状況(ステート)を保持する仕様となっているため、1台の端末と通信を行うためにコアネットワーク内部で多くの通信が発生する。これは通信障害の発生時の対処を困難にする要因にもなっている、どこか1つのNFで障害が発生すると、ステートの整合性が取れなくなるため、通信処理の失敗が波及的に拡大し、通信が集中して処理仕切れなくなる輻輳(そう)と呼ばれる状況に至ってしまう。
ソフトバンクが提案する新たな5Gコアネットワークは、通販サイトに着想を得ている。大規模な通販サイトのサーバは、1億規模のリクエスト処理をスムーズにさばくことができる。それを参考として、ステートを1つのデータベースで集約管理し、同期処理を省いて効率化するというのが新たな5Gコアネットワークの概要だ。
この仕様は3GPPの業界標準とは大きく異なるが、通信障害時に強い構成となり、ユーザー規模に応じたコアネットワークの拡張がしやすくなるという利点があるという。3GPPの標準仕様からは大きく外れるため、スマートフォン向けの5Gコアネットワークを置き換えるものとはならないが、IoT端末向けのネットワークなどでの採用を検討しているという。
●XRコンテンツと量子技術の研究開発も
先端技術研究所では、次世代の映像体験や量子コンピュータの研究も行っている。
映像体験では、XR技術を用いた新たなコンテンツ体験の研究開発を行っている。デモンストレーションでは、音楽ライブの体験を向上させる技術を紹介していた。このうち、ARマーカーによる位置推定を応用し、スマホからVR空間に“投げ銭”できる技術が紹介されていた。
量子コンピュータの分野では、量子暗号技術をモバイル通信において適用し、安全な通信が担保できるかを検証しているという。ソフトバンクは量子コンピュータのユーザーとして、通信分野で暗号化技術の活用を検討しているという。