テレビドラマ「半沢直樹」が大人気となり、私も一視聴者として楽しませていただきました。

 その一方で気になったのが、仕事の進め方がやたらとアナログな点です。銀行というお堅い業界とはいえ、書類はファイリングしてからダンボールに詰めて倉庫に保管し、常に電話で連絡を取りながら現地に足を運んで人づてに情報を探り出すのは、汗をかいて足で稼ぐ昭和的なスタイルです(演出上の都合ですが)。

 しかしスマホやタブレットやクラウドを使いこなす描写もあり、IT企業への大型融資など時代に即した面もあります。

 そこで時代性をもっと取り入れて、半沢直樹が勤める東京中央銀行でもAIやDX(デジタル・トランスフォーメーション)、RPAなどのデジタル化を推進していたらどうなったかを考察してみます。

●トラブルがなくなり倍返しもなくなる?

 まずは大量の書類がなくなるので、会議の度に資料を印刷したり、ファイリングやダンボール詰めしたりもせず、FAXも使われません。

 連絡手段も電話ではなく、履歴や内容が残るチャットツールに置き換わり、遠隔地との打ち合わせも直接足を運ぶことはなくWeb会議で行います。つまりデータが残らない連絡手段は使われません。

 このようにAI・DX・RPAによるデジタル化が進んだ東京中央銀行では、何が起こるのでしょうか。

 ドラマでは大型融資の判断、情報漏えいの捜査、証拠の隠蔽、シュレッダーからの書類の復元、粉飾決算の発覚、資料の行き違いによるトラブル、過去の融資記録の追求、社内の生き字引への聞き込み、重要書類を収めたダンボールの捜索、不正な資金移動の発見など、銀行を舞台にしたさまざまなスリリングなやりとりがありました。

 大量の情報を分析する、不正や問題を見抜く、証拠や履歴から異常を探る、過去のデータをさかのぼる、必要な情報を発見するといった能力は、AIが得意とする分野です。つまり、AI導入が進んだ東京中央銀行ではAIがトラブルを未然に防ぐか、すぐに解決してしまうことでしょう。

 半沢直樹が倍返しすることもなく、銀行員として平穏に仕事をこなす毎日を過ごすだけで、魅力である人間ドラマも熱い駆け引きも、歌舞伎役者による顔芸もありません。

●一方、現実の銀行は

 やはり創作であるドラマに、リアリティーを求めるべきではありませんね。

 もちろんAIとて万能ではありませんし、AIベンチャーで不正経理が発覚した事例もあるので、道具として企業が使いこなせるかが重要です。

 一方で現実の銀行では、AI・DX・RPAによるデジタル化が叫ばれており、日々導入や活用が進んでいます。

 昨今のテレワーク導入やハンコ廃止にとどまらず、紙書類の削減、通帳の廃止、支店統廃合、週休3日制など、デジタル化に伴ってさまざまな動きがあります。皆さんも銀行窓口の手続きでタブレットを使うなど、実感があるかもしれません。

 デジタル化が進む業務の一つは、一定のルールに基づくアナログな単純作業の自動化です。いわば新人や派遣社員、外注先が担当していた作業は、デジタルに置き換えやすいのです。

 技術の進化で人間と同等かそれ以上の精度を出せるようになっており、将来的には人間よりも低コストになるでしょう。

●AIが銀行の経営判断を行う日は来るか

 対して、企業買収(M&A)や人材のマネジメントなど、複雑な条件に基づく意思決定においてAIは人間を補助する役割となります。

 終身雇用と年功序列が前提の日本企業では、入社から数年は単純作業や現場を経験しつつ、異動や転勤を重ねるジョブローテーションを積むのが一般的でした。

 特に銀行という組織では、年功序列、入社後の経歴の他に、派閥や学閥、合併前の所属元なども影響します(半沢直樹でも合併前の所属組織による対立や、銀行と出向先の証券会社における上下関係が描写されています)。

 つまり重大な意思決定を行う組織の長は、経験を積み、人脈を作り、いろいろな仕事を覚えた人間が携わるべきという前提があるのです。

 この、過去を遡って大量のデータを多角的に分析して最適な判断を考える能力は、やはりAIが得意とする分野です。

 仮定の話ですが、もしも複雑な条件に基づいた意思決定において、AIが人間よりも高性能かつ低コストになれば、高い給料の偉い人よりもAIが判断する方がメリットがあることになります。

 しかし銀行における意思決定は年長者・役職者の仕事であり、上の判断と意思決定が正しい前提の元で、部下が行動するのが鉄則です(ドラマでは頭取のために働くのが正しい銀行員とされても、会社の命令ではなく自分の正義に従って行動する半沢直樹に魅了されるのですが)。

 仮にAIによる意思決定が年長者・役職者・経営陣よりも優秀になれば、役職という概念はもちろん、終身雇用や年功序列という組織の大前提が崩れます。そしてAIを導入すべきかの判断を下す側にとって、自分の立場を脅かす存在は不要です。

 また、終身雇用と年功序列の組織で働き続けた年配年員は簡単にリストラできませんし、単純作業をやらせる意味もありません。

 合理的かどうかはさておき、AIが進化しても年長者や上層部をAIに置き換える理由がないのです。

●AIによる意思決定を阻むもう一つの理由

 そして半沢直樹を見れば、AIによる意思決定を拒むもう一つの大きな理由が分かります。

 AIはどれだけ技術が向上しても、精度100%で完全という保証はなく、間違いは避けられません。もしもAIによる意思決定で問題が起こったら、誰がどう責任を取るのでしょう?

