トランプ米大統領が政権移行への協力を認める方向となり、バイデン次期大統領の閣僚人事が進められている。トランプ政権下で締結された米国主導の有人月面探査「アルテミス計画」が注目を集める一方、これまで政権交代によって消えた宇宙政策もある。新政権での宇宙政策はどうなるのか──。宇宙専門の米メディアの報道などから、米航空宇宙局(NASA)を始めとする科学関係の政府機関の動向を追った。

●宇宙関連計画は基本的に長期スパン 複数の政権をまたぐこともざら

 宇宙政策はそもそも、経済や新型コロナウイルス感染症対策といった課題に比べ、大統領選の争点になりにくいという事情がある。NASAの宇宙探査など大型の計画の実施には時間がかかり、5年、10年のスパンで複数の政権をまたいで進められることも少なくない。

 例えば、11月15日、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の野口聡一宇宙飛行士が搭乗したSpace Xの新型宇宙船「Crew Dragon」(クルードラゴン)の開発までには、2005年のブッシュ政権時代に計画の策定、オバマ政権下で10年にSpace Xなどの有人宇宙船開発企業を選定、トランプ政権で20年に実現という経緯があった。つまり、地球低軌道への宇宙輸送民間化は計画から実現まで15年の年月がかかっている。

 バイデン政権となる今後は、民間宇宙ステーションの開発へと発展する方向となっており、低軌道の民間化は恐らく20年以上の時間をかけて進められる。

●政権交代に翻弄された宇宙計画

 もちろん中には政権交代によって消えた宇宙計画もある。

 共和党のブッシュ政権から民主党のオバマ政権に移行した後は、大型ロケット「アレス」開発を含む月・火星探査計画「コンステレーション計画」が中止となり、宇宙探査向けの大型ロケット「SLS」と「オライオン」宇宙船の開発に切り替えられた。

 オバマ政権時代に小惑星探査を盛り込んだ「小惑星再配置ミッション」(ARM)は議会が難色を示したこともあり、トランプ政権に入った18年にはNASA予算から消える形で中止となっている。

 ではバイデン新大統領がどの程度まで現在の宇宙計画を引き継ぐのか、また新たな計画を始動するのかという点だが、まだ情報は少ない。

 これまで20年の選挙戦中に両大統領候補が宇宙政策を巡って論戦するといったことはなかった。また新政権の宇宙政策はまだ発表されておらず、政権移行チームの政府機関評価委員がNASAを始めとする機関のレビューを行っている最中だ。

●新政権でも「アルテミス計画」は継続か

 とはいえ、バイデン次期大統領はオバマ政権時代に副大統領として宇宙計画の実施に関わっていること、また科学技術を重視する姿勢などから、ある程度は事前に政策の方向性を予想できる。

 その核になるのは、20年8月に採択された民主党の政策綱領だ。第2項「強力かつ公正な経済の建設」には、NASAの行う月の有人探査、火星探査、太陽系探査活動を支援する旨が明記されている。また、NASAと米海洋大気庁(NOAA)による気候変動を解明するための地球観測ミッションを支援するとも書かれている。

 こうしたことから、現在進められている有人月探査を含む国際宇宙探査「アルテミス計画」は引き続き実施というのが、新政権の宇宙政策に関する米宇宙専門メディアの見方だ。

 特にアルテミス計画については、10月に国際的な宇宙探査協力の指針となる「アルテミス合意」を日米、およびオーストラリア、カナダ、イタリア、ルクセンブルク、アラブ首長国連邦、英国のパートナー国で結んでいる。

 アルテミス合意は罰則を伴うものではないが、国際的な合意をすぐに米国側の都合でほごにするということは考えにくく、ある程度は実行を後押しするものと考えられている。

●月面有人探査の目標年は? コロナ禍で延期多発の可能性

 一方で、アルテミス計画を目標通りの年に実施できるか、という点については否定的な見方が強い。

 月・火星の有人探査を目標とする活動はオバマ政権時代から進められており、17年にトランプ大統領が宇宙政策指令-1(SPD-1)に署名し、有人月探査及びその後に火星探査を実施することを正式に決定した時点では、米国の宇宙飛行士による月面再着陸は28年を目標としていた。

 しかし19年3月、NASAの月面再着陸目標が大幅な前倒しとなる24年になるとペンス副大統領が発表した。前倒しの理由は明らかにされていないが、トランプ政権が2期続いた場合、24年は2期目の最終年となり、任期中に月面着陸の復活を実績としたい意向があったとみられている。

 18年にNASA長官に就任した元共和党議員のジム・ブライデンスタイン氏は、アルテミス計画の目標達成に向けてリーダーシップを発揮してきた。

 とはいえ、技術的な要となる有人着陸システム(HLS)の開発のため、21年度予算としてNASAが要求した37億ドルの予算は、議会で最終的に10億ドルと大幅減額を強いられた。

