いつものごとく担当の松尾さんから「BroadcomによるVMware買収が決まったわけですが、Intelとかパット・ゲルシンガーとかとの三角関係的なところとか、なぜ半導体メーカーがソフトウェア企業を買収するのかといったところの解説記事、もし可能であればお願いしたいと思うのですが、いかがでしょう?」というメッセージが飛んできた。いや流石に三角関係はないとおもうんですが。ということで、簡単に背景を。

 まず事実関係について。こちらにまとめられているように、BroadcomはVMwareを610億ドルで買収する。この際同社の抱えていた負債80億ドルも引き受けるので、合計では690億ドル。5月26日の為替レート(1ドル127.48円)で換算すると8兆7960億円もの莫大な金額になる。

 普通に考えると超大型買収ということになるが、2018年のQualcomm買収の騒ぎの時には総額1300億ドルを提示していたことを考えると、Broadcomの視点からすればさして高額という訳でもないのかもしれない。

 もともと旧Broadcom(Broadcom Corporation)にしても、そのBroadcomを買収してBroadcom Inc.に改称した旧Avago Technologiesにしても、企業あるいは部門を買収して大型化してきた企業である。まずは両社のプロフィールをご紹介したい。

 旧Broadcomは1995年にヘンリー・サミュエリとヘンリー・ニコラス3世という2人のヘンリー博士によって創業され、1998年には早くもIPOを果たしている。

 2人ともUCLAの卒業生で、どちらも博士号をデジタル信号処理に関する論文で取得している。こうした理由でBroadcomもデジタル信号処理を得意とした会社として立ち上げられた。

●Broadcom、創業早々に次々と買収開始、買収されても買収を続ける

 ただデジタル信号処理の基礎そのものはBroadcomが独自に立ち上げたとしても、それを製品に応用するためにはさまざまな業界向けのユースケースなどに対応する必要がある。そうしたことを学ぶよりも、そうした用途向けの製品を作っている会社を買収し、そこにBroadcomの技術を入れていく方が立ち上げは早くなる。

 そんなわけで同社は1999年からまずネットワークやストレージ、VoIP/DSP、ワイヤレスなどに関連した企業を次々買収、ラインアップを拡充していく。

 ヘンリー・ニコラス3世の方は2003年にBroadcomを去るが、この時までに23もの会社を買収(2000年は、それこそ毎月1つ会社を買収していた)、ヘンリー・サミュエリ博士は2008年に取締役会会長の座を退くが、この時点では38もの会社が買収されている。

 最終的にAvago Technologiesによって買収されるまでの間に、合計54もの会社(最後に買収したのは、ネットワーク業界でも老舗の1つであるEmulexだった)を買収している。有名どころではNetLogic MicrosystemsとかSiByteなどがある。SiByteはこちらの記事で触れた、P.A.Semiのダニエル・W・ドバープール氏がDECを退職後に最初に作ったMIPS64ベースのCPUを提供する会社である。

 買収した会社のほとんどはハードウェアを提供する企業だったが、Digital Furnace(データ圧縮)とかRAIDCore(RAIDソフトウェア)など、ソフトウェア企業もいくつか存在する。ただ同社の基本方針はチップを売ることで、ソフトウェア企業を買収するのはそのチップを売るのに役立つソフトウェアを保有している、というのが基本姿勢だった。

 一方のAvago Technologies、こちらはもとをただすとHPである。HPは1999年にコンピュータとプリンタ以外の全ての事業をAgilent Technologiesとして分社化する。この当時のAgilent TechnologiesはTest and measurement、Semiconductor products、Healthcare solutions、Chemical analysisという4つの事業部から構成されたが、2003年にSemiconductor products部門がファンドに売却される形で分社化され、Avago Technologiesとなる。2009年にはIPOを果たすが、この前後に会社のポートフォリオを多少入れ替えている。

 例えば2006年にはストレージ関連製品をPMC-Sierraに、プリンタ向けASICをMarvellに、イメージセンサー関連ビジネスをMicronに売却しているし、2007年には赤外線関連製品を台湾Lite-Onに売却している。その一方で2007年にはPOF(ポリマー光ファイバー)関連ビジネスを独Infineonから買収、2009年にはロータリエンコーダーなどを製造している日本のネミコンを買収するといった具合だ。

 ただ2010年頃から業績が少し好転したこともあって、ここから拡大路線に舵を切る。2013年にLSI Corporation、2014年にEmulexを買収、2015年には旧Broadcomを買収し、この後Brocade Communications Systemsを買収。そして2018年にQualcommの買収を試みて失敗する訳だが、この直後から同社は買収する会社の方向性が変わってきている。

●CA Technologiesの買収で半導体オンリーから脱皮

 Qualcomm買収が破談となった半年後の2018年11月、BroadcomはCA Technologiesを690億ドルで買収した。同社は分散コンピューティングとかAPI Gatewayなど、エンタープライズ向けの広範なソフトウェアインフラを提供する企業である。

 CA Technologiesもまた企業買収を繰り返した会社で、1976年の創業から2018年のBroadcomによる買収の間に71社ものソフトウェア企業を買収、これらの会社が提供していたソフトウェアをCAのブランドで統合して提供するという形でビジネスを拡大しており、ある意味Broadcomとは相性が良かった(?)のかもしれない。

