中国メガテック企業「バイトダンス(字節跳動)」傘下のVR(仮想現実)関連スタートアップ「Pico Technology(北京小鳥看看科技、以下Pico)」が9月下旬、VRヘッドセット「PICO 4」を発表した。

 端末の低価格化や活用シーンの広がりによってVR市場は急成長しているが、ヘッドセットは「Meta(旧Facebook)」の「Meta Quest」シリーズがライバル不在の強さを見せる。バイトダンスの資金力をバックに従来機種から大幅にグレードアップしたPICO 4は、市場の勢力図を変えることができるのだろうか。

●Meta Quest 2をベンチマーク

 Picoは9月下旬、日本などグローバルでPICO 4を大々的に発表した。「軽量な本体」が最大の特徴で、パンケーキレンズと光学技術により、「Meta Quest 2」と比較して約40%薄くなり、本体のみの重量を295gに抑えた。

 価格は、ストレージ容量128GBのモデルが4万9000円。Meta Quest 2が今年8月に日本での価格を大幅値上げしたこともあり、PICO 4の方が1万円以上安くなった。

 Pico創業者の周宏偉氏は中国での発表会で、性能や価格でMeta Quest 2をベンチマークにしたと明かし、「PICO 4によってVRの大衆化が始まる。多くの人にとって、初めて所有するVR端末になるだろう」と述べた。PICO 4は10月に欧州13カ国と日本、韓国で発売され、年末までにシンガポールとマレーシアでも投入される。

●バイトダンスとテンセントが争奪戦

 欧米のIT業界がVRに目を付けたのは2010年代前半だ。Metaが2014年にOculusを買収したように、中国のメガIT企業もVRを有望分野と見なしていたが、中国には当時、M&Aの対象になるような有望企業が存在しなかった。

 VRハードウェアとコンテンツプラットフォームを手掛けるPicoが設立されたのは15年。創業者の周宏偉氏は、米Appleにワイヤレスイヤホン「AirPods Pro」を製造する音響デバイスメーカー「Goertek」の幹部を務めた人物で、PicoはGoertekのバックアップも受けつつ、VR業界が盛り上がりに欠ける中で生き残ってきた。

 21年夏、Picoはショート動画「TikTok」を運営するバイトダンスに買収された。動画コンテンツとシナジーが期待できるVRと拡張現実(AR)に積極的に投資していた同社は、世界最大のゲーム会社であるテンセント(騰訊)と競り合ってPicoを約50億元(約1000億円)で取得したと報じられている。

 買収後3カ月でPicoのチームは200人から1000人に増員された。グローバルでMetaと戦えるデバイスを開発するため、幹部をはじめ多くのエンジニアがバイトダンスからPicoに異動した。米TikTokの従業員の一部もPicoに合流したほか、シアトルではVRデバイスの開発者やVRゲームの責任者の人材を募った。

●中国では62%のシェアも世界では5%届かず

 中国のVRデバイス市場でPicoは押しも押されもせぬトップメーカーで、22年1〜6月の出荷台数は35万台と62.5%のシェアを獲得した。一方、世界に目を向ければ同年1〜3月だけでVRデバイスの出荷台数は前年同期比241.6%増の356万台。Metaはそのうち90%のシェアを獲得し、2位のPico(4.5%)を大きく引き離す。

 中国ではVRヘッドセットの使用シーンが限定的で、欧米に比べて市場が非常に小さい。Picoにとっては好機でもあり、課題でもある。同社は今年のVR製品の目標出荷台数を120万台に設定しているが、その実現のためには市場が大きい欧米や日韓への進出が不可欠だった。

 ではPICO 4はどの程度の販売数が期待できるのか。中国の証券会社などはレポートで、「コンテンツの拡充が鍵」と分析している。

 MetaはVRコンテンツに巨額の投資を続けており、消費者向けVRヘッドセットの最もポピュラーな用途であるゲームでは、Quest対応ゲームを1000タイトル以上用意している。対してPICO向けのゲームタイトルは300前後にとどまる。

 Picoは親会社のバイトダンスがエンタメに強いことから、当面は(ユーザーの選択によって内容が変わる)インタラクティブドラマとフィットネスコンテンツを拡充していく。製品発表会では人気SF小説『三体』(英語版「Three-body Problem」)を原作とするインタラクティブドラマが23年、PICOシリーズで視聴できるようになると発表された。

●ソニー、アップル……有力企業の参入も

 もう1つの鍵は、ライバル企業の動向だ。これまではMetaがほぼ独占していたVRデバイス市場だが、急成長段階に入り、有力企業が続々と参入している。

 ソニーグループのソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)は今月2日、VRヘッドセット「PlayStation VR2(以下、PSVR2)」を23年2月22日に発売すると発表した。家庭用ゲーム機「プレイステーション5」と接続して使用するPSVR2は、現行機種の「PSVR」から約6年ぶりの次世代機種となる。

 来年はAppleもVRヘッドセットを発売すると噂されており、Metaが今年10月に発売した「Meta Quest Pro」を含め、消費者とって選択肢が一気に増えることになる。

 有力プレイヤーの新機種が出そろう23年は本当の意味で「VR元年」になるといわれる。PICO 4はコスパの高さが売りだが、ハードを使う必要性を消費者に感じてもらえなければ、ガジェットマニアのおもちゃに終わってしまう。

 世界のブランド力ランキングでトップ10常連のソニーやAppleが新機種を出す前に、どれだけコンテンツをそろえられるかが、PICO 4の成功を左右しそうだ。

●筆者:浦上 早苗

早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社を経て、中国・大連に国費博士留学および少数民族向けの大学で講師。2016年夏以降東京で、執筆、翻訳、教育などを行う。法政大学MBA兼任講師(コミュニケーション・マネジメント)。帰国して日本語教師と通訳案内士の資格も取得。最新刊は、「新型コロナ VS 中国14億人」(小学館新書)。twitter:sanadi37。