総務省は以前から、「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」にて、次世代の放送について検討を続けてきたが、この度、中間報告に対するパブリックコメントとともに資料を公開した。

 守りの戦略・攻めの戦略の2つから成るが、大きな話としては、放送インフラのコスト削減のためにIP・クラウド利用を提言しているところである。

 現在テレビ放送は、ハード・ソフト両方を各局が独自負担しており、日本全国に電波網を構成している。NHKは全部自社負担だが、民放は地方局との提携によって放送網を維持している。こうした仕組みである以上、各局個別のハードウェアコスト削減は限界に達しており、それなら設備を共用化したらどうか、というわけだ。具体的なターゲットは第3章にあるように、マスター設備と、小規模中継局、いわゆる過疎地域への放送インフラだ。つまり頭とシッポ部分である。

 論理的・技術的には可能なのは分かるが、実務としての課題はどこなのか。今回はそのあたりを考えてみたい。

●難視聴対策としてのIP

 現在テレビ放送は、関東エリアは東京スカイツリーから一気にドバッと電波を蒔いているが、地方では山の上などに建てた電波塔から各地域へ独自に電波を蒔いている。こうした電波塔は、NHKはすべて自前だが、地方局は各局持っていたり、共同で相乗りしたりといったパターンがある。

 一方こうした電波塔で受信しづらい山間部の小規模集落へ向けては、別の方法が取られている。設備としては、小規模中継局、ミニサテライト局、辺地共聴、農村型ケーブルテレビといったパターンがある。小規模中継局とミニサテライト局は電波中継設備で、出力規模によって呼び方が変わる。辺地共聴と農村型ケーブルテレビは、有線ケーブルによる伝送となる。

 このうち放送局側の設備は、小規模中継局、ミニサテライト局、辺地共聴だ。これらは難視聴対策設備として維持することが求められているが、維持管理コストの割には受益者が少ないという難点があり、地方局の負担となっている。これをIP網に置き換えるとどうなるか、「小規模中継局等のブロードバンド等による代替に関する作業チーム」が取りまとめている。

 現在放送の再送信としては、ザックリ分けてRF信号(アンテナ線に流れている混合波信号)をそのままブロードバンド回線に流す方法と、IPに変換したデータで流す方法の2タイプがある。

 RF送信は、結局のところアンテナ線の代替なので、チューナーを使って分波しないと見られない。よって基本的にはテレビのアンテナ端子に繋いで見ることになる。一方IPデータは専用STBを使う方法と、スマホやパソコンなどのアプリから視聴する方法がある。図中のIPマルチキャストの例として「アイキャスト」とあるが、サービスとしては「ひかりTV」のことだと思っていただければいい。

 ここでポイントとなるのは、「放送・通信の扱い」欄だ。IPマルチキャストまでは、地方局による県域放送のイメージだが、IPユニキャストでは中央局からの直接配信となるため、通信扱いとなる。総務省がコスト削減案としてメインで検討しているのは、この方式だ。

 IPユニキャストの場合、すでに家庭までブロードバンド回線が敷設されているのかどうかでコストが変わる。新たに施設しなければならない場合は、従来方式の維持費との天秤になる。

 その条件で試算したところ、小規模中継局およびミニサテライト局エリアについては、一定の地域で合理性がある。

 ただこの方式は、要するに「TVerリアルタイム配信」みたいなものを全時間帯に拡大するようなものなので、いわゆる区域外受信となる。全国区のコマーシャルが山間部に流れても広告効果があるのかという問題や、地方局を経由しないため権利上流せない地域にもそのまま全部流れてしまうという問題がある。

 またテレビ放送は、NHK受信料さえ払えば、電波インフラそのものに消費者負担はない。だがIPユニキャストでは、各家庭にブロードバンド契約が必要になる。その状態は、「協会は、公共の福祉のために、あまねく日本全国において受信できるように」という放送法第十五条の規定とつじつまが合うのか。

 加えてこの方式で、いわゆる「受信器としてのテレビ」で番組にアクセスできるのか。リモコンのチャンネルボタンで放送局が選べるというUIじゃなくても、山間部に住むおじいちゃんおばあちゃんは困らないのか。

 恐らくこのへんは、介護・見守り等を含めた行政サービスの限界点とも絡めて検討が必要な部分で、放送局側だけでは決められないのではないか。少なくともこの中間報告案では、消費者側から見た問題点は検討されていないように見える。

●マスター設備は共用化できる?