 このCAの買収で、Broadcomは半導体のサプライヤーから、半導体とソフトウェアの組み合わせによるソリューション提供企業に脱皮することになる。

 同社のForm 10-K(年次の有価証券報告書)によれば買収直後(2018年度:2018年11月4日)と1年後(2019年度:2019年11月3日)における売上とその内訳は、

となっている。

 2018年度にはCAの分は加味されておらず、販売した半導体向けのソフトウェアだけであり、2019年にCAの分がそのまま加算されている格好だ。

 Broadcomは2019年度にはやや半導体の売上が落ちているが、これを埋めて余りある。ちなみにCA Technologiesの2018年度(2018年3月末)の売上は42億3500万ドルほどであった。この2019年度の時点で、ソフトウェアの売上比率は全体の23%ほど。

 ここからBroadcomは、引き続きソフトウェア企業の買収に向かう。2019年にはSymantecを買収(ただしサイバーセキュリティ部門は、2020年にアクセンチュアに売却)してこのソフトウェアビジネス強化に務めるが、CA買収のときほどの大きな売り上げ増加にはつながっていない。

 2020/2021年度(2020年11月1日/2021年10月31日)における売上と比率は、

といった感じで、ソフトウェアの売上は順調に増えてはいるものの、大きな伸びにはなっていない。

 そもそもなんでBroadcomがCAを買収したかと言えば、半導体メーカーの買収はQualcommの失敗で分かるようにもう難しくなっており、この分野で更に売上を急激に伸ばすのは困難であることが明らかなので、企業成長のためのエンジンを半導体から他に移す必要が出て来たことに起因する。

 もちろんベンチャー企業とかなら独占禁止法に引っかかる事もないから買収は難しくないだろうが、売上を伸ばすという目的からすると効率が悪い。効率が良いのはそれなりの売上を持つ企業の買収だが、Qualcomm買収破談で経験したようにいろいろ縛りがある。であれば半導体部門はCash Cow(儲けの出る商品)として維持していくとして、別に売上を伸ばす部門を新たに見出した方が早い。

 だからといって門外漢な分野(例えば食品製造とか)に進出しても金を無駄にするだけである。そしてBroadcomの半導体部門はコンシューマー向けというよりはビジネス向けであり、バックボーン向けのネットワークやストレージなど、エンタープライズ/インフラ向けが強い。であれば、そうしたエンタープライズ/インフラ向けのソフトウェア企業を狙うのは至極当然のことであり、うまくすれば相乗効果も期待できる。

●VMware買収は筋が通った戦略

 CA TechnologiesやSymantecの買収は、理に適った戦略の一環である。ただもう少し売上を増やしたい、というのは当然であり、次のターゲットとしてエンタープライズ向けの仮想化ソリューションを提供するVMwareを買収するのは筋が通っている。

 またVMwareのここ3年ほどの売上とその内訳を示すと、

といった具合。

 ちなみにVMwareは1月末が決算日なので、例えば2022年度なら2022年1月28日の数字となる。先のBroadcomの2021年度の売上にこれを加味すると、半導体は203億8300万ドルのままだがソフトウェアの売上は199億1800万ドル、売上合計は403億100万ドルとなり、ソフトウェアの売上比率は49.4%となる。

 つまりハードウェアとソフトウェアでそれぞれ200億ドルずつ売り上げる、非常にバランスの取れた構成になるわけだ。これを考えれば、BroadcomがVMwareを買収するのは、非常に理に適った話である。

 では一方VMwareの側は? ということでやはりForm 10-Kを見ていると、冒頭に出てきたパット・ゲルシンガーCEOの時代にはDellの子会社であった。もともと同社は2004年にEMCに買収され、そのEMCをDellが買収したことでDellの子会社になっていたのだが、2021年4月にDellはVMwareのスピンオフを発表、2021年11月に分離する。ただこのスピンオフの直前、同社は株主に対して総額115億ドルの現金配当を行っている。

 これ「だけ」が理由ではないのだが、Form 10-Kによれば2021年度1月末には44億4100万ドルだった長期債務が、2022年末には126億7100万ドルと80億ドルほど増加している。この結果として、ここ数年純資産(資産総額-負債総額)が黒字だった同社の財務状況は、2022年度に赤字に転落している。

 ただこれはスピンオフに伴う赤字ともいえるわけで、これがなければ同社の財務状況はまだ健全な範疇である。

 もっとも、財務はともかくとして、経営はなかなか厳しい、というのがVMwareを取り巻く状況であった。ちょっと2016年度からの売上と営業利益の推移を見てみると、

となっており、売上こそ順調に増えているものの、2020年をピークに営業利益がまた減る方向になっている。

 理由の1つは競争激化であって、仮想化ソリューションを提供するのはVMwareだけではなく、なので研究開発に投資することで製品をより差別化できるように努めると共に、競争力のある価格で提供することも必要になるわけで、どちらも営業利益を圧迫する方向に動くのは間違いない。

 そういう意味でもDellの傘下から外れて独立企業になったVMwareの前途がなかなか厳しいのは事実であり、その舵取りは容易ではない。CEOのラグー・ラグラム氏がBroadcomによる買収提案を受諾したのも、無理ないことだろう。

 独立企業であるということは、株価維持に対して投資家からの強いプレッシャーを四半期毎に受けることになる。子会社化はこのプレッシャーから逃れられるからだ。

 ということで、少なくとも今回の買収は非常に真っ当というか、買収する側とされる側のどちらにもメリットのあるものであったと筆者は考える。

(大原雄介)