完全ワイヤレスのイヤフォンというのは、多分、オーディオ機器としてはかなり特殊というか、とても現代的な機器だと思う。構造的に、耳に収まるサイズに、音響部分とバッテリーと無線送受信の機能を収める必要がある。

 使用時に邪魔にならないのは良いのだけど、なくしやすく、落としやすい。装着したままでの人と対応するときのマナーが気になるが、着脱にはケースを経由する必要があり手間がかかる。連続使用時間がさほど長くない……などなど、そう簡単には解決できないデメリットを抱えている。

 にも関わらず、その便利さには替えられない「装着時の楽さ」で、つい使ってしまう。特に、マスク生活でイヤフォンを使いたいなら、完全ワイヤレスは必須と言えるだろう。

 つまり、完全ワイヤレスのイヤフォンはスマホとの組み合わせで家の外で使うという条件で、その真価を発揮するものなのだ。だからこそ、ノイズキャンセリング機能が重要視される。しかし、外で移動中に使うことが前提である以上、ある程度の外音は取り入れる必要がある。本気のノイズキャンセリング機能を求めるにしても、本気の高音質を求めるにしても、リラックスした音響環境を求めるにしても、完全ワイヤレスタイプは、全く向いていない。

 エレキギターを弾いていて思うのは、ヘッドフォンで大音量で弾くよりも、多少音量は絞る必要があっても、音の良いアンプを直接鳴らして弾く方が、何倍も気持ちが良いということだ。これは、同じく、作業のBGMにしても、高音質のイヤフォンより、そこそこの音質のBluetoothスピーカーの方が心地よかったりする。案外、音にとって空間は重要だったりするし、聴こえ方にも影響するのだ。

 それでも外出時には他に選択肢がないくらい必須なのが完全ワイヤレスイヤフォンで、だから、選ぶポイントや評価ポイントも、オーディオ機器の常識では計れないところがある。ソニーの「ウォークマン」が登場した時、音楽を外に持ち出すというコンセプトが新しかった。外の風景の中、外の音と音楽を混ぜて聴く体験は、とても気持ちよかった。だから、ウォークマンに付属していたヘッドフォンはオープンエア型だった。

 もちろん、安全性やら携帯性やらの問題で、密閉型を装着するわけにはいかず、そのための無理矢理ひねり出したコンセプトだったのかもしれないけれど、どこか閉じた趣味であった音楽を聴くという行為に風穴を開けたのは確かだし、だからこそ、ファッションアイテムとしても注目された。

 それが同時に音漏れ問題も引き起こし、外で使うイヤフォンはカナル型へと主流を移していくのだけど、それと同時に、ウォークマン時代の「イヤフォンや小型ヘッドフォンも、聴いてみると案外、音がいいね」という感じられ方から、「音は良くなければ」という方向へと進んでしまう。

 有線のイヤフォンで、ステージ用のイヤモニのように小型でなければならないものは、「小さくて音が良い」が重要になる。その場合、ステージでのモニタリングに適した音という「正解」があるため、選ぶのも難しくない。製品を作る方も、目標がハッキリする。

 では、完全ワイヤレスイヤフォンの「音が良い」は何だろう。よく「原音再現」とかいうけれど、では「原音」って何?という気もする。自然音をハイクオリティで録音して、それをそのまま再生する必要があるなら、原音主義は重要だ。もしかしたら、VRなんかでは、これがとても重要になるかもしれない。

 しかし、その場合は音質よりもむしろ空間再現性だろうし、ならばスピーカーに勝つのは相当難しそうだ。

 要するに、聴きたい音がちゃんと聴ければオッケーだろう。それよりもむしろ、操作性とか付け心地とか、デザインやらなくしにくさとか、カスタマイズ性とか、そういうことの方が重要に思える。

 その視点で見た時、1MOREの「EVO」がとても面白い製品であることに気がついた。

●ワンタップ操作を封じる

 衝撃的だったのは、この製品、本体のワンタップでの操作ができないようになっていること。最近の多くのイヤフォンでは、ワンタップで再生・停止ができたりするし、好きな操作を割り付けたりできるのだけど、EVOは、それが最初からできないのだ。

 もちろん、好みがあるから、ワンタップ操作がしたい人もいるだろうし、オンオフできれば問題ないと思う人もいるとは思うのだけど、私は、この思い切りの良さに、完全ワイヤレスイヤフォンの新しさを感じたのだ。

 つまり、イヤフォンは装着時にも結構触るということなのだ。カナル型はちょっとズレるだけで、聴こえ方もノイズキャンセリング具合も大きく変わってしまう。だから、歩いたり喋ったりして顎が動いて、イヤフォンがずれると、つい耳に手をやってしまう。また、音を止めるためワンタップしようとして、つい2タップになることも多い。耳がかゆい時、マスクの着脱の時などにも、うっかり触ることがある。

 だから、1タップでの操作ができないこと、2タップが再生・停止に割り当てられていることは、私にとって、とても扱いやすいと同時に、完全ワイヤレスイヤフォンの正しいインタフェースのようにも思えたのだ。「あ、従来のイヤフォンとは、こういう風に別物なのだ」と感じた。

 ただ、メーカーに、この点を聞いたところ、特に意識することなく、1タップでの操作が出来ないことは、当たり前であって、2タップ、3タップに好きな機能を割り付けられるから楽しんでほしいといった回答をいただいた。1タップの操作が付いているのは使いにくいに決まってると考えているということなのだろう。多分、もう最初から、従来の他の機器がどうだろうと気にしていないのだ。それは、ちょっと素敵なことだと思った。