 また11月12日付で発表されたNASA監察総監室(OIG)の報告では、COVID-19などの要因で計画が遅延する可能性が高いという指摘が上がっている。SLSロケット・オライオン宇宙船の組み合わせによるアルテミス無人実証機「アルテミス1」の実施は3年、有人による月周回実証「アルテミス2」の実施は2年遅れる可能性が高いとの見方だ。

 すでにアルテミス1は打ち上げ目標を20年から21年に延期している。新政権はアルテミス計画の実施は堅持するものの、実行目標をより現実的な年に再設定するとみられている。日本は19年10月にアルテミス計画への参加を表明し、20年代後半に日本人宇宙飛行士の月面着陸を目指しているが、この目標も玉突き的に遅れるとみられる。

●新政権で温室効果ガス観測衛星の復活も

 気候変動の分野も、新政権で大きな動きがあるとみられる分野の1つだ。NASAの計画では、気候変動の解明を目標とする「地球科学プログラム」が新政権で復活するのではないかとの期待が米宇宙専門メディアを中心に高まっている。民主党綱領に「気候変動との闘い」が挙げられている上、バイデン氏が21年の大統領就任後にパリ協定へ再加入する方針を示しているためだ。

 現職のトランプ大統領は気候変動対策に冷淡で、NASAの研究分野を縮小するとともに事業をNOAAへ移管するなど、地球観測プログラムはトランプ政権下では縮小された。

 現政権の影響でNASA・NOAAの連携は当面続くと考えられるものの、予算が縮小された温室効果ガス観測衛星の復活など具体的な施策が早期に実施される可能性もある。

●次期NASA長官は誰? 現職長官は辞任表明も根強い続投論

 次期NASA長官の人事にも注目が集まっている。約1万7000人の職員を抱える世界最大の宇宙機関NASAを率いる長官は、これまで政権移行後にホワイトハウスから指名され、投票によって議会の承認を受けて就任してきた。政権移行とともにNASA長官も交代するのが慣例だ。

 現在のジム・ブライデンスタインNASA長官は、トランプ政権発足時の17年に指名を受けて18年春に就任。指名当時は共和党の元議員だったブライデンスタイン氏に対して、政権の意向を受けてNASAから地球観測プログラムを縮小しに来たとの見方があり、党派性が強すぎるとの懸念の声は強かった。

 18年春の投票ではわずかな差で承認されることになったが、実際には就任後のブライデンスタイン長官は「共和・民主両党のバランスをとって公平性のある運用を実現した」との評価が高い。オバマ政権時代のチャールズ・ボールデン前長官とも連携し、2010年からスペースX、ボーイングが開発を進めてきた民間宇宙船の飛行をついに実現させ、5月の有人飛行実証「Demo-2」、そして野口宇宙飛行士が搭乗した運用段階の「Crew-1」にこぎつけたことは記憶に新しい。

 ブライデンスタイン長官は地球観測プログラムに対しても当初の予想に反して一定の理解を示し、予算カットはあったもののNOAAへの協力も惜しまなかった。NOAAが運用する気象観測衛星のデータ受信と地上の5G通信網の間で電波干渉問題が発生した際には、連邦通信委員会(FCC)へ先頭に立って申し立てを行うなど調整に尽力している。

 こうしたリーダーシップと人柄への評価から、選挙期間中からブライデンスタイン長官の続投を望む声があった。政権交代と連動するのが慣例とはいえ、1990年代にはブッシュ政権からクリントン政権をまたいでダニエル・ゴールディン元長官が続投したという先例がある。同様のケースは今回もありうるのではないかというわけだ。

 続投を希望するネット署名活動まで行われたが、ブライデンスタイン長官自身がこうした見方を否定し、辞任の意向を示した。航空宇宙専門誌Aviation Weekへのブライデンスタイン長官のコメントによれば、「NASA長官職は大統領と緊密に連携する必要があり、バイデン新大統領とはそうした関係を築くことが難しいためふさわしくない」という。こうして、ブライデンスタイン長官は惜しまれてNASAを去ることになった。

●新長官候補には女性がずらり

 新長官の候補には、元宇宙飛行士で米国防高等研究計画局(DARPA)や連邦航空局(FAA)の商業宇宙局の経歴を持つパメラ・メルロイ氏、航空宇宙分野の研究機関「エアロスペース・コーポレーション」の元代表ワンダ・オースティン氏、NASA出身のグレッチェン・マクレイン氏、ロッキード・マーティンの前バイスプレジデントであったワンダ・シグール氏、下院の科学技術宇宙小委員会の宇宙航空分科会で議長を務め、今回の議会選挙で落選した民主党のケンドラ・ホーン氏らの名前が挙がっている。

 いずれも航空宇宙業界の実績を持つ女性で、バイデン新大統領とハリス新副大統領のもとでNASAを率いていくとみられている。