 問題を起こしたAIを修正するだけでは、事態を収拾できないでしょう。金融業の社会的意義は大きく、AIに対する責任の所在や、世論の反発も予想されます。取引先や競合他社に対する面子もあり、監督する金融庁は沽券(こけん)にも関わります。

 そこで最後に残るのは、責任や謝罪やケジメといった、いわば感情論です。

 ここで半沢直樹における「土下座」という答えがあります。土下座はいわば最後の切り札。根本的な解決策ではありませんが、組織と感情の面では非常に有効です。

 人間の土下座によって関係各所の留飲を下げることができても、AI自体は責任を取ることはできません。人間が退職すれば反感は収まりますが、AIを停止させても納得はしません。

 理論ではなく感情が勝る場面において、責任を取れるのはAIではなく人間であり、土下座なのです。

●テクノロジー利用の責任の取り方は東証のシステム障害会見に学べ

 では、テクノロジーの利用における責任は、感情論としての土下座でいいのでしょうか。批判的な感情に対して、事態を収集させる手段は土下座だけでしょうか。

 失敗すれば担当者をクビにして、別の人間にすげ替える罰ゲーム要員を配置しても、組織におけるデジタル化は進みません(ドラマでも銀行における減点主義が描写されており、失敗すれば出世どころか安定した地位さえも脅かされます)。

 このような複雑化するITにおける責任問題について、一つの形を見せたのが東京証券取引所です。

 10月1日に発生したシステム障害で丸一日取引をストップすることに。これを受けて同社が当日夕方に行った記者会見が注目を集めました。

 昨今における金融業のトラブルといえば、ドコモ口座と地方銀行の連携や、7pay(セブンペイ)などが悪い意味で注目されました。遡れば仮想通貨の流出、証券会社の発注ミスやシステムダウン、みずほ銀行の大規模システム障害、日本IBMとスルガ銀行における裁判などもあります。

 こうした場面ではシステムを開発するIT企業側の問題が追求される事が多く、金融機関が社名を公表して批判することもありました。

 しかし記者会見において東京証券取引所のCIOは、責任の所在を開発元の富士通ではなく東証であると明言しました。

 その上で、障害発生の経緯や判明している故障の原因、障害発生時における内部での対応など、丸1日取引停止に至った経緯や判断を明確に説明しました。歯切れの悪い回答に終始せず、追求するマスコミ側の質問における問題が際立った記者会見となりました。

 もしも東証がシステム開発側に向けた犯人探しや責任を押し付け合う他責思考であったならば、謝罪と風化による世論の沈静化にとどまり、内々の組織論による処罰と人員交代だけに終わっていたかもしれません。この場合、根本的な解決に至らず、いずれ同じことを繰り返すことになるでしょう。

 そのような考え方をしなかったのは、過去に大規模なシステム障害を経験した東証が、自分たちで積極的に技術を理解しながら、リスクを負ってでも新しいシステムを導入した結果といえます。

 大事なのは感情と責任と組織の体面ではなく、技術の理解によってミスを減らしながら障害発生時に適切に対処することです。デジタル化における判断は半沢直樹に出てくる帝国航空でも同じことがいえます(航空機の安全は失敗からの改善による歴史でもあります)。

 そこにトップによる判断と組織における責任を追う姿勢が問われますが、東証は過去の失敗から組織変革を成し遂げたことでリスクを負ってでも最新技術の理解と導入を進められたのでしょう。併せて利用者側としての責任も明確にすることで、システム開発を担当する富士通のエンジニアとも信頼関係を構築できたのではないでしょうか。

 組織が変わることで、新しい技術を導入して活用できるようになった好例といえるでしょう。逆に感情論や組織論による自己保身ばかりを考えている組織では、AIに限らず技術の活用は進まず、単純作業の置き換えとコスト削減が関の山です。

●技術だけでも土下座だけでも組織は変えられない

 ドラマの最終回において、半沢直樹は銀行を変えたいと熱望します。組織を変えるのはあくまでも人間であるという、熱い志に心を打たれる場面です。「だったらお前が偉くなれ」と檄を飛ばされて、ドラマはエンディングを迎えます。

 技術だけでも土下座だけでも、組織を変えることはできません。現実でもAI・DX・RPAによる変革が叫ばれますが、実現には技術の理解、責任転嫁の脱却、外注依存の転換、経営陣を含めたITリテラシーの向上など、全社的な取り組みが必要になるでしょう。

 では、ドラマの続編を予想して、半沢直樹が出世して偉くなるにはどうすればいいでしょうか?

 長引く不況で経営不振に陥る東京中央銀行において、半沢直樹は経営効率化と業績回復という実績作りを計画します。

 そこでデジタル化による大幅な人員削減と業務効率化を提案して、リストラ責任者として合理化を推し進めれば、功績を認められて出世できるでしょう。

 ……現実の銀行ならあり得るでしょうが、半沢直樹のドラマとしては絶対に見たくない展開ですね。

 やはりドラマにリアリティーを持ち込んではいけません。