 また、音質やノイズキャンセリングの効き具合がとても好みなのだが、その点について、「ユーザーは、さまざまな環境でいろいろなレベルの騒音にさらされます。その都度、騒音低減効果、快適性、風音低減、音声透過性、周囲音透過性などの違った騒音低減モードが必要となる場合があります。スマートに設定しておけば、知能的な騒音低減機能『EVO Ai』が、頻繁に手動で切り替える必要なく、異なる環境音に対して最も快適な騒音低減の効果をリアルタイムに実現します」という回答が来た。

 私は通常、ノイズキャンセリングを「スマート」に設定して使っているのだけど、ノイズキャンセリング時、音が消えた感や静かになった感はさほどでもないのに、イヤフォンからの音楽や言葉の輪郭がとてもクッキリと聴きやすくなるのは、個人的にとても気に入っている。外の音が消えるというより遠くなる感じなのだ。そのあたりを「EVO Ai」が上手く調整してくれているのかもしれない。

 この程の良さが、まるでかつてのウォークマンでの、「風景の中で聴く心地よさ」を思い出させてくれる。最大騒音低減効果は42dbということだが、使っている感じでは、AirPods Proのようなタイプの、しっかりした静寂が欲しい人には向かないと思う。この辺、かなり癖が強い製品だとは言えるが、細かい調整無しで、それなりの快適が手に入るのは、日々使う身としてはありがたい。

 一方で、音質に関しては、アプリの機能を使って、対話型で好みの音に設定できる機能を搭載している。理論よりも感覚を重視した設計で、ハードウェアで実現する「絶対的」な音の良さより、ソフトウェアの調整による「相対的」な音作りを採用しているのだ。

●音はどうか

 ユーザーがどういう条件下で何を聴くかも分からない、「外」での利用を前提とした製品の音作りとして、この選択は好感が持てる。アプリの音質調整のための操作も分かりやすいし、そうでなくても、もともとのセッティングの「声」の聴こえ具合を中心に組み立ててある感じが、外では音楽より落語やラジオやオーディブルを聴くことが多い私には、とても合う。

 音楽は、外で聴く場合、キレとヌケが良ければ、それ以上は望まないのだけど、そういう風に音の好みの傾向がハッキリしていれば、比較的スムーズに、それに近い音質に設定できるあたりも良くできてる。ドライバがハイブリッドタイプで調整範囲が広いから、このスタイルにしたのかもしれない。

 声中心のセッティングにしていても、ギターをコピーするのに使って、音が潰れたり、他の音にまぎれて聴こえにくいということはない。歪ませた複数本のギターそれぞれの音をちゃんと追える程度には、しっかりと音が粒立っている。

 デザインも凝っていて、ハウジングの形状など、耳に入れた時の見え方までよく考えられている。

 「EVOは1MOREのフラッグシップ製品であり、最新の技術とデバイスを搭載しているので、そのデザインが消費者に“Hi-Fi”要素を直感的に体験させると同時に、レトロためのデザインではなく、これまでの製品デザインスタイルと比較して先進的で革新的なものが感じられるようにしました」という言葉通りの、近未来感がちょうど良いのだ。

 ただ、その耳に入れた時にコンパクトに見える形状が、ケースからの取り出しにくさにもつながっていて、そこがとても気に入らないというか、磁石でカチッとはまる方法は嫌いじゃないけど、このEVOに限らず、どのイヤフォンも決して出し入れが楽な訳ではない。

 メーカーにコツを聞いたら解説ムービーを送ってくれたのだけど、うーむ。ケースに入ったイヤフォンの奥側に人さし指を引っ掛ける方法はかなりスムーズにケースから出せる。しかし、私が不器用というのもあるけれど、これ、右のイヤフォンは右手で、左のイヤフォンは左手でやらないと上手くいかない。

 それでも、個人的に、このイヤフォンはとても気に入っている。複数の機器に同時につなげるのも、タブレットとスマホを両方持ち歩く私に合っているし、サイズや軽さも良い。イヤーピースが円形ではなく楕円形なのも、心地よいフィット感につながっている。ノイズキャンセリングや外音取り込みモードへの切り替え時の最小限の電子音も分かりやすくてシンプルで好みだ。

 とにかく、外でずっと付けてることを前提に操作性を考えていることが、使えば使うほど分かってくる。アプリが使いにくいという評価をよく聞くが、それもアプリは基本的に初期設定用のもので、一度好みの設定が決まれば、後はあまり使われないことが前提なのだ。だから、やたらと好みに合わせるとか、自動的にAIが判断するといった機能が多い。そこも、オーディオ機器というより、日々使う道具としてのイヤフォンを作るという姿勢の表れ。

 イヤフォンの評価は音質だけではないというか、完全ワイヤレスタイプの場合、音質よりも操作性と装着感の方が重要という視点は、今後の完全ワイヤレスイヤフォンのもうひとつの方向になることは間違いないと思う。「1MORE EVO」は、その先駆けになるような製品というか、開発者が自分で使っている感じのする製品で、そこも好感が持てるのだけど、これを「ハイエンド」と言って、ハイレゾ対応を売りにしないといけない現状では、単に癖が強くて万人向けではない製品ということになるのだろう。

 ジャンルについて考えるための製品として良くできているというのが妥当な評価だとは思うけれど、個人的にはそういう製品が大好きなので、ついつい毎日愛用している。

(納富廉邦)