 放送局のマスター設備については、一般の人には分からない話であり、説明が必要だろう。2022年4月に東芝が総務省に対して提出した資料があるので、それを見ながら解説していく。

 放送局のマスター設備とは、番組送出プログラムによって自社ビデオサーバから自動送出される番組の、運用状況の監視や放送品質のチェックを行なう。また緊急放送などの割り込みが発生した場合の切り替えは、マスターの仕事となる。またデータ放送やニュース速報字幕送出なども担当する。

 このマスタールームは各局が自社内に構築しており、2ないし3設備を交代で切り替えながら運用している。筆者が知る限り、遅延や画質劣化を嫌うことから、また過去の運用実績からも非圧縮伝送がベースとなっており、IP化によるコスト削減から一番遠いところにある。

 また機材は24時間電源を落とすことなく動いていることから、5年〜10年で設備更新となる。このためマスタールームを複数室設けて、1部屋ずつ更新をかけるわけだ。つまり各マスタールームは、設備に時代差がある。このマスター設備をクラウド化して共用化し、またコントロールもセンター化することで更新費用を削減できないか、というのが提言の趣旨だ。

 これまで放送局は、完成番組はおろか取材素材であっても、クラウドに出すことを警戒してきた。「スーパーハッカーに映像が盗まれたらどうする!」そういう心配を、真顔でしていたわけである。まあ実際政治的にクリティカルな映像もあるだろうが、多くはタレントのパブリシティ権や制作著作権といった複雑な権利が絡むので、漏えいするとものすごく面倒なことになるのは事実である。

 ところがこのコロナ禍で多くの人が出勤停止になり、自宅から仕事するにあたって、もうクラウドに素材を上げないと立ちゆかなくなった。局ではクラウド化したと言えば「スーパーハッカー」に狙われるので、公表には消極的だろうが、プロダクションレベルではかなりクラウド化が進行している。

 マスター業務は番組としての完成品を扱うので、それをクラウドに上げる事にはならないだろう。送出サーバは自社内にオンプレミスで置くとして、その制御系は全部クラウドに上げて仮想化したらどうか、というのは現実的なアイデアである。

 一方コントロールルームも、共同のオペレーションセンター化してはどうか、というアイデアもある。これは気象データや交通情報など、どの局も同じソースから引っぱってきているデータが共用化できるといったメリットもある。

 ただ、マスター共用化は上手く行かないだろう。というのも、緊急報道などの番組運用は社外秘であり、隣の局から「あっちはもう速報テロップ準備してんのかな?」とひょいと覗けたり、「うち、これから番組潰して報道特番やるよ」みたいに気軽に他局オペレーターと話をされるようでは困るからである。オペレーションをセンター化することは、割り込みがそれほど発生しない地方局ではメリットがあるかもしれないが、競争が激しいキー局クラスではまず非現実的だろう。

 放送設備のIP化は、4K放送の検討が始まった2014年ぐらいからずっと課題となっているが、結局はそのメリットに乗れないままここまで来た。次のマスター更新はIPで、と考えている局は多いとは思うが、自社を飛び出してクラウド化まで一気に行くほどアグレッシブに考えている放送局は少ないだろう。

 マスター設備と電波網はテレビ放送のハード側の根幹を成すものであり、これを手放してコンテンツ屋として集中しろと言われても、なかなか話に乗れないのではないだろうか。とはいえ設備投資が大きな負担になっているのは事実で、それを解消できる方法があるならやればいいじゃん、と総務省がハシゴを外しにかかっている図式は、正直他人ごととしてはめっちゃ面白い。

 パブリックコメントでは、各放送局が「義務化はやめてくれ」と懇願ムードだが、それはそうだろう。いくら認可事業とはいえ、経営判断としてどうするかは自社で決めるべきである。ただ共有化ということは相乗りする局が複数出てこなければ話がまとまらないわけで、そこまでアクセルを踏める局がどれぐらいあるのか、民放の正念場まであと数年、といったところだろうか。

(小寺信良)