IT業界に身を置く人なら、情報処理推進機構(IPA)から「スーパークリエータ/天才プログラマー認定」を受けた「登大遊」の名を一度は聞いたことがあるだろう。高いセキュリティレベルと、高速なスループットを兼ね備えたVPNソフト「SoftEther」を開発し、2000年代前半からその名を轟かせてきた登氏は現在、IPAに所属するかたわら、筑波大学の准教授や、自らが学生時代に起業したソフトイーサ社の代表を務めている。

 登氏はこれらの仕事に加え、4月1日付でNTT東日本に非常勤社員(特殊局 特殊局員)として入社。NTT東日本とIPAの共同施策として、シンクライアントVPN「シン・テレワークシステム」の開発に携わってきた。

 シン・テレワークシステムは、ユーザーが自宅にあるPCに専用アプリをインストールすると、オフィスなどにあるPCを遠隔操作できる仕組み。無料で利用できるだけでなく、セキュリティ性能が高い点と、煩雑な利用手続きが不要な点が、コロナ禍において急な在宅勤務を強いられたビジネスパーソンから支持され、11月4日時点でユーザー数は8万6978人に上る。

 そんな幅広いビジネスに取り組む“天才”登大遊氏と、同氏をNTT東日本に誘った山口肇征氏(特殊局 特殊局員)が、10月末にオンラインで開催された「CEATEC 2020 ONLINE」の講演に登壇。シン・テレワークシステムの開発秘話などを紹介した。

●シン・テレワークシステムは約2週間で公開

 講演で明かされたところによると、両氏が勤務する「特殊局」は、「β版→無償公開→サービス化」というプロセスで、サービスを素早く開発することに特化した組織。NTT東日本はこれまで同様のプロセスを採用しておらず、この部門ができたのは4月1日のこと。新型コロナウイルスの感染が拡大し、いつ緊急事態宣言が出されるか誰もがやきもきしていたころだ。多くの企業でリモートワークがスタートし始めた時期でもあった。

 そんなときに登氏がNTT東日本に入社したきっかけは、特殊局の立ち上げ前に山口氏と出会って意気投合したことだという。山口氏によると、NTT東日本に非常勤という制度はなかったが、「登さんと仕事をしたい」という一心で約半年かけて社内調整を進め、制度を作って迎え入れたという。

 そして登氏は、入社からわずか3日後の4月4日に、コロナ禍を踏まえて「リモートワーク用のシステムを作りたい」と提案した。これが後のシン・テレワークシステムになるわけだが、提案後すぐに社内稟議が通るなど、かなりの早さで準備が進んだ。実証実験としてリリースしたのは、提案から17日後の4月21日。開発費用は65万円だったという。

 “爆速”でリリースできた技術的な要因は、SoftEtherのソースコードを利用していることや、以前から登氏が研究用として運用していたNTT東日本のダークファイバー(他者に貸し出すために敷設した光ファイバー)を利用していることだという。

 開発費を抑えられた理由は、高価な大手メーカー製のハードウェアを一切用いず、約50台のRaspberry Pi、一般消費者向けのPC、「ヤフオク!」で落札したネットワーク機器などを使ったことだとしている。

●“真の理由”は創造性

 ただし登氏によると、シン・テレワークシステムを生み出すことができた“真の理由”は、技術やハードウェア面の工夫ではなく、学生生活や社会人生活を通じて創造性を培っていたことだという。創造性を伸ばすことができた背景には、所属する組織に、彼の振る舞いを「けしからん」と叱りながらも自由な取り組みとして黙認してくれる土壌があったからだとしている。

 例えば、筑波大学在籍中に開発したSoftEther自体が「けしからん」ものだった。というのは、SoftEtherを企業や自治体に無償配布し始めた約15年前、ユーザーから「VPNとしての性能が強力な割には、利用が簡単すぎてセキュリティに悪影響が出る」「自治体のファイアウォールを貫通した」などのクレームが舞い込んだという。それを受けた経済産業省が慌てて、登氏に配布停止の要請を出す事態になった(のちに配布を再開)。

 他国の政府から「けしからん」と目を付けられることもあった。例えば、とある中国人ユーザーが、中国政府のネット検閲システム「グレートファイアウォール」を突破するためにSoftEtherを使用。検閲システムの管理者はこれを問題視し、中国のユーザーがSoftEtherを利用できないようにした。

 そこで登氏はSoftEtherを拡張し、中国政府が簡単に遮断できないようにした。これを受けて中国政府が対抗策を講じるなど、攻防は何度か続いたという。

 登氏は、こうしたトラブルを経験しながらも、めげることなく「もっと面白いことがやりたい」と発奮。筑波大学の研究室で飼っているハムスターの様子をネットで中継するなど、さまざまな研究を行った。独自の研究を行う中で、ネットワークの混雑などの問題をたびたび引き起こしたが、大学側は「また変な通信実験をしているのだろう。仕方ない……」と黙認してくれたという。

 登氏は学内での実験では満足できず、つくば、水戸、銀座、渋谷、丸の内、大手町、池袋のNTTビルに自前のネットワーク設備をコロケーションし、独自の実験用IP網を構築した。自前の広域網ということもあり、実験を自由に行えることから、街中でも数々の“遊び”を実施。実験のコストは、学内スタートアップとして起業したSoftEtherから得る利益でまかなった。このときに構築した超低遅延のネットワークがその後改良され、シン・テレワークを支えるバックボーンになっているという。

●組織が「大人になること」を求めると、才能はつぶれる

 登氏がこうした「けしからん」実験と並行して改良を重ねた結果、最新版の「SoftEther VPN」は現在、全世界の480万ユーザーのサーバで動作し、数百万人が利用する著名サービスへと育っている。

 だが今の日本では、登氏のように自由な発想のもとで画期的なサービスを生み出せる人材はまれだという。登氏の見立てでは、日本の大企業には世界と比較して勝るとも劣らない、優秀な若い人材や設備などがそろっている。しかし、GAFA(Google、Amazon.com、Facebook、Apple)のようなプラットフォームを生み出せる人はあまりいないとみている。

 その理由について、登氏は「日本の大企業に、若い人のアイデアを生かせる環境がないことだ」と指摘。日本企業が一皮むけるためには、若い人による独自のプログラミングや実験を黙認したり、ネットワークを自由に使える土壌や環境を整えることが重要だと説いた。

 これまで述べた通り、登氏の学生時代は、遊び感覚で面白いプログラムを書くことや独創的な実験を行うことを許してくれる環境があった。そこからは同氏だけでなく、可能性に富んだ人材がたくさん登場し、大企業などに入社した。だが現状、多くの若い技術者は、組織の論理のもとで“大人”にならざるを得ず、独創性や創造性を失ってしまっているという。

 こうしたケースを防ぐためにも、独創的な実験やプログラミング、ネットワーク利用を黙認する寛容さが組織に求められると登氏は訴える。

 「Mosaic、WinNuke、BackOrifice、Napster……。世界中のモノ好きがPCやネットで遊びながらこれらのサービスを生み出し、無限の可能性を感じた時代があった。この時の若手の成長が、次の30年の全てのICTビジネスの基礎となった。(日本企業は)この『けしからん』時代を思い出そう」(登